19 わたしの大切な婚約者(レナ視点)
わたしはレナ・フォン・バルディ。
バルディ家の嫡女で、ゲルハルディ伯爵家のマックス様に仕えています。
お父様はゲルハルディ伯爵の影として、護衛や情報収集、いざという時に盾になれるように傍に仕えています。
わたしもその影響で、マックス様と出会った時から、マックス様の影となれるように訓練を積んできました。
そのマックス様ですが、ある時から様子が変わりました。
いえ、正確には人となりは変わらないのに、自重というものをしなくなったという方がいいでしょうか。
きっかけは婚約者となる方に会いに行った、王都近郊の伯爵家へと向かう最中の馬車の中でマックス様が頭をぶつけた時でしょうか、
マックス様はわたしと同じ5歳という年齢でありながら、婚約者を決めることになり、中央の貴族に嘗められないためにわざわざ増量までしていました。
貴族の子供として、会ったこともない相手とでも婚約しなければならないということは分かってはいましたが、マックス様が見たことも聞いたこともない貴族の元に向かうという聞いたときは衝撃でした。
さらに衝撃だったのが、メイドとしてマックス様の婚約相手を初めて見た時……あろうことか伯爵令嬢は初めて会ったマックス様に婚約などするはずがないと言い放ったのです!
貴族として、たとえ心の中でどう思っていても簡単に表には出さない教育は皆がされています。
だというのに、伯爵令嬢という地位にいながら自分の欲求をさらけ出した姿にはその場にいた全員が閉口し、その場にいた使用人全員が深い怒りを抱いたのです。
その後は旦那様に事情を説明し、すぐに伯爵家を辞しましたが、あのまま留まり続けていたらと思うとゾッとします。
あのような貴族の義務と権利をはき違えているものが傍にいるなど、どのような理由でおかしなことをされるか分かったものではないですからね。
そして……そして、帰りの馬車の中でマックス様はわたしに婚約してほしいと仰いました。
国王陛下からの依頼で臨んだ婚約でしたので、国王陛下はともかく中央の貴族から婚約の再打診や、他の貴族との婚約を望まれるかもしれないと考えたそうです。
それでも、このような辺境の小娘と婚約することはないと思うのですが、旦那様とマックス様の考えは違って、ゲルハルディ領と縁のあるバルディ家の娘との婚約には意味があると。
ゲルハルディ領まで帰ってきてからお父様とも話し合いましたが、バルディの娘がゲルハルディの家のためになるのなら婚約もすべきだと。
それに、マックス様も……わたしが良いと……わたしだから婚約したいと仰ってくださって……単純ですけど、それがとても嬉しかったのです。
だから、恥ずかしくて直接会うときには若としか呼べていませんが、マックス様と婚約することにしたのです。
こちらとしては、いつマックス様が心変わりして婚約を破棄しても良いように心構えをしていますが、今のところマックス様はわたしのことをとても大切にしてくれています。
そう、そんなマックス様ですが、ゲルハルディ領に戻ってから、精力的に動いているのですが、以前は遠慮して寄らなかった調理室にも足しげく通って何やら作っています。
虫除けの実として、需要はあるものの、収穫もされずに枯れるがままになっていた作物を使って、パスタや調味料を考えては料理長とともに楽しそうに作っています。
……わたしは口の中が痛くなるのであまり好きではないですが、旦那様やお父様はお酒によく合うと言って、もりもり食べています。
うん、今度お母様や奥様に相談して、あの2人の酒量は減らさないといけませんね。
わたしの方は伯爵家の婚約者に相応しいように奥様にいろいろと習っていますが、マックス様のようにはいきません。
マックス様は伯爵家の当主としての勉強、領主として戦場に立てるように体力づくりや剣術、それ以外にもダンスや乗馬など様々なことをしています。
ですが、わたしはマックス様ほどうまくいかず、奥様や先生を困らせてしまうことも多いのですが、そんなわたしをマックス様は優しく支えてくださいます。
このような調子では、本当にマックス様に見捨てられてしまうかも……。
いえ、きっとマックス様はそれでも寄り添ってくださるかもしれません。
ですが、大好きなマックス様を困らせるだけの存在になど、わたしがなりたくはないのです。
だから、マックス様、見ていてください……わたしはきっとマックス様が婚約者にしてよかったと思えるほどの淑女になってみせます。




