王子が「おもしれー奴」とか言ったせいで絡んでくるようになった高飛車お嬢様が仕掛けてくる様々な罠を私は掻い潜れるのか!?
私は元々は田舎暮らしのしがない平民であった。
いや、今も平民ではある。
だが、親が事業で成功したために王都へと居を移し、それに伴って私も王都へと移り住んだのだ。
成功したと言っても中の上程度の裕福さだけど。
これにより私は田舎暮らしの平民から都会暮らしの平民になった。
住む場所が変われば通う学園も変わる。
思えば元いた田舎の学園は純朴で純粋で……わかりやすく単純だった。
そもそも貴族は家庭教師を雇うから学園には平民しかいなかったし。
そんな私の常識は王都の学園の生徒とは違っていた。
やることなすこと非常識扱い。
というか、教えられてないんだから知るわけが無い。
失礼な男子生徒を冷たくあしらったら、それが王子だなんて誰が思うと言うのか。
そして、そんな私を王子が目を丸くして笑いながら「おもしれー奴」とか言うのだ。
あの王子にしてみれば珍獣でも見つけた気分だったのだろう。
事あるごとに私に絡んで来るようになった。
これだ、これが悪かった。
何がおもしれー奴だ!
王子のせいで私は徹底的に女子グループからハブられるようになったじゃないか!
特に貴族の女子は私を目の敵にしてきた。
王子の一件が無ければそれなりに仲良くなれた人も居たかもしれないのに、あの男のせいで!
「またそんな貧相な食事をしていらっしゃるのね!」
そんな私に今日も刺客が訪れる。
私の眼前に立ち、見下ろしながら私に強い口調で言うのはこの学園の支配者とも言うべき一族のお嬢様だ。
名前は何か凄い長かった。
ごめん、覚えてない。
というか覚えられない。
だから、お嬢と呼ぼうと思う。
「貧相じゃありませんー。これは私の普通ですー」
お嬢は私が空かせたお腹を満たそうとして家から持ってきた弁当を貧相と言ったがそんな事は無い。
私の料理スキルはそこそこのはずだ。
そんな私がそこそこの材料を使って作ったんだから普通のできのはずだ。
というかサンドイッチなんて誰がどう作ろうがそこそこだろう。
「ふん……普通ですって?では、その普通を私が確かめてあげますわ!」
そう言いながら私の作ったサンドイッチに手を伸ばすお嬢。
人のものに勝手に手を付けるそれは貴族としてどうなのか。
そう思いはするが、平民である私が貴族に物を献上するのは彼女に取っては普通の事なのかもしれない。
お嬢は生粋のお嬢なのだ。
「これは……まぁ……そこそこですわね」
「だからそう言ってんじゃん」
モグモグと私お手製のサンドイッチを頬張りながら感想を述べるお嬢。
そんな姿を取り巻きなのか従者なのかわからない女生徒も見守っていた。
見守るなよ。
止めろよ。
なんで私の昼食が一つ減るんだよ。
「ふんっ!こんなサンドイッチで満足するなんて可哀想な人ですわ。明日、またここでお待ちなさい。本物のサンドイッチを食べさせてあげますわ!」
「そりゃここは私の席だから明日もここで食べてるわ」
そんな事を言いながらその日の私の昼は終わっていった。
◇
「さぁ!私のサンドイッチを食べてみなさいませ!あなたの物とは違う本物のサンドイッチをね!」
次の日、お嬢が昨日と同じように私の目の前に立って胸を張る。
くそ、無駄にでかい、何がとは言わないがでかい。
食ってる物の違いか?
やっぱり貴族は良い物食べてるからなのか?
「って、あなた何で食事を持ってきてらっしゃるの?!」
「そりゃ持ってくるっしょ、飢えたくないもん」
「ではなく!昨日言ったでしょう!私が本物のサンドイッチを食べさせてあげると!」
あ~確かに言ってた気がする。
でも、だからってそれを当てにして食事を持ってこないってのは無いだろう。
だって、お嬢が作ってこなかったら昼飯抜きよ?
それは厳しい。
というか、まじで作って来てるお嬢がおかしいのでは?
