50 父上の我儘とアンナの我儘
「さあ、マックス! 私とも訓練をしようじゃないか!」
「あ、結構です」
「なぜだー!? マックス!? なぜ父上とは訓練をして私とはしてくれないのだー!?」
父上がわめきたてているが、手加減してくる+武器がロングソードの爺様を相手にするのと、訓練でも本気で挑んでくる+大剣で攻撃してくる父上の相手ではまるで違う。
「まだ、死にたくないので」
「ギュンター! なぜ息子は私と訓練してくれないのだ!?」
「旦那が手加減を覚えてくれりゃあ、俺からもお願いするんですがね」
「手加減? モンスターや盗賊を相手にするのに手加減など必要ないだろう」
「訓練だって言ってるっしょ」
父上と騎士団長のギュンターがギャーギャー言い合っているが、ガタイのいい男2人が訓練場とはいえ、言い合いをしていると迫力があるなぁ。
ま、言い合っている内容は子供の喧嘩のようだけど。
「それより、父上。アンナの様子は変わらずですか?」
「む? うむ、マックスがレナと交流をしている間に話をしてみたが、変わっていないようだな」
妹のアンナは叔母であるユリアに憧れて、将来は平民になりたいと言いだして、貴族としての教育を放棄している。
個人的には平民になってもいいとは思うのだが、それと教育を放棄するのは違う。
……うーん、これは一度きちんと話し合う必要がありそうだな。
「父上、ギュンター、訓練はお二人でどうぞ。私はアンナと詳しく話してきたいと思います」
「まて、マックス。父との訓練は!?」
「力の有り余っているギュンターとお願いします。……ギュンター、迷惑をかけるが父上の相手を頼む」
「わかってまさぁ。坊ちゃんもアンナ嬢ちゃんと、じっくり話し合ってきてくだせぇ」
ギュンターに見送られて屋敷の方へと歩き出したが、背後から怒声と剣戟の音が聞こえてきたから、きっと父上も納得してくれて訓練に励んでいる……ということにしておこう。
「アンナは部屋か?」
「アンナお嬢様ですか? 自室でお勉強をしている時間かと」
「そうか、ありがとう」
屋敷について歩いていたメイドにアンナについて聞くと、簡単に答えが返ってきた。
「アンナ、いるか?」
「……お兄様?」
アンナは自室で本を開いてはいたが、勉強をしているという雰囲気ではなかった。
俺も一時期教わっていた教師は傍で呆れた顔をしていて、アンナの傍にはなぜかレナが居た。
「アンナ、これはどういうことだ?」
「……」
「マックス様、私からお話しさせていただいても?」
「頼む」
教師が話してくれたことによると、今日も今日とて貴族教育を嫌がったアンナは癇癪を起してレナを呼び、一方的に愚痴を言っていたそうだ。
「アンナ、レナにはレナでやることがある。お前が勝手にしていい相手ではない」
「でも、お兄様」
「わかっている。ユリア叔母さんのようになりたいから、貴族教育を受けたくないと言いたいんだろう?」
「……はい」
こういう相手には意見を言わせずに機先を制するのが良い。どうせ、口を開けば不満なり愚痴なりが飛んでくるだけだからな。
「アンナは勘違いしているようだから忠告しておくが、ユリア叔母さんもトーマス叔父さんに嫁ぐ以前は貴族教育をきちんと受けていた」
「……本当ですの?」
「当り前だ。貴族の子が貴族教育を受けるのは義務だからな」
「……でも」
「でも私は貴族として生きるつもりはない……と言いたいのだろう? だが、商家に嫁いでも遊んで暮らせるわけではない。計算や語学、学ばなければならないことは山とある」
「でも、平民の子たちはお勉強もせずに遊んでいるのでしょう?」
「はぁ、勘違いも甚だしいな。……先生、明日は課外授業としませんか? レナも付き合ってくれるかな?」
「承知いたしました、マックス様」
「私もご一緒させていただきます」
「アンナ、聞いた通りだ。明日は外に出てお前がどんな勘違いをしているかをきっちりと教えてやる。侍女には事情を話しておくから、明日は朝食後は外へ出かけられる服装で部屋で待つように」
「……わ、わかりましたわ」
「とりあえず、今日のところはきちんと勉強するように。……レナ、手伝ってくれるかい?」
「はい、マックス様。アンナ様、頑張ってお勉強してくださいね」
「は~い、お兄様。レナもありがとう」
渋々な顔で勉強に戻るアンナとこちらに会釈をする教師を後に、俺とレナはアンナの部屋から出る。
「レナ、今日は忙しくなるぞ」
「課外授業……ですか?」
「ああ、ユリア叔母さんと農家、あとは……服飾関係や料理屋にも頼むか」
「?」
「アンナに実際の仕事場を見せて、自分がどれだけ甘いことを言っているのか教えてやろうと思ってな。……だから、今日は課外授業で見せたいところにお願いに行かないと」
「……ああ! わかりました、お手伝いしますね」
「頼むよ。特にユリア叔母さんは俺からの頼みだと突っぱねそうだからね」




