107 叙爵式と陛下との会合
「マックス・フォン・ゲルハルディ……南大陸からやってきた侵略者を撃退した功績を称え、そなたを辺境伯に任ずる。以降はゲルハルディ辺境伯と名乗るが良い」
「はっ! しかと拝領いたしました」
陛下からの呼び出しを受けて、王都へとやってきた俺を待っていたのは辺境伯への叙爵式。
父上が伯爵から辺境伯になるなら陞爵になるが、今回は俺が伯爵子息という無爵の状態から辺境伯になるので叙爵式だな。
父上は伯爵位を陛下に返上した形となり前伯爵、爺様は前々伯爵で、俺は初代ゲルハルディ辺境伯になったわけだ。
叙爵式もつつがなく終了し、俺は前回と同じように陛下の私室へと通された。
今回は父上もいないのだが、俺だけが陛下に会うのはいいのか?
「ふむ、マックスよ。息災のようだな」
「はっ! この度は我が家を引き立てていただき、ありがとうございます」
「よいよい、この部屋には我と宰相しかおらんからな。もっと砕けた態度でよいよ」
「……ですが」
陛下はそう言うが、どうせ天井の裏とか壁の後ろとかには護衛がいるんだろ?
前回もそうだったが、ダンジョン攻略でレベルが上がっているから実力者の気配みたいのがわかるんだよな。
「部屋の中に入れん者はない者としてよい。公にはおらんのだから、口を出すこともできんて」
「……わかりました。では、少し砕けた話し方にさせてもらいます」
「うむうむ。……して、疑うわけではないが、本当にマックス1人で侵略者を撃退したのか?」
「1人ということはありません。バルディ領の騎士や兵士、それに有志の領民にも参戦してもらいました」
「だが、無力化したのはマックスだという報告が来ておる」
「ダンジョン攻略報酬のアーティファクトを使用しました。使用者が攻略者に限定されているもので、水が大量にある場所でのみ氷雪を生み出すものでしたので、特に報告はしませんでしたが」
「なるほど、それで敵船を無力化したわけだな。……だが、マックスが参戦したと聞いて肝を冷やしたぞ。そういう時はクラウスかヨアヒム殿が参戦すると思っていたからな」
「お爺様は遠征中で連絡が取れなかったので。……父上は、海戦が苦手ですからね。無理に引っ張り出してもよい結果は得られないと思ったのです」
「だが、そなたは子供だ」
「私とてダンジョン攻略報酬がなければ無理に参戦せず、父上を待ったでしょう」
「……ふむ。ま、考えてのことならば我が言うことでもないか。だが、クラウスとペトラ夫人が心配していただろうことは気にしておきなさい」
「はい」
ま、陛下の言うことも間違っていない。前世でアラサーだったから、意識としては陛下や父上と同い年くらいの気分だが、肉体は子供。
子供らしく甘えてほしいと周囲が思うのは当然だし、俺としても甘えられるものなら甘えたい。
だが、俺でなければ解決できない問題が多すぎなんだよな。
「ところで、ゲルハルディ領では何やら新しい特産が生まれつつあるとか」
話しかけてきたのは陛下の傍に待機していた宰相閣下だ。
陛下との話がひと段落着いたとみて、話を振ってくれた。
「ええ、東の果てのゴールディ国というところと交易が持てましたので、そちらの交易品ですね」
「ほう。侵略の報告ばかりに目が行っていたが、東国も絡んでいたのか?」
「交易に来ていたところを南大陸の船に襲われたそうです。そちらはお爺様が対処してくださいました」
「ふむ、そちらの対処はゲルハルディ家に任せる」
「はっ! それで、東国の交易品から布や小物のサンプルをお持ちしました」
「ほう? そなたが持ってきたのだから、またぞろ食べ物かと思ったが」
「長旅だったのと、交易の目的がゴールディ国の飢饉のために食料を求めてでしたから。調味料などは幾ばくか譲ってもらいましたが、陛下にお出しできるほどには研究が進んでいないので」
「そうなのか……では、研究が進むこと楽しみにしておこう。で、布や小物だったか」
「はい、母上からもお墨付きをいただけたので、奥方や娘さんにプレゼントすれば喜ばれるかと」
「ペトラ夫人のお墨付きか……確かにアンドレアにプレゼントするのは良いな」
「そうですね、私も妻にドレスをプレゼントするなど最近はできていないのでゲルハルディ辺境伯の勧めに従いましょうかね」
よしよし、アイリーンに無理を言ってサンプルを用意させた甲斐があったな。
ゴールディ国からもらった布関係はそこまで多くないから、陛下と宰相閣下に購入してもらえるなら、それ以上の宣伝は止めておくか。
「……あー、そういえば、だな。娘といえば我の末娘が婚約者不在なのだが……マックス、どうだ? 辺境伯となって婚約者も選定せねばらんだろう?」
「陛下。そう言われるのは分かっていました。ですが、私はゲルハルディ家にて既に婚姻式を済ませております」
「なにっ!?」
「私の婚約者は男爵令嬢、辺境伯となれば婚約解消せねばならないので、伯爵令息の時点で仮婚姻式を済ませたのです」
「ほう……流石はペトラ夫人の息子ですな。法律をきちんと学ばれております」
「ありがとうございます、宰相閣下」
「……そこまでして、王族との婚姻を回避したかったのか?」
裏技というか、本来は仮婚姻式というのは戦争の前や死病の手術など、生死の淵に立たされるものが、それでも婚約者と婚姻を結ぶために行うものだ。
普通の貴族なら陞爵前や叙爵前に行うことはなく、婚約者とは婚約解消し、新たに婚約者を探すのが通例だからな。
陛下からしたら、辺境伯になって王族や公爵と婚約できるのに、仮婚姻式を行うなど縁組を拒否しているように見えるのだろう。
「陛下、そうではありません。私は私を支えてくれていた婚約者と一緒になりたかったのです。婚約解消し辺境伯となれば、レナが伯爵令嬢になる前に陛下や公爵閣下から縁組を求められるのは分かり切っていましたので」
「陛下、国王といえど貴族の婚姻に口を出すと揉め事になりますよ。貴族の婚約には陛下の裁可は必要ですが、婚姻は婚約者同士なら自由ですからな」
「ううむ……本来ならゲルハルディ家と縁戚になりたかったのだがな」
「縁戚になどならずとも、ゲルハルディ家は今まで通り国王派として陛下をお支えします」
「はあ、そういうことでもないのだがな。……まあ、よい。マックスが選んだことなら、こちらが口を出すのも無粋だな」