「まぁ良いですわ。あなたは私のサンドイッチを食べて昇天してしまえば良いだけ。あなたの作った物は私が食べましょう」
「私は昇天するんか……」
「良いから食べなさい!そして昇天しなさい!」
私の目の前に置かれたサンドイッチ。
それは見た目的には私が作ってきたのとはそんなに違いが無く見えた。
だが、お嬢が言うにはこれは“本物のサンドイッチ”だ
ならば、やはり庶民が食べている物とは違うという事だろうか。
意を決した私はお嬢サンドイッチを口に運ぶ
「んっ……う~ん……美味しいね」
「でしょう!我が家のシェフの特製サンドイッチなのですから!」
私の素朴な感想に得意げな顔になるお嬢。
フンスフンスと鼻息荒く得意げな顔だ。
むぅ……確かにこれは美味い。
驚天動地するほどではないが美味いかどうかと言われれば間違いなく美味い。
貴族お抱えのシェフが作ったのであれば、それも納得か。
ハムハムと二個目を遠慮なく食べていると取り巻きの娘がお嬢に声をかけていた。
「良かったですねお嬢様。手を傷だらけにして頑張った甲斐がありましたね」
その言葉に私は思い違いをしていたことを知る。
言われてみれば確かにプロが作ったにしては形が崩れていたりもするのだ。
更にお嬢の指には包帯が巻かれていたりもする。
つまり、これは正真正銘のお嬢のお手製だったわけだ。
くそ……あざといぞ!可愛いじゃないか!
「……これって本当にお嬢が作ったんだ」
「当然ですわ!料理など初めてしたものですから何個も失敗してしまいましたわ!」
うざ絡みをしてくる女生徒筆頭であるお嬢。
しかし、何とも憎めない人なのであった
「……プロから教えて貰ってるの卑怯じゃない?」
「ふふんっ!あなたがそうイチャモンを付けることも想定済みですわ!」
そう言いながらお嬢が豊かな胸元から一枚のメモを取り出し高々と掲げた。
「これは我が家のシェフの秘蔵のレシピ!これをあなたに授けますわ!」
「おぉ……」
「これで条件は五分……明日にあなたが作ってくるサンドイッチで全てが決まりますわ!」
次の日に私が作ったサンドイッチはそこそこだった。
何が違うのかしら?と可愛らしく小首をかしげるお嬢を見て私は気づく。
私のサンドイッチはそこそこの材料で作ってるんだから、そりゃそこそこの味だわなと。
この日以来、時折お嬢は料理勝負をしかけてくるようになる。
そして、私の昼飯を許可なく攫っていくお嬢をなし崩し的に認めてしまう事となったのだ。
中々に計算された罠と言えるだろう。
まぁ、私もお嬢のお昼を分けてもらってるけど。
◇
私に絡んでくるのは可愛げのあるお嬢だけでは無い。
中にはバリバリに敵対的な奴等も居た。
(……無い……私の運動着が無い)
その日、運動の授業があるために着替えようとした私の服が無い事に気が付いた。
個人用のロッカーに居れておいたはずの運動着が消えていたのだ。
鍵を閉め忘れたのかもしれない。
油断していた。
流石にこじ開けてまで盗む輩が居るとは思いたくはないけど。
「あらあら、どうかしたのかしら?早く着替えないと授業が始まってしまうわよ」
その声に振り向くと嫌らしい笑いを浮かべながら私を嘲笑う女が一人。
害が無いのがお嬢なら、害がある女の筆頭がこいつだ。
名前はお嬢程ではないけど中々に長かった。
お嬢よりも名前が短いお嬢と違ってクソみたいな性格な女。
だから、クソ女と呼ぼう。
こいつは私が王子と親しくしてる……気は無いが、そう見えるのが気に入らないのだろう。
何かにつけて嫌がらせをしてくるのだ。
大体は嫌味を言うだけで私がスルーすれば実害は無いのだが、時折こういった事をしてくる。
「あんた……」
「あら?何かしら?そのような野蛮な目付きで睨まないでいただきたいのですけど」
絶対にこいつだ。
だが、証拠が無いし、私が喚き立てたところでこいつは素知らぬフリをするだけだろう。
そういう奴なのだ
意地が悪いし根性が悪いし私からすれば顔も悪いし頭も悪い。
だが、そんな奴に対抗する手段が無い。
殴るのは簡単だけど、それではこの学園では通用しない。
田舎の学園ならなぁ腕力に物を言わせるって選択があったのになぁ。
私はこう見えて運動というか格闘術が得意でそこらの男に負けないくらい強かった。
だから、この気に食わない女を一時的に泣かせる事はできる。
だけど、それをしてしまえば悪者になるのは私だ。
(はぁ……仕方ないか……運動着、買わなきゃいけないかな……)
あんまり頭は良くないけど、ここで手を出したら負けだと言う事を私もわかっているし、この女もわかっている。
だからこその勝ち誇った態度なのだ。
ぶん殴りたい気持ちをなんとか鎮めようと私は脱力して頭を冷やす。
ここで揉めても得るものは無いんだと自分に言い聞かせようとした、そんな時だった。
「あら?体操着が無くなってしまったの?」
お嬢だ。
私達が揉めてる間に着替え終わったのであろう運動着に身を包んだお嬢が居た。
「替えの運動着くらいあるでしょう?早くしなければ怒られてしまいますわよ」
お嬢にとっては運動着の一着や二着はどうにでもなるのだろう。
だけど、私は平民なの。
この学園の指定の運動着も庶民からすれば馬鹿にならない値段がする。
それを余分に用意などしてはいない。
「……無いわよ……替えのなんて持ってきてない。大体、運動着だって気軽に買えるもんじゃないの」
「あらそうなの?全く平民は大変ですわね!」
何の悪気も無いであろう言葉でも今の私には刺さるものがあった。
困ってるのは私だ!
