129 緊急時面会権(国王視点)
「陛下、お急ぎください」
執務室で執務をしていると、ゲルハルディ辺境伯から緊急時面会権が行使されたとの知らせが届いた。
緊急時面会権はその名の通り、緊急を要すると権利者が判断した際に国王に対して即時に面会できる権利で、これを行使されると通常の業務はすべてストップする。
だからこそ緊急性の低い要件で権利を行使すれば、権利がはく奪されるのだが……ゲルハルディ辺境伯に限ってはその辺りは把握しているだろうし、なにを言われるのやら。
「陛下、準備は整いましたか?」
「うむ、ゲルハルディ辺境伯を入室させてくれ」
他国では先に謁見者を入室させて、国王が後から入る……その入室時間によって国王の信頼度を示す……なんて国もあるらしいが、我が国は古来よりスピード重視、双方の準備が整い次第、即座に謁見に入る。
「王国の至宝、太陽たるアレクサンダー・ヴァイセンベルク国王陛下、此度は急な面会をお願いしたことを伏してお詫びします」
「うむ、緊急時面会権はそなたの保有する権利、詫びる必要などない」
「はっ!」
「して、此度の面会の用向きは?」
「恐れながら陛下、人払いをお願いします」
緊急時面会権による面会は公的な面会となるので、謁見室には当然ながら多くの家臣が控えている。
我を支える国王派だけでなく、王家派、貴族派の人間もおり、ゲルハルディ辺境伯はそれを危惧しているのだろう。
「うむ、宰相、騎士団長だけが残り、あとは退室せよ」
我が合図をすると、宰相と騎士団長を残して、他は退室していく。
退室の原因を作ったゲルハルディ辺境伯をにらんでいる輩もいるが、そいつらの顔は覚えておこう。
「陛下、ありがとうございます」
最後の1人が退室し、謁見室の扉が閉められるとゲルハルディ辺境伯がおもむろに口を開く。
「うむ、宰相はもちろん、騎士団長も我の味方だ。ざっくばらんに……とはいかんが、気楽に話すと良い」
「はい……本日の貴族学園での出来事です」
ゲルハルディ辺境伯が口を開くと、宰相と騎士団長の顔が曇る。
まあ、緊急時面会権を行使してまで貴族学園内のことを報告されるというのは、流石に肩透かしだ。
「貴族学園か」
「陛下は貴族学園のことはどのくらいご存じでしょう?」
「一応、配下を潜ませているからな。ある程度は知っている。ゲルハルディ辺境伯に突っかかったシャウナ男爵令息のこととかな」
「では、話が早いですね。学園内で現在このような噂が流れています。……曰く、学園内で情事にふけっている男女がいる……と」
噂か。……我は、というより王城としては貴族学園内に数名の手勢を潜ませて、問題がないか監視している。
だが、重要度としては実際に起きた出来事、揉め事がメインで、噂や人づての情報……つまり不確かな情報は重要度が低い。
「貴族が通う学園内で情事か……リスクを考えない輩はいつの時代、どこにでもいるものよな」
「ええ、男爵家や騎士などが婚約者と戯れるのなら、そこまでの問題にはならないでしょう」
「周囲からの信用は落とすが、本人たちが望んだのなら、それも選択の内よな」
「ええ、その相手が国を背負う上位貴族でないのなら……ですね」
ゲルハルディ辺境伯の言葉に、それまで胡乱な目で見ていた宰相と騎士団長の顔つきが変わる。
それはそうだ、これまで貴族学園に通う木っ端貴族の醜聞を伝えにきたと思っていたら、自分たちに関わりが深い上位貴族が関係すると言われたのだからな。
まあ、我はゲルハルディ辺境伯がわざわざ緊急時面会権を行使した時点で、こういう流れになることは予想していた。
「上位貴族……現在学園に通っている者の中には公爵家も侯爵家もおるな」
「ええ、王家も……ですね」
「……そうだな。我の娘……第三王女であるトゥルーデが通っているな」
本当に頭の痛いことだ。ゲルハルディ辺境伯がわざわざやってきたのだから、その可能性も考えてはいたが、本当にトゥルーデが関わっているのか。
「本日の放課後、噂の真偽を確かめるべく校舎内を散策していたところ、空き教室から男女の嬌声が聞こえてまいりました」
「……女性のほうがトゥルーデだと?」
「その中の1人が……ですね。声や呼び方から、ミネッティ伯爵令嬢、マテス侯爵令嬢、ニューエン子爵令嬢、第三王女殿下は確認できました」
「…………はあ。こちらでも確認するが、それが真なら由々しき事態だな。……で、男の方は?」
「アルフレート、と呼ばれていましたが、学園内に該当する男子生徒はおりません。……おそらくは誰かが連れてきた侍従なのでしょう」
「……厄介なことを」
相手が貴族ならば国のことを考えるだろうが、相手が平民ともなればそうもいかないだろう。
とりあえずはトゥルーデに事情を聞くのが最優先だろう。




