60 エルメライヒ公爵令嬢の到着
「エルメライヒ公爵令嬢が参りました」
「うむ、お通しせよ」
エルメライヒ公爵令嬢がゲルハルディ領にやってきたが、まともな先触れもなく訪れた人間はたとえ公爵令嬢であってもまともに応対する必要なし、というのが我が家の共通認識。
一応の挨拶はするものの玄関まで出迎えることはせず、応接室に父上、母上、俺、レナの4人がそろって会うことにした。
まだまだ他の貴族に会わせるわけにはいかないアンナとカリンは部屋に残し、領主夫妻が応対したという実績のための父上と母上、実際に応対する人間として俺とレナが会う形だ。
「エルメライヒ公爵令嬢のご入室です」
「うむ」
入室してきたのは侍女とメイドを引き連れた令嬢で、確かにゲームの設定資料集にあったままの幼いラスボスだった。
公爵令嬢とはいえ爵位を継ぐ前は無位無官ということで、爵位持ちの父上に対して見事なカーテシーを披露した。
「楽にせよ」
「ありがとうございます。ゲルハルディ伯爵様」
「うむ、ゲルハルディ伯爵であるクラウスだ。こちらは妻のペトラだ」
「ご挨拶ありがとうございます。エルメライヒ公爵が一子、ローズマリー・フォン・エルメライヒと申します」
「長旅だったようだが、生憎とこちらも予定が詰まっていてな。私もペトラも相手をすることが叶わぬ。息子とその婚約者を付ける故、何かあれば申し付けよ」
「ありがとうございます、初めまして、ゲルハルディ伯爵令息様」
「領内のご案内をさせて頂きます、マックス・フォン・ゲルハルディと申します。こちらは私の婚約者であるレナ・フォン・バルディです」
「ご挨拶ありがとうございます」
貴族としてのルールをぶっちしたエルメライヒ公爵令嬢だが、こちらまでぶしつけな態度をとる必要もないので挨拶自体は和やかに進む。
ちなみに、父上がやたらと尊大な話し方をしているが、これは貴族としては当然で同じ派閥の顔見知りならともかく、他派閥の格下相手にはこちらが上だと示す必要がある。
後々、爵位が逆転する可能性が高くても、そうしなければ他派閥の貴族に舐められるし、自派閥の貴族の不利益になるからな。
「では、執事に客室まで案内させよう。荷物も運びこまねばならんだろう」
「お気遣い感謝いたしますわ」
「ヨーゼフ頼むぞ」
「かしこまりました、旦那様」
本来なら滞在者にはこちらで侍女やメイドを貸し出すのが通例なのだが、エルメライヒ公爵令嬢はかなりの人数の侍女とメイドを連れていたので、こちらからは執事を案内に出すだけにした。
ま、勝手に来てしまったのだから、これくらいの対応にとどめておくのが良いという判断だな。
「というわけで、マックス、レナ、案内を頼む」
エルメライヒ公爵令嬢が部屋を出て、しばらく経つと父上が絞り出すように俺たちに話しかけてきた。
まあ、陛下とか宰相閣下とか上位の人間と会う機会はあるものの、2人は貴族学園時代の同期でもあり、わりと気安い関係だ。
本当に上位の存在であるものの、下にみなければならないという面倒な状況に疲れても仕方がないな。
「わかりましたよ……案内とは言いましたが、どこまで連れ出していいんです?」
「屋敷内、訓練所……あとは、この街から出なければ街に出てもよい」
「いいんですか?」
「お前とレナが護衛に着くことが条件だがな。あと、騎士団から何人か連れていけ」
「ま、エルメライヒ公爵令嬢が望むならそうしましょう」
「はぁ……本当に何をしに来たんだが」
「挨拶でも特に何も言っていませんでしたしね。あとで探りを入れておきますよ」
「……たのむ」
「本当にお願いね。急に来たことに対する対応というのもあるけど、私とクラウスが忙しいのは本当だから、何かあっても対応はできないものと思ってね」
「わかっておりますよ、母上。夜にでも集まって情報のすり合わせをしましょう」
「ええ、本当にお願いね、レナも」
「わかっています、お義母様。対応のメインはマックス様ですけど、女性同士にしかわからない部分ではサポートさせて頂きます」
「ああ、流石に俺では案内できないところもあるからな。出来る限り、ついているようにはするけど……」
本当に何をしに来たのかわからないが、相手はラスボス公爵令嬢だからな。
こちらの不利益にならないように、うまく立ち回らないとな。