そう思うなら何とかしろよ!
お嬢が悪くなく、悪いのはクソ女だというのに罵詈雑言が口から出そうになる。
そう思った矢先にお嬢が自身のロッカーから運動着を取り出しこちらに放って来た。
「これを使いなさい。そして私と格闘戦で雌雄を決するのです!」
「……え?」
「だ・か・ら!私のスペアの運動着をあげますわ!未使用ですし、背丈もそんなに違いがないから問題ないでしょう!」
「……くれるの?」
「そう言ってますわ!」
お嬢が投げて渡してきたのはまっさらな新品の運動着。
確かに私とお嬢は大体同じくらいの体格だから問題なく着れるだろう。
だが、素直に受け取って良いものか?
大体、私がこれを着たら運動着を隠したであろうクソ女派閥の思惑は外れる事となる。
お嬢的にそれで良いのだろうか?
そう思って戸惑っているとお嬢のお付きの娘が静かに声を発した。
「お嬢様はあなたと競うのが楽しみなのです。このようなトラブルはお嬢様としては望むところではありません。その解決のために運動着を一着譲る事など何でもありません。どうぞ遠慮なくお受け取りください」
腕を組んで胸を張るお嬢の姿は王者の貫禄。
つまり、わかってはいたがお嬢と運動着を隠した奴等は別のグループという事。
悪質グループの思惑が潰れる事なんていうのはお嬢にとってはどうでも良いんだ。
そして、お嬢に意見が出来る奴はここにはいない。
彼女の立場は私では想像もできないくらいに高いようだ。
「あなたの野蛮な格闘術と私の華麗な護身術!どちらが上か今日こそ決着を付けてあげますわ!さぁ早く着替えなさって!」
指を突き付けて高らかに宣言するお嬢。
これはきっと私を助けるというよりも、お嬢の今日の予定は「私と格闘術で勝負する」という事だったから。
ただ、それだけなんだ。
「決着も何も私の勝率8割じゃん」
「今日で6割くらいまでにはしてあげますわ!」
そうして私はお嬢からもらった運動着へと着替えた。
勝負の結果、私の勝率は6.5割くらいまで落ちた。
理由は明白だ。
お嬢から貰った運動着は胸元が緩いのよ!
緩いと捕まれやすいのよ!
これは狡猾な罠だったのよ!
◇
王都の学園には田舎とは色々と違う事がある。
それは授業の内容もそうだ。
どちらかと言えば田舎の学園では実務的な諸々が多かったように思う。
だが、王都は違う。
学んだところで何の足しにもならないような物も学ばなければならない。
その最たるものが王国の歴史だ。
私からすれば王族なんていうのは雲の上の存在で、雲の上で何をやったかなんて特に興味が無い。
だから全く覚えられない。
「ふふふ……まぁったく!あなたは本当にダメダメですわね!ダメ子さんですわ!」
「仰る通りでございます……」
勝ち誇った態度で私を嘲笑うのはお嬢だ。
彼女は文武両道であり、勉学の成績も優秀。
武では私が勝つが、文ではお嬢に軍配が上がる。
というか私の成績はボロボロだ。
急に王都の学校へ移ったせいであり、私の頭が悪いという訳では無いとは思いたい。
「このような頭でよくこの学園に編入できましたわね!」
「何も言い返す言葉がございませぬ……」
そんな成績優秀なお嬢と成績壊滅な私が何をしているかというと個人授業だ。
私の成績が死んでしまっている事を知ったお嬢が矯正に乗り出したのだ。
