03 ヒロインとの最悪の出会い
「わたしがあなたなんかと婚約なんてするわけないでしょ! うぬぼれないでよねこの悪役令息が!」
おいおい、ミネッティ伯爵家の客間に通されてしばらくしたら、メイドと執事(?)を引き連れた令嬢がやってきて開口一番このセリフだぞ?
婚約を通すための顔合わせに執事の格好をした男と腕を組んでやってくる時点で令嬢として失格なのだが、この物言い、平民でももう少しまともなことを言うぞ。
それにこいつなんて言った? 悪役令息? あー、これはどう考えても俺と同じ転生者か?
「失礼する」
こんな非礼な奴には声をかけなくてもいい気もするが、一応こちらは伯爵令息、同格の伯爵令嬢に礼を尽くさないという評判がたっても良くないからな。
連れてきた執事見習い、侍従とレナ、それにここまで案内してくれたミネッティ伯爵家の侍従を引き連れて部屋を出る。
俺たちが出た部屋の中からはカタリナ嬢と思われる女性が甘える声が聞こえてきたが、聞こえないふりをしておくか。
「一応聞いておくが、今の彼女がカタリナ嬢で間違いないな」
「は……はい、お嬢様で間違いありません」
侍従が震える声で答えてくれるが、そうだよな、自分の仕える家の令嬢があんな非常識なことをすれば恥辱と怒りで震えるよな。
「ゲルハルディ家とミネッティ家の両当主と話さなければならないことができた。応接室まで案内してくれ」
「かしこまりました」
従者は基本的に主から許可を得ないと発言できないから、こちらの連れてきた執事見習い、侍従、メイドに扮しているレナは口を開かない。
ただ、怒気というか殺気というか、なオーラは感じるから、相当怒り狂ってるんだろうな。
「旦那様、ゲルハルディ家ご嫡男のマックス様がお話があるそうです」
「うん? カタリナとの顔合わせはもう終わったのか? まあいい、ゲルハルディ伯爵もいるし通しなさい」
侍従がノックの後にミネッティ伯爵に許可を得て、俺がここまで来ていることを伝えてくれた。
というか、父親のミネッティ伯爵も相当イカれてるな、顔合わせに来た当人が応接室まで直接来ている時点で緊急事態だとわかるだろうに。
「ミネッティ伯爵様、本日はお招きいただきありがとうございます。貴家の令嬢との顔合わせにて非常事態が起きましたので、無礼ながらも応接室までやってきた無作法をお許しください」
「うむ、まあまあ、マックス殿は継嗣なのだから同格である伯爵にそこまでかしこまらなくてもいいよ」
「マックス、なにがあった?」
「ミネッティ伯爵様、ありがとうございます。……お父様、ミネッティ伯爵家はこの婚約を成立させる気はないそうです」
「なにっ!?」
「な、なにを!?」
「客間まで案内され、カタリナ嬢を待っていると、執事と思われる男性と腕を組んだ女性がやってきて私と婚約する気はないと宣言してきました」
「それはそれは」
「な、何かの間違いではっ!?」
「ミネッティ伯爵様、案内していただいた侍従に聞いたところ、その女性は間違いなく貴家のカタリナ嬢だそうです」
「ミネッティ伯爵、確かにこの婚約は我が家にとってもメリットのある話だった。だが、辺境とはいえ伯爵家を預かる我が家に対してこのような暴挙に及ぶとは、本来なら領地間紛争になってもおかしくないことだとわかっているな?」
「お、お待ちください。我が家はゲルハルディ伯爵家に隔意などありません。これは何かの間違いかと……」
「お前たち、今のマックスの話は間違いないか?」
「「「はい、間違いございません」」」
ゲルハルディ伯爵としての質問に対して我が家の使用人が虚偽を行うわけがなく、当然のように三者三様に同意の返事をする。
「ミネッティ伯爵、そちらも使用人に対して聞いてみてはいかがか?」
「な、何かの間違いだよな? マックス殿の言葉は誇張したものなのだろう? それか、カタリナではなかったとか」
「旦那様、この場で虚偽を申しても直ぐにわかってしまうことです。客間にいらしたのはカタリナお嬢様ですし、確かにお嬢様はマックス様に対して、婚約するわけがないとはっきりとおっしゃっていました」
「う……嘘だろ」
「ふむ、どうやらミネッティ伯爵家にとっても不測の事態が起きたようだな。さすがに領地間紛争にまでするつもりはないが、婚約は最初からなかったものとしていただきたい」
「お、お待ちください! ゲルハルディ伯爵!」
「待つのは無理だ、ミネッティ伯爵。娘とも意思疎通ができていない貴族家と誼を結ぶつもりはない。マックスはゲルハルディ伯爵家の正式な跡取り、それを蔑ろにするような令嬢を我が家に入れるわけにはいかないのでな」
「で、ですが、我が家との話がなくなれば困るのはそちらも同じでは!?」
「それはこちらの話だ。貴家は貴家の問題を解決することに尽力するべきだな。……お前たち、これ以上こんなところにいても仕方がない、お暇するぞ」
「「「「はい」」」」
「お見送りさせていただきます」
「ふむ、断るところだろうが、マックスの世話はきちんとしてくれたようだし、其方だけ許可しよう」
「ありがとうございます」
ミネッティ伯爵家の人間は誰も信用できないとでも言いたげな言葉だが、貴族にとって面子を潰されるというのはこれほどのことなんだよな。
カタリナ嬢は簡単に考えていたようだが、後悔する日がくるとわかってるのかね。