55 農家の手伝いと平民の生活
「おっちゃーん、きたよー」
「おう、若様。こんなとこまで来てもらって」
「なんのなんの。こっちが頼んだことだからね」
ってことで、アンナの課外授業の最後を飾るのは農家の手伝いだ。
農家なら朝一番で来るべきってのは分かるんだが、アンドレ商会も朝以外は忙しくて対応できないし、夕方にする作業もあるから大丈夫と許可をもらってる。
ま、朝方の忙しい時間帯に領主とはいえ部外者がやってきて邪魔するのも悪いしな。
「ここでお野菜が作られていますのね。私、知っていますわ。お野菜は朝のうちに採るんですよね?」
「ほほ、よくご存じで。ですが、夕方に採ることもあるのですよ」
「なぜですか?」
「野菜は採ってすぐが美味しいですからな。夜からは街の方で様々なお店が開きますから、そこに納品する野菜は夕方に採って運ぶんですよ」
「そうなのですねっ!」
まあ、おっちゃんの言うことは半分本当で半分嘘だ。
夜の営業に合わせて新鮮な野菜を求めているのは野菜を売りにしている一部の高級店で、ほとんどの店は朝に市場で売られている野菜を夜でも使っている。
当然、ゲルハルディ家でも朝のうちに仕入れた野菜を夜飯に出しているから、富豪や貴族階級が訪れる高級店ってわけだ。
「んじゃ、アンナはおっちゃんに教わりながら手伝ってみな。俺とレナは逆側からやっていくから」
「あ、若様。本日採るのはキャベツとほうれん草ですからな」
「ナイフは持っているから大丈夫だよ。レナ、向こうから一緒にやろうか」
「はい、マックス様」
アンナはおっちゃんに任せて、俺とレナは逆側からやっていく。
ま、採るのはそこまで多くではないから直ぐに終わるだろ。
「……結構、難しいですのね」
「いえいえ、初めてにしてはお上手ですよ。ウチの息子などいくら教えても雑で困りますからね」
「お子さんもお手伝いを?」
「いずれはこの畑を継いでもらわなければなりませんからね。子供のころから出来ることは少しずつ教えていっているのですよ」
「……今は姿が見えませんけれど」
「ええ、今は妻が帳簿の書付や税の計算の仕方を教えていますからな。夕方はそれほどやることがないので、わたし一人でやっているのですよ」
「……農家の方もお勉強を?」
「お嬢様や若様に比べれば勉強というほどのものでもありませんよ。生きていくうえで必要なことだけ」
税計算などはやらなくても役所の方で処理する手はずになっているが、自前で処理すればその分、税の優遇が受けられる。
ま、この辺は前世の確定申告と似たようなもので、少しの手間を負うだけで手取りが増えるならやって損はないってものだな。
「朝から農業をやって、夕方からは勉強とかホント、頭が下がるよ」
「なになに、店を開いている者も服を作っている者もどなたも変わりありませんよ。それに、ご領主一族のほうが大変ではありませんか」
「そうか? 昨日も父上は騎士団の連中とぶつかり稽古していただけだぞ」
「ご領主様が守ってくださるから我々は安心して暮らせるのです。それに奥方様が書類仕事に追われていることも知っていますよ」
「父上が書類仕事もできれば母上もここまで苦労はしなかったんだがなぁ」
「人にはそれぞれ向き不向きがありますからなぁ。……さて、今日はこのくらいでよいでしょう」
「ああ、アンナの課外授業に付き合ってもらって悪かったな」
「なになに、こちらも手伝っていただいて助かりましたからなぁ。今日はお店の方でお嬢様の手摘みサラダが振舞われることでしょう」
「えっ!?」
「おいおい、俺が手伝った時には普通の野菜として出していなかったか?」
「ほっほっほっ、若様が初めて手伝っていただいた時も次期領主様の手摘み野菜炒めになっていましたよ」
うん、聞いてないな。ま、俺はここで手伝うのも慣れたものというか、若手の騎士連中としない見回りに出るときにはいろんなところで手伝っているからな。
俺だけじゃなくて爺様も父上も見回りの時にはいろんな店で手伝ってるらしいから、ゲルハルディ家は領民から慕われてるって言われるんだよな。
「アンナ、お礼を」
「はい、本日は貴重な体験をありがとうございました」
「なんのなんの、こちらはお嬢様が手摘みなさったお野菜ですので是非ご夕食に」
「ああ、それはいいな。アンナも自分で採った野菜の味を知っておいた方が良いぞ」
「……はい、お兄様」
アンナは子供らしく野菜があまり好きではないが、自分で採った野菜ならば素直に食べるかもしれないしな。
キャベツはサラダをメインにしてもらって、ほうれん草はベーコンと炒め物にでもしてもらうか。
ああ、父上と母上にも出さないと拗ねるだろうし、そっちはパリパリキャベツにでもしておくか。
酒飲みだし、そっちの方が嬉しいだろ。