お嬢曰く。
「私のライバルがパッパラパーでは私の沽券に関わります!王子が目をかけているのであれば尚更です!」
そう言って、私に勉強を教えてくれているのだ。
言葉では何か色々と罵声を浴びせているように思えるが、その実は慈悲深い行いの極みであった。
「さぁ!その出来の悪い頭をフル回転させて出した答えを採点してあげますわ!」
「くそぉ。運動じゃ私に勝てないからとここぞとばかりに罵倒しおって……」
「ふふんっ!何とでも言いなさいな!勝てる時に勝つ!これこそが王道ですわ!」
回答し終えた小テストを採点しながらそう答えるお嬢。
採点の間は私は手持ち無沙汰だ。
特にやることもないので前から疑問に思っていた事を聞いてみることにした。
お嬢には悪いが王家の歴史なんて物よりも気になる事があったのだ。
「お嬢はさーあの王子の事好きなの?」
「そうですわね。幼少の頃より慕っておりますのよ」
「一切恥ずかしがらない所に本気を感じるわー」
そんなに良い男かねーあれ。
私としては異を唱えたいことばかりである。
そもそも私がこんなに学園生活で苦労するようになったのはあの王子のせいなのだから。
「理解できないわー。大体さぁデリカシー無いよ、あの人」
「そうですわね。デリカシーはありません」
「私みたいなのにかまって来る辺り、人を見る目も怪しい」
「それは違いますわね」
採点している小テストから顔を上げること無くお嬢が答える。
「あの方の人を見る目は確かですわ。それは私も実感していますわ」
「そうかなぁ?」
「えぇ、そうです。あなたは確かに“おもしれー奴”ですわ」
くそ……王子め……やっぱりあいつはいかん。
王子のせいで可愛いお嬢までが私を珍獣を見る目になったらどうするんだ。
責任取れんのか!
そんな事を考えてる内にお嬢お手製の小テストの採点が終わった。
「75点!だいぶよくなりましたわね!」
「おぉ~!最初が10点くらいだった事を考えれば驚異の伸び率。やはり天才か?」
「何を仰っているのです!誰がどう考えても完全に私のおかげですわ!」
「えぇ……私の才能のおかげも少しくらいは……」
「ありません!私が放課後もみっちり見てあげているのですからこれくらいはできて当然です!」
何でもお嬢が安心できるようになるまで勉強を教えてくれるのだという。
どれだけ面倒見が良いんだ、このお嬢は。
「今日はこれくらいですわね」
「やったー!」
そうして放課後の秘密の個人授業は終わりを迎えた。
赤い夕日が差し込む放課後の教室。
勉強は嫌いだけどお嬢は教え方が上手なのか苦にはならないけど条件反射で歓声を上げてしまう。
「何を喜んでいるのです。宿題も出しますわよ」
「えぇ……お嬢。先生みたーい」
やっと歴史の勉強から開放されると思った私へと追い打ちをかけるお嬢。
「光栄ですわね!さぁ出来の悪い生徒はさっさと教科書を仕舞って……あなた、教科書持ち帰って無いとかありませんわよね?」
「えぇ?重たいから当然ロッカーに入れてますけどぉ……」
「けどぉ……じゃありません!それじゃ家で勉強できないでしょう!」
「だってぇ……持って帰っても勉強しないしぃ」
「だってじゃありません!」
お嬢がビシッ!と私を叱りつける
これはもう教師というよりお母さんではないか?
