29 主との出会い(クルト視点)
私が住むゲルハルディ領には2人の英雄が存在する。
前伯爵で海戦で並みいる賊を討ち取ったヨアヒム・フォン・ゲルハルディ様と、陸戦で敵なしと称される現伯爵クラウス・フォン・ゲルハルディ様だ。
ゲルハルディ領で育つ子供たちは2人の英雄譚を聞かされて育ったからか、騎士団に憧れる子供が多く、斯くいう私もそのうちの1人だ。
騎士団に入ったはいいものの、2人のようにというより、先輩騎士たちにすら敵わず、同期達には花がないとバカにされていた。
それでも努力するしかないと、いろいろな人に剣術を教えてもらう毎日だったが、そんな私の前に次期領主マックス・フォン・ゲルハルディ様がやってきた。
次期領主として剣術を学ぶために騎士団を訪れたマックス様は、私なんかに剣術を教えてほしいと言い出した。
正直、私は騎士団の中でも下から数えたほうがいいほどの腕前で、他のベテラン団員から教わった方が良いと思ったのだがマックス様は私が良いと。
曰く、ベテランたちは癖がありすぎる、あんな化け物にはなれない、などと散々な評価だったが、花がないという私の剣術を褒めてくれたのは嬉しかった。
マックス様は初めて剣術に触れたとは思えないほどの吸収速度で、様々なこと学んでいくが、それを鼻にかけることもなく、私の教え方が良いと。
それを証明するように、マックス様に教える毎日を過ごすうちに私の実力もメキメキと伸びていき、マックス様が7歳になるころにはベテラン団員とも引き分けられるようになった。
「クルト、実は領内をまわることになってな。そのたびに同行してほしいんだ」
「旅……ですか?」
「ああ、と言っても領内の地理と領民の生活の把握が目的だからな、1年も2年もかかる旅じゃなくて……そうだなぁ、1ヶ月くらいかな?」
「ふむ、2人旅ですか?」
「流石に父上に止められたよ、小隊くらいの人数は連れて行けって……本当は1人で行くつもりだったのに」
本当にマックス様は常識があるのに突飛なところがあって目が離せない。
次期領主が1人旅なんて認められるわけがない……あの英傑、ヨアヒム様でさえ中隊を連れての周辺領巡りだというのに。
「小隊ですか……小隊長は誰に?」
「だから、クルトに」
「?」
「だから、クルトを小隊長にするよ」
「……私を!? すでにいる小隊長にお願いするのではないのですか!?」
「父上が育てた小隊長を勝手に連れてはいけないでしょ……それにベテランだと俺が自由に動けん」
「私が小隊長になってもマックス様から目は離しませんよ」
「わかってるわかってる。……ただ、ベテランにとっては俺は領主の息子でちびっ子だからさ。ちょっとした危険……俺が乗り越えられるものでも過保護に反応しそうなんだよ」
「……確かに」
ベテラン団員と話していると可愛らしい子供という印象を受けるが、実際にはマックス様は騎士団の中でも半分より上の実力を持ち、同年代では負けなしだろう。
7歳の子供がショートソードとはいえ、疲れも見せずに振り回し、大人の振るったロングソードをラウンドシールドではじくんだからな。
「ってわけで、クルトに同行を頼みたいんだけど、流石に意思を無視して連れていくのはないから、聞きに来た。一緒に旅をしてくれるか?」
「わかりました。……ただし! 小隊から離れない! 気になることがあっても小隊を撒かない! これが絶対条件です!」
「はいはい、わかってるよ。あ、小隊のメンバーはクルトが適当に選んで。馬に乗れれば新人で良いって話だし」
「それは助かります。領都しか知らない同期や後輩もいますので、そちらから選抜しましょう。もちろん、最低限の腕前は求めますが」
「うんうん、出発は1週間後だから荷物とかもろもろ準備しといてね」
まったく、本当にマックス様は行動が読めないのに周囲への気配りも忘れない。
これでメンバーがベテランだったりしたら、私が小隊長になっても言うことを聞いてもらえないだろうが、メンバーが自由ならば気の合う人と組める。
ま、マックス様を止めるのは私の役目になりそうなのが心配だが、マックス様は不用意に危険は犯さない方だから大丈夫か。
なんて、思っていたら旅も半分を過ぎたあたりでマックス様がやらかしてくれた。
数日前に泊まった町で何やらポーションやアイテムを買い込んでいるなぁ、とは思っていたのだが野宿の準備中に周囲を探索してくると言ってダンジョンを発見してしまうとは。
しかも、自分1人で攻略する!? 確かに発見者が攻略するのは権利だが、マックス様は自分が次期領主だとわかっているのか!?
いや、わかっている。これはきっとマックス様にとっては必要なことなのだ。
だから、私は心配しながらもマックス様についていくのだ。
ま、それはそれとして、このことはクラウス様やペトラ様に報告して叱っていただかないとな。
マックス様もご両親に叱られれば、少しは堪えるだろう。




