123 不穏な噂
「マックス・フォン・ゲルハルディ！ 貴様にレナ嬢は相応しくない！」
授業の合間に同室のマルクスやエルンストと一緒に食事をしていると、いきなりこんなセリフを吐かれた。
前世ではこんな感じで主人公に突っかかってくるキャラクターが多かったものだが、まさか自分の身に降りかかるとは思わなかったな。
面倒な絡み方をしてきたのは、領主・騎士科に所属しているカール・フォン・シャウナだな。
「シャウナ男爵令息、ゲルハルディ様が貴君の上位者だとわかっていての言葉かな？」
俺が反応する前にシャウナ男爵令息に声をかけたのは、ブルヒアルト子爵令息であるエルンストだった。
俺は辺境伯、同席していたマルクスは伯爵令息、エルンストは子爵令息、ということで男爵令息に一番近いエルンストが話しかけたというわけだな。
まあ爵位上はマルクスとエルンストは同格だが、シャウナ男爵領は中央に近い領地の貴族だから辺境に関わっているマルクスよりもエルンストの方が妥当だという判断だろう。
「ふんっ！ 取り巻きに文句を言わせて自分は高みの見物か。そんな輩に可憐なレナ嬢は渡さないからなっ！」
捨て台詞……うん、まさしく捨て台詞を吐いてシャウナ男爵令息は立ち去っていった。
「渡さないも何も、レナのパートナーは俺なんだがな」
「どんな勘違いをしているんだろうな？」
「すみません。中央では貴族学園の在学中……あるいは卒業後に婚約する貴族が多いので勘違いしているのかと」
「まあ、エルンストが謝ることではないから気にするな」
中央と辺境というくくりで言えば、エルンストとシャウナ男爵令息は同じ中央だが、それだけでエルンストが悪いとは言えないだろう。
しかし、俺がレナに相応しくないって何を持って言ってたんだろうな？
「俺とレナってそんなに合わないか？」
「そんなこともないと思いますけどね」
「ええと、多分この前話していた定期的なお茶会を開いてないって話を聞いてたんだと思いますよ」
「お茶会？」
そういや、授業の合間にエルンストから中央貴族は、週一とか月一とかで婚約者と決まったお茶会を開くと聞いたな。
それに対して俺やマルクスは婚約者と決まったお茶会を開くなんて面倒な……みたいな返事をしたような。
「それくらいでか？」
「中央では大事なルールなんですよ。婚約者との定期的なお茶会は」
「つっても、一緒に暮らしてて、いつでも顔を合わせられるのに日にちを設定してお茶会を開く意味もないだろ」
「ですよね。かくいう俺も婚約者と改まってお茶会をしたことはないな」
俺の言葉に辺境育ちのマルクスも同意してくれる。
俺もそうだがマルクスも北東辺境伯の傍で育っているから、婚約者とは早いうちから同居して絆を深める派なんだよな。
そもそも辺境じゃ家ごとの役割が、かなり変わってくるから生家で学んだことが嫁ぎ先で通用しないなんてザラだしな。
「中央では屋敷がお隣同士でもお茶会でしか会わないのも珍しくないですからね。なかなか辺境の常識は通用しないでしょう」
「は～、面倒だな」
「あと、あれじゃないか？ マックスとバル嬢の仲についても憶測が飛んでるのも拍車をかけたんじゃないか？」
「それもありそうですね。中央では陛下に倣って一夫一妻が浸透してますからね」
「辺境でもそうだが、パートナーに先立たれて再婚することが多いから忌避感は少ないんだよな」
クリスタとの関係については別に明言はしていないが、寮から学園の行き帰りはもちろん、授業中も常にそばにいるから噂になるのも当然か。
ってか、クリスタについても最新の貴族名鑑にはゲルハルディ辺境伯の第三夫人候補として載っているんだが、シャウナ男爵令息は確認していないのかな？
「……あと、多分誤解なんだと思いますけど、エルメライヒ公爵令嬢とゲルハルディ様の噂も」
「……はっ！？ ローズマリー嬢！？」
「休日に談話室でお茶会をしていたという目撃情報が」
「ああ、確かにしていたが……でも、レナもクリスタも同席していたぞ」
というか、お茶会の目的はレナとクリスタとの交流であって、それにローズマリー嬢がついてきた形だ。
こっちとしても北東辺境伯に依頼されたから無下にはできないし、そもそもレナとクリスタがローズマリー嬢と仲良くなっているから一緒しただけなんだが。
「というか、エルメライヒ公爵令嬢もパトリック様の婚約者と貴族名鑑に載ってるぞ？」
「だから、確認していないのでしょう。そういう家系なんですよ」
「まあ、俺に突っかかってくるくらいなら無視で良いか。レナやクリスタに迷惑がかかる様ならシャウナ家との付き合いというか、取引を考え直すか」
ゲルハルディ家としては来るもの拒まず去る者追わずで、喧嘩を吹っかけてこない限りはなるべく取引する方針なんだが、シャウナ男爵家との取引は別になくても問題はない。
基本的にこちらから商品を提供するだけで、シャウナ男爵領から仕入れるものはないし、取引額も王家、辺境伯家と比べたら微々たるものだ。