「全く……そもそもよく見てみれば、あなたその小さい鞄しか持ってきてないじゃないの!」
私は重たい教科書とかをロッカーに全てぶち込んでいるため特に鞄を持つ必要が無い。
だが、それには私が怠け者だという事以外にも理由があった。
「許してよぉ!学園指定の鞄は前にあのクソ女にイタズラされて使えなくなったから持ちたくないんだよぉ!もうひとつ買うのは高いしさぁ」
そうなのだ。
裕福な家庭の子女が通うことが前提だからなのだろうからか、基本的に学園指定の物は高い。
壊れたり汚されたりすれば買い替えるのが容易な家は問題ないだろうけど私は違う。
運動着も鞄も買うことはできる。
だけど、それは問題じゃない。
何個も何個もダメにされる事を見過ごせる金銭感覚が私には無いのが問題なのだ。
「クソ女……あぁあの娘ですわね。全く貴族の片隅にもおけない……」
「そうなんだよぉ……悪いのは片隅にもおけないクソ女なんだよぉ……私は悪くないんだよぉ……だから教科書は置いていく!家で勉強はしない!」
「何を言い切ってますの!」
お嬢が私の頭を軽く叩いた後に思案する。
だけど、お嬢もわかっているはずなのだ。
あのクソ女は中々に狡猾だ。
というのも、基本的に実行犯は取り巻きにやらせており、自分は手を汚していないのだろう。
家柄もお嬢ほどではないけど上から数えたほうが高い。
同じ貴族だというのに何故こうも違うのか。
慢心……環境の違い……
というかお嬢が善良すぎるだけな気がする。
「わかりました。私があなたに鞄をプレゼントしますわ」
「流石にそれは悪いような……」
「最後まで聞きなさい。代金はしっかり貰います。ですが、私が贈ったものという体にします」
お金はしっかりと私が払う。
だけど、私が買ったものではなくお嬢からの贈り物とする。
そうすればどうなるか。
簡単な事だ。
私の鞄にイタズラをするという事はお嬢に喧嘩を売るという事になる。
そんな奴はこの学園には居ないという事だ。
「そうですわね……我が家の紋章を刺繍しましょう。そうすれば安易にイタズラをする者はいないでしょう」
「お嬢……」
「不服ですか?」
「結婚して」
「お断りですわ!あと、これはあなたが家でも勉強するための措置!酷い成績を取ったら許しません事よ!」
「えぇ~。成績の事なんて硬いこと言わないで無限の愛で私を養ってよぉ」
「残念ながら私の愛は有限でしてよ!」
そうして私は家でも勉強をする事になってしまったのであった。
なんという巧妙な手口。
勉強を強要することにより私の精神をすり減らそうとするお嬢の罠にまんまとハマってしまったのだった。
◇
その日、私はお嬢が作ってくれた鞄を貰えてウキウキだった。
以前に話していたお嬢の家の紋章入の鞄が出来上がったのだ。
先程まで、私はこれをかけてお嬢と激しい格闘戦を行っていた。
素直に渡してくれれば良いものをお嬢の病気が発動したからだ。
「この鞄が欲しければ……私を打ち負かしてみなさい!」
そう言って躍りかかってきたお嬢との激戦は授業が終わった後も長く続き、最後には先生に強制ストップで幕を閉じたのだった。
ちなみに結果は私の勝ち。
まぁそんなのは織り込み済みでお嬢は私に勝負を仕掛けてきていたのだろうけど。
だって、私のためにわざわざ作ってくれた鞄なんだから。
そういうわけで現在進行系でお花を摘んでいる状態であっても気分は上々。
お嬢は否定するかもしれないけど、彼女は私がこの学園で出来た数少ないというか唯一の友達なわけで、その友達が私のために贈ってくれた鞄を手に入れたわけだから嬉しくないわけがなかった。
見た目は学園指定の何の変哲も無い鞄であるが実は小さくお嬢の家の紋章がしてある一品。
これはお嬢ファンなら垂涎だね!
居るかは知らないけど!
「でも、お嬢ならファンクラブとかあってもおかしくないか……」
見た目から何から正しくお嬢様な訳だからそういうのがあってもおかしくない。
そう思いながら用を足した私は教室へと戻ってきたのだが、何やら私の机の周りに人だかりができている。
(また面倒臭そうな事が起きそうな予感……)
騒いでいる面子を見ればいつものクソ女グループ。
思わず顔を顰めてしまう。
折角今日は気分が良いというのに。
とは言え騒いでいるのは私の机の周りなわけだからそこに行かなければならないのが辛いところだ。
「あぁ!戻ってきましたわこの盗人が!」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
いきなり人を盗人呼ばわりとかこの女の頭のネジがとうとう外れたのか?
「とぼけるんじゃありません!」
「はいはい、とぼけてますよー面倒だから言いたいこと言ったらさっさと席に戻ってね、私って意外と忙しいのよ」
「ほんとに憎たらしい人……でも、ついにしっぽを出しましたわね!」
何かわからないが勝ち誇ったように胸を張るクソ女。
相変わらず口から出てくるのは意味がわからない言葉ばかりだ。
私がこいつの言葉を理解できる日は来るのだろうか?
