39 お土産
「ゲルハルディ伯爵令息、お待たせしました」
「ああ、ありがとうございます」
陛下が来た時点で、俺が城門で預けた荷物を取りに行ってもらっていたのだが、陛下たちと言葉を交わしている間に持ってきてくれたようだ。
「ふむ、それはなんだ?」
「国王陛下へのお土産を」
「ほう……これはチョコレートか」
王宮に仕えている侍従から受け取った荷物をあさり、陛下用に作成したウイスキーボンボンを取り出す。
お墨付きをもらおうとか考えていたわけではないが、父上や母上の情報では陛下はかなりの酒好きで、ウイスキーやブランデーのコレクションも相当のなものらしい。
なので、お土産と言えば、という感じで父上のウイスキーコレクションの中から上等なものを使ってウイスキーボンボンを作ってもらってあったのだ。
「これは、ウイスキーボンボンと名付けたもので、チョコレートの中にはウイスキーが入っております」
「ほう、物珍しいな。……うむ、少し物足りないが、確かに酒だ」
「かなりのコレクターだという陛下には物足りないかもしれませんが、ゲルハルディ領でも選りすぐりの物を使用させていただきました」
「……これの独占販売権を褒章に求めたほうが良かったのではないか?」
「独占するつもりはございません。このような簡単なもの、真似をしたいものは真似をすればよいのです」
「ほう」
「もしも、他の物が真似ても私どもが一番であるという自信はあります。ですが、もしも私どもよりも素晴らしいものが出てきたのなら、それを凌駕するものを作ればよいだけのこと」
「なるほど」
「それに、チョコレートを輸入するにはゲルハルディ領を通すか、南辺境伯を通さなければなりません。ウイスキーボンボンを作ろうとすれば必然的に我が家も儲かりますから」
「はっはっは、この年にて商売の機微もわかるか」
「叔母に叩き込まれましたので」
「ふむ、これは執務の最中の気分転換にぴったりだな」
「少々溶けやすいので、冷蔵庫に置いていただければ」
「ふむ、ワイン用の小型冷蔵庫があるから、そこにしまうかな」
「陛下、執務中はダメですぞ」
「宰相、あまりうるさく言うな。この程度の量で酔いはせん」
「宰相閣下、閣下はお酒が苦手と聞きました」
「? 確かに私は酒が飲めないわけではないですが、そこまで好きというわけではありませんが」
「そこで、宰相閣下にはこちらを」
俺は荷物の中から、ウイスキーボンボンとは違ったチョコレートの詰め合わせを取り出す。
「ふむ、陛下に渡したものよりも少し大きいのですか……っ!? ゲルハルディ伯爵令息、これは!?」
「こちらはエスプレッソをチョコレートの中に入れたものです。宰相閣下はお酒よりもコーヒーのほうが好みと聞きましたので、こちらは閣下へのお土産に」
「……ふむ、これは助かります。執務中にコーヒーばかり飲んでいると、周囲の者が心配しますので」
「喜んでいただけたのなら幸いです」
宰相に渡したのはイタリアで有名なエスプレッソをチョコレートの中に詰めた商品を、どうにかこうにか再現したものだ。
原理自体はウイスキーボンボンと同じだが、ウイスキーボンボンとは違って固有メーカーの商品だけあってレシピも確認できないので、完全に似たようなものとなっている。
個人的には満足しているが、食べ比べをしたら、全くの別物になっている予感はする。
ま、前世の世界に戻ることが出来なければ食べ比べもできないし、これがこの世界でのコーヒー入りチョコってことで。
「ふむ、クラウス。お前の息子はかなりのものだな」
「わかっております、私には出来過ぎた息子ですよ」
「で、これはどのくらい卸してくれるのだ?」
「そのあたりは、息子に任せていますので」
「マックス」
「陛下、こちらはまだ我が家の料理人で試作をしている段階なのです。アンドレ商会でも、未発売のもの。直ぐに卸すのは難しいのです」
「だが、我はこれを気に入った。宰相が貰ったものにも興味があるな」
「わかっております。陛下、閣下からの注文には特別にお応えできるように体制を整えます。また、入れてほしいお酒やコーヒーの濃さなど、好みがあればそちらにもお応えします」
「ふむ、やはり持つべきは権力だな」
「とはいえ、販路を開拓するわけではないので、個人での楽しみとしてください。陛下、閣下以外の貴族の方からはまだ販売できません」
「まだ……ということは、いずれは販売するということだな?」
「まずは北東辺境伯からと考えています」
「ほう」
「北東辺境伯領は雪深い土地。体を温めるアルコールも、エネルギーになるチョコレートも重宝していると聞いております」
「確かにな」
「ですので、山岳救助や行軍の糧食によいかと」
「だが、それだけではゲルハルディ領に旨味がないだろう」
「北東辺境伯領はウイスキーの一大産地。ウイスキーボンボンの大量生産のためには協力が必須なのです」
「なるほどな」




