121 入寮と出会い
「やあやあ、キミたちとこれから一緒に暮らすことになるのかな?」
貴族学園は全寮制となっていて、貴族子息は王族以外は公爵家だろうが男爵家だろうが4人1部屋の寮部屋に押し込まれる。
この部屋は領主・騎士科の主席と次席、文官科の主席と次席が入る部屋になり、俺は領主・騎士科の主席だ。
部屋の中にいたのは俺以外に領主・騎士科の次席であるケスラー伯爵令息と文官科の主席ブルヒアルト子爵令息。
陽気に声をかけて入室してきたのは残りの文官科次席……寮の事務員に聞いた限りではキンスキー侯爵令息だろう。
「私はマンフレート・フォン・キンスキー。知っていると思うが、王宮に勤めるキンスキー侯爵家の次男だ」
「ああ、私は辺境にあるゲルハルディ家の嫡男、マックス・フォン・ゲルハルディだ」
「同じく辺境にあるケスラー家の嫡男、マルクス・フォン・ケスラーだ」
「僕はブルヒアルト家のエルンスト・フォン・ブルヒアルトです」
寮の部屋は入り口から入ってすぐの場所に4人分の勉強机のある応接間、その奥にそれぞれのベッドとサイドテーブルが設置された個室が4つ並ぶ構造になっている。
応接間の隣には洗面台と簡易キッチンが併設されていて、風呂は寮内に設置されている大風呂で複数人が一緒に入る仕様になっている。
貴族が暮らすには不便が多すぎるが、実際に仕事を始めれば領主や騎士は野営が、文官も泊まり込むことがあるのでその訓練がてらということらしい。
ま、前世の記憶がある俺からすれば個室がある時点で、かなり優遇されている寮生活だと思うがな。
「個室の方はこちらで適当に割り振っておいた。向かって右から領主・騎士科の主席である俺、次席のケスラー伯爵令息、文官科の主席のブルヒアルト子爵令息……で、一番左がキンスキー侯爵令息、キミだ」
「ああ、ありがとう。ゲルハルディ伯爵令息」
室内にいたケスラー伯爵令息とブルヒアルト子爵令息が驚いたというか、疑問を顔に浮かべている。
2人は俺と出会った直後から俺が辺境伯だと認識していたが、キンスキー侯爵令息は俺のことを伯爵令息と呼んだ。
つまりはキンスキー侯爵家は……あるいは、キンスキー侯爵令息単独かもしれんが……貴族名鑑を全く確認していないのだろう。
「基本的に私物は個室に入れるようにとのことだ。応接間に出していいのは学業に使うものだけだそうだ」
隣室にはそれぞれが連れてきている側仕えが控える部屋があり、個室はそれぞれの側仕えが、応接間は全員で協力して授業中に清掃などをするらしい。
この辺は寮の事務員から説明されているはずだが、貴族名鑑すら確認していないのだから、一応説明しておいた方が良いだろう。
「ああ、私の荷物はあとで側仕えが運び入れる手はずになっている。今は挨拶にきただけだから、これで失礼するよ」
そう言い放ったキンスキー侯爵令息は颯爽と寮の部屋から出て行った。
学園からの説明では寮生活ではなるべく側仕えの手を煩わせずに、自分自身の手で生活するようにといわれているはずだが、貴族ともなればああいう手合いが出てくるのも当然だろう。
「ゲルハルディ辺境伯のこと知りませんでしたね」
「俺も驚いた。辺境ではゲルハルディ家が辺境伯に陞爵したことも、領主が交代したことも常識だったからな」
「王都周辺でも常識ですよ。少なくとも僕の家……ブルヒアルト子爵家では知らない人はいませんよ」
「まあ、2人ともあまり気にするな。陛下からこういうこともあるかもしれないから、なるべく辺境伯と名乗るなと言われているんだ」
「それはどういう……?」
「貴族は貴族名鑑の確認が義務付けられている……だが、貴族の中にはその義務を怠っている人間がいるらしい」
「「ああ~」」
「俺としてはどうでもいいことだが、陛下は心を痛めているようでな。俺を出汁に調査をしたいらしい」
これに関してはマジで半信半疑だったが、キンスキー侯爵令息の反応を見る限り、やはり一定数いるみたいだな。
メインは貴族学園内ではなく、王宮などで行われる夜会だったはずだが、この様子では貴族学園に通う学生も対象にするように進言しないとな。
「まあ、なんにせよ、これからしばらくの間はよろしく頼むな。辺境伯であることは隠しているから、適当にマックスかゲルハルディでいいぞ」
「では、俺はマックスと。こちらもマルクスでいいぞ」
ケスラー伯爵令息であるマルクスがそう答える。
「僕はゲルハルディ様と呼ばせてもらいますよ。こちらはエルンストでもブルヒアルトでもご自由に」
ブルヒアルト子爵令息であるエルンストはマルクスよりも距離を置いた返事を返した。
ま、ケスラー伯爵家は北東辺境伯の傘下だからゲルハルディ家に近いが、ブルヒアルト子爵家は王宮にいるからゲルハルディ家との繋がりは薄いんだよな。
貴族学園には3年通うし、これから仲良くなっていけばいいか。