「これは一体何かしら!説明をしなさい!」
そう言いながらクソ女は私の机の上に乗っている髪留めを指す。
「……髪留め?」
それは髪留めであった。
多少、見覚えがあるのはこの下品な女が殊更に自慢していたからだろう。
たしか有名なデザイナーの作品だとか何とか。
あまり装飾品に興味のない私に自慢しても何もならないというのにベラベラと喋ってたのを覚えている。
「そうです!これは私の髪留め!平民になど手が出せない最高級のブランド品!それが何故あなたの鞄から出てくるのかしら!」
「私の鞄から?」
ついにトチ狂ったか。
そうとしか思えない言い掛かり。
この女が言うには運動の時間に外していた髪留めが私の鞄から出てきたという事だった。
「油断も隙もありませんわ!そんなに私の髪留めが欲しかったのかしら?人のものを盗むなんて本当に卑しい!」
「あぁん?私がこの悪趣味なのを盗んだって?」
「現に貴方の鞄からこれが出てきたのです!言い逃れなどできません事よ!」
クソ女の言葉に周りの取り巻きたちが囃し立てる。
「あなたなら盗みそうだから念の為に鞄の中を見たらこれがあった時は驚きましたわ」
「そうよそうよ!」
「確かにあなたじゃこれは買えないけど……人の物を盗むなんて……ねぇ」
厭味ったらしく嘲るように私に言葉をぶつけるクソ女&取り巻きーズ。
ここまで来れば私にだってわかる。
こいつらは私を冤罪で叩こうって腹だ。
私が席を外した間に盗まれたと騒ぎ立てる。
周りに居る生徒達にこれみよがしにアピールして、私を盗人に仕立て上げようとしてるんだ。
「知らないってそんな物、大体そんなの私ほしくないし」
「しらばっくれるんじゃありません!だったら何故、あなたの鞄から出てくるんですか!」
「あんたが仕掛けたんでしょ!言っておくけどこれは今までのとは違って一線越えてるわよ!」
私が否定する声が大きくなり、教室は騒然としていた。
クソ女が私に対して色々と絡んでいた事は周りの皆も知っている。
私の交友範囲が広がらないのはそのせいもある。
こんな面倒な奴が絡んでくるとなったら誰だって私と積極的に関わりたくないだろう。
こいつはとにかく意地が悪い。
突然にこんな言い掛かりをつけてきたのもお嬢からの贈り物で嬉しそうにしている私が気に入らなかったんだろう。
だが、その思惑は当たっている。
さっきまで良い気分だったというのに台無しだ。
「ほんっと器が小さい女ね!」
今回もいつもの小競り合いかと思っていた周囲が事の大きさに気づく。
というのも、基本的に私はこいつをスルーしていたからだ。
だが、今回はスルーは出来ない。
流石に盗人呼ばわりされて黙っていられるほど私は人が出来ていないからだ。
「どれだけあんたの実家が偉いか知らないけどあんたは屑ね!そんなに私が王子にかまわれるのが羨ましかった?あんたは話しかけても貰えないもんね!視界にも入ってないんじゃない?」
「なんですってぇ!」
「あら、事実を言ってしまってごめんなさい。だってぇー私、王子と結構話すけどーあなたの話題とか出た事ないんでー」
私は溜まりに溜まっていたこの女への鬱憤をぶつけた。
しかし、クソ女は深呼吸をすると私へと嫌な笑いを浮かべて澄ました態度へと戻る。
「ふんっ!あなたが何を言おうと私の髪留めがあなたの鞄から出てきたのは事実ですわ」
「どこにそんな事実があるのよ!」
「こ~んなに証人が居るのよ、言い逃れは見苦しいですわよ貧乏人さん」
何が証人だ!
全員お前の取り巻きでグルじゃないか!
私はそう声を荒らげる。
だが、クソ女達は余裕の笑みを浮かべるだけだ。
まさに多勢に無勢。
身分も家柄もあちらのほうが上。
さらに奴等は徒党を組んで数の力で私を捻じ伏せようとしている。
私に味方が一人も居なければ万事休すだ。
でも、私には最強の援軍が居たのだった。
「この髪留めがこの娘の鞄から出てきたと仰ってるの?」
騒然とする教室に凛とした声が発せられた。
お嬢だ。
「本当にこの鞄から出てきたのかしら?」
カツカツと騒動の中心へと歩み寄るお嬢。
何も臆すること無く歩を進める姿に皆が気圧される。
「そうですわ!ここにいる皆が証人ですわよ!」
クソ女は果敢にお嬢へとそう宣言をする。
いくらお嬢の力が高くても数という意味ではただ一人。
