第6話 幕間・ノエル視点①
──これは、サシャが契約の話を持ち掛けられ、部屋から出て行った後の話。
「サシャ・ロワン子爵令嬢。やっぱり彼女を選んで正解だね」
深い藍色の髪に、紫色の透き通った瞳。
社交界から消えた、神秘の子爵令嬢なんてね。随分誇張された噂なのだろうと思っていたら、全く間違いじゃなかった。
凛とした姿勢もありつつ、気を許したら令嬢らしい表情で笑う。王子である僕を前にして、物おじしないし媚びたりもしないから、彼女の存在は凄く新鮮だった。
「いやー、思っていた以上に綺麗なご令嬢でしたねー。俺が淹れたお茶も美味しそうに飲んでくれてましたし」
「最初はライの事を凝視して何で? って顔はしてたけどね」
そこに嫌な感情は全く感じ取れなかったから、面白い。
僕は思わず思い出して、クスリと笑ってしまった。
密偵に調べさせた情報も、正直信じ難いものだったけど、彼女からも直に話が聞けたから納得出来た。何より、会話をしていて瞬時にこちらの言い分を理解してくれる所から、頭の良さを感じたのだ。
「ビジネスパートナーとして、彼女とはいい関係が築けそうだ」
そう言って僕は、満足げにソファーへ深く腰掛ける。許可をするまでもなく、ライも彼女が先程まで座っていた向かい側のソファーにドカッと座った。
この護衛騎士の無礼な行動は日常茶飯事なので、特に咎める気はない。むしろ王子である僕に気を遣う事がないから、逆に僕も気が楽で、貴重な存在なのだ。
「でも、普通は期間限定の婚約内定者なんて、いくら王子から提案されたとしても、ドン引きっすよ? 子爵令嬢なのに結婚が遅れてもいいんですかね、あの方」
「事前に調査をして、彼女が結婚に全く乗り気じゃないのは知ってたよ。まぁ家の事が心配だから、弟君がもう少し育つまでは、と思ってるんじゃないかな」
ふと窓へと視線を向ける。空はもうすぐ夕暮れに差し掛かろうとしていた。
ほぼ初対面の彼女に、突然こんな事を頼むなんて、僕は本当にどうかしているんだと思う。
「いい返事が貰えるといいんだけど……」
だけど彼女に僕の嘘を見抜かれた時、僕も直感したんだ。この子はきっと、僕達を助けてくれるって。
だから願わくば、なるべく早く僕の元に来てほしい。
……これは、僕だけの問題じゃないから。
大切なレクドと、〇〇の為に。