お付きの娘を入れても二人だけ。
それならば押し切れると思ったのか、押し切らなければいけないと悟ったのか。
その声は先程までとは緊張を帯びていたのが私にもわかった。
「おかしいですわね」
「何がおかしいのです!」
小首を傾げるお嬢
あどけないその仕草だが何やらいつもと違う雰囲気がにじみ出ているのを感じる。
なんと表現すればいいだろうか
簡単に言うならば逆らってはいけないという感じだ。
「あなたは運動場からそそくさと引き上げておりましたけど、私とこの娘は先程の運動の時間が終わっても先生に追い出されるまで切磋琢磨していましたわ。いつ髪留めを盗めるタイミングがあったのかしら?」
お嬢が冷静に指摘する。
確かにそうだ。
頭に血が昇っていたから気づけていなかったが言われてみれば、そこから切り崩すべきだった。
私が盗んだというなら、いつ取ったと言うのだ。
このクソ女が着替え終わった後も私とお嬢は戦っていた。
運動中に髪留めを外したタイミングで盗んだというならそれはおかしい話となる。
「それは……その……昨日!昨日から無くなっていたのよ!ずっと探してたのに見つからなかったのが今日、この娘の鞄から出てきたのよ!」
「あらそうなの?」
「そうよ!大体なぜあなたが口を挟むのです!あなたも!王子も!このような下賤のものに何故そこまで目をかけるのですか!こんな下品でガサツで身の程を弁えないような者に!」
クソ女に先程までの余裕は無い。
傍から見てたらなんというか、役者が違いすぎる。
お嬢はただ静かに佇み、語りかけているだけだというのに放たれる圧力が周囲を黙らせていた。
「さぁ?何故なのかしら?何にせよ、それは今この時は関係がありませんわ。あなたが嘘つきだという事が判明したという事だけが今は重要なことですわ」
お嬢が静かに歩み寄り私の鞄を優しく撫でる。
彼女が私のためにと特注で刺繍まで入れてくれた鞄。
ただ一人の友達が私を思ってくれた大切な贈り物。
「この鞄は私がこの娘に贈った物ですわ」
「……それが何だと言うの!」
「そう、まさしく今日、先程の運動の授業の後に私が手ずから渡したのです」
あの鞄は私がお嬢に格闘訓練で勝ち越した景品扱いとして渡された。
まぁ、基本的に私のほうが勝率が良いのだからお嬢的にはそれを私との格闘訓練の口実に使っただけで、最後には私に渡す気満々だったわけだ。
ちなみに勝率は私が7割は勝った。
まだまだ負けられんのですよ。
だから、予定通りにあの鞄は私の物になったわけだけど、それはつい先程の話だ。
「昨日から無くなっていたものが入っていた?先程まで私の手にあったこの鞄の中に?それは私が盗んだと言っているわけだけど、そういう事なのかしら?」
「うぐっ……そんな……ことは……」
「それとも、この娘は盗んだ髪留めを家に持ち帰らずにわざわざ学園に持ってきていて私から鞄を受け取った後に中に入れたというの?そんな不自然な話、誰が信じるのかしら?」
一気に形成が悪くなるクソ女。
格が違いすぎて少し可哀相になってくるほどだ。
いつも優雅に振る舞うお嬢がここまで怒っている所を見るのは始めてみた。
私のために怒ってくれているという事実に頬が緩んでしまう。
「ふぅ……もういいでしょう。あなたには二つの選択肢が残されていますわ」
恐ろしいほどに冷たい目線。
あれが向けられているのが私がじゃなくて本当に良かったと心底安堵するほどのプレッシャーがお嬢から放たれている。
「一つ。嘘をついたと彼女に謝って今後は二度と関わらないと固く誓う」
「……あの平民に私が謝れですって?」
「二つ。頑なに認めずに……完全に私を敵に回す」
「ひっ……!」
その言葉に戦慄が走る。
お嬢がこの学園でかなりの権力者である事は私もわかっていた。
そもそも王子と幼い頃から知り合いでかなり親しいのだから、それはそれは偉いのだと想像がつく。
お嬢を敵に回す。
その言葉を聞いたクソ女と取り巻きの顔色がはっきりとわかるほど青ざめていたのだから。
「どちらにせよあなたの程度の低さは皆に知られてしまいましたわよ」
平民に頭を下げ許しを請うのか。
お嬢を敵に回すのか。
突き付けた二択。
プライドがそこらの山よりも遥かに高いクソ女がどちらの選択肢を選んだか?
それは私の前でしっかりと頭を垂れている姿からわかる事だろう。
◇
「お嬢はさー何で私に良くしてくれてんの?」
「さっき言われた事を気にしているのかしら?」
私の冤罪騒動が終わって湧いてきた疑問はまさしくあのクソ女が言っていた事そのままだった。
王子が私に興味を持った理由はわかる。
私がこの学園には居ないガサツな平民という珍種だったからだ。
だけど、お嬢は何故私にかまってくれるのか。
ここまで私の味方をしてくれるのか。
「そりゃ……あんな面と向かって改めて言われたら……ね……」
別に虚勢を張ってる訳じゃないし無理をしている気はない。
それでもあんな言葉を言われれば少しは思う所はある。
いつも上を向いていた私でも下を向いてしまう時もある。
そんな態度はお嬢に少しだけ悲しげな顔をさせてしまっていた。
それでもやっぱり気になってしまった。
さっきのやり取りからしてもお嬢はきっと平民からすれば雲の上の存在。
本当は私が気軽に話せるような人じゃないんだ。
だけど……お嬢は否定するかもしれないけど、この学園での唯一人の友達だと私は思っているのだから。
「……最初は王子があなたに興味を持ったからですわ」
「ですよねー」
「好きな人が興味を持った事を知ろうとする。当然の事ではなくて?」
王子が私に興味を持ったから私に関わり始めた。
それはわかりきっていたから良い。
「切欠は確かに王子でしたけど今は関係ありませんわよ。あなたと色々と勝負するのは楽しいですわ」
「おっしゃ!」
小さくガッツポーズをする私。
これは正直に言って嬉しい。
今も王子のためとか言われたら立ち直れなかったかもしれない。
お嬢の言葉にとりあえずの安堵を得た私は更に突っ込んだ事を聞いてみる事にした。
「でもさ、お嬢は王子が切欠だって言うけどさ、最初から私に嫌がらせとか……全くしないじゃん。あの女は色々としてきたのに」
「それこそ私からしたら不思議ですわ。あなたは王子と友好的な関係なのだから普通に考えれば仲良くするべきでは?今回の件も王子が知ったらあの娘達は謝罪だけじゃすまなかったですわよ」
言われてみれば確かにそうだ。
あの娘達は王子と私が親しいのが気に入らなかった。
だから、私を遠ざけようと嫌がらせをした。
でも、これって私が告げ口したらあの娘達は想い人である王子に嫌われるって事だ。
だって、私のほうが王子と親しいんだもん。
そう考えればあのクソ女達のしたことは自分の首を絞めただけだ。
だけど、それを抑えられないのが恋心という物なんじゃないだろうか?
「でも……その……王子がさ……私のこと……すす好きだったりしたりなんかしたらさ。気分良くないんじゃないかなとか思ったり……」
「だから、あなたを排除すれば良いのにと?」
「うん……まぁ……あのクソ女は事実そうしようとしたわけだし……」
そんな卑屈と言っても良い私の言葉に鼻を鳴らしてお嬢は言った。
「恋敵が居なくなれば彼に選ばれるかもしれない。そんなのは負け犬の考え方ですわ!恋敵がいるのであれば、恋敵よりも魅力的だと証明すれば良いだけの事!」
胸を張り高らかに謳うお嬢。
その顔は不敵な笑みを浮かべ、私になんか負ける気は無いと言外に語っていた。
勝つ気もあんまないけど、そもそも勝てる気しねー。
「あなたと私は中々に良い勝負ですわ!ですが!このまま競っていけば恐らくは料理を覚えた分だけ私が有利!そうすれば王子は私に振り向くという寸法ですわ!」
「え~……料理はそこまでアドバンテージにならないんじゃない?正直、私とそんなに変わらないし……」
「そんな事ありませんわ!」
私とお嬢の料理勝負は五分五分だ。
ちなみに審判はお付きの娘。
お嬢のお付きのはずなのに公正に判断する素晴らしい娘だ。
仲良くなりたいがお嬢から一歩下がっているのが彼女の誇りなのか私に対しても中々砕けた態度になってくれないのが困りものだ。
「それにあなたとの勝負は私自身のためでもあるのです!高めた技術、培った力は確かに私の魅力となりますわ!王子が……振り向いてくれなくとも、それは無駄にはならないのですから!」
男前すぎるよ……お嬢……
こんな良い女が居るのに私にちょっかいかけてるなんて、やっぱりあの王子は女を見る目無いんじゃない?
どう考えてもこんなのお嬢ルート一択じゃん。
私が王子の立場だったら一瞬たりとも迷わないわ。
「お嬢……」
「なんです?」
「結婚しよう」
「お断りですわ!」
変な気持ちが湧いてきそうで自分が怖い。
心がイケメンすぎる高飛車お嬢様を見てたら新しい扉が開かれてしまいそうだ。
これはまさかお嬢の狡猾な罠だというのか!
私の恋愛観を捻じ曲げてしまうという空前絶後の強力なトラップ!
お嬢の魅力から逃げ切れるのか私!
頑張れ私!
私とお嬢と時々王子。
変な三角関係になってしまったらどうしようと心のなかで思ってしまうのだった。
好きな人が興味を持った事を頭から否定したら普通は嫌われるよね、から書き始めたら、なんかよくわからん着地をした話