第5話 乙女ゲーム?
私はノエル様のエスコートで、応接室から別室へと向かう。廊下の雰囲気もガラリと変わり、この区域は王家の居住スペースなんだと、何も知らない私でも察する事が出来た。
「レクド、いる?」
ノエル様がコンコンとノックをしながら、そう扉越しに声を掛けるから、ギョッとした。
「レクドッ、様って……第1王子じゃないですかっ……!?」
「そうだね」
「なんっ……」
ギリギリ敬称を忘れなかったのは奇跡である。何を呑気に笑ってるんだこの王子様……!
「僕との面会とレクドとの面会は、大して変わらないだろう?」
「そういう問題じゃなくてですね……王族の方とお会いするなら、前もってそう言っておいて下さい……」
王子様相手でも、ささやかな抵抗はしてやるぞ……と思いながら小声で噛み付いておいた。
私がノエル様をジトッと恨めしげに見上げていると、すぐに扉が内側から開いた。開けてくれた人の姿格好を見るに、レクド王子の護衛騎士様だろうか。
室内には、ノエル様と似た青色の瞳の、第1王子であるレクド王子がソファーに腰掛けていた。キラキラ光る長い金色の髪を後ろで1つに束ねていて、その姿はきっと誰が見てもかっこいいと言うだろう。
レクド王子は入室した私と目が合うと、優しく笑いかけた。
「やぁ。君がノエルの話していた、噂の神秘のご令嬢かい?」
「おっ、お初にお目にかかります、サシャ・ロワンと申します」
慌てて頭を下げる。ひぃ。本物のキラキラ王子様は心臓に悪い。
「……サシャ、僕に会った時より緊張してない?」
「ソウデスカネ?」
私はウフフ、と微笑みながら、スッとノエル様から目を逸らす。その時ふと、レクド王子の横に立てかけられた物が私の視界に入った。
「杖……?」
私がポツリと呟いた瞬間、部屋の中が一気にシンとなる。え、もしかしてNGワードだった……?
「……何でこんな所に杖があるのか気になるだろう?」
「レクド様……!」
「フェルナン」
レクド王子の少し厳しく、無機質な声が部屋に響く。
「っ……申し訳ありません……」
「そうだ、ロワン嬢にも紹介しておこう。私の護衛騎士をやっている、フェルナン・トマだ。基本的に私の側に常にいて、信頼できる護衛騎士だから覚えておいてくれ」
「はい。分かりました」
私はレクド王子からの紹介を聞きながら、護衛騎士様に目を向ける。
……ん?
この護衛騎士様、レクド様の言葉に一瞬顔が強張った?
……と思ったけど、それは本当に一瞬の出来事で、サッと騎士の礼を取り、私に対して真面目な顔で挨拶をしてきた。
「突然大きな声を出してしまい、大変失礼致しました。フェルナン・トマと申します。フェルナン、と気軽にお呼びください」
「いえ、お気になさらないでください。よろしくお願い致します、フェルナン卿。あの、私の事も呼びやすいように呼んでくださって結構ですので……」
正直ロワン子爵令嬢って呼ばれ続けるのは堅苦しいし、高位貴族じゃない私は何でもオッケーだ。
「おっ? じゃあ俺はサシャ嬢って呼びますね」
ノエル様の護衛騎士様が、扉に寄り掛かりながら会話に割り込んできた。
「えぇ……? それ以前に貴方のお名前を伺ってないんですけども……」
「あれ、言ってませんでしたっけ? ノエル様〜ちゃんと紹介しておいてくださいよ」
そんな事をヘラヘラ言いながら、私達の座るソファー近くにやって来た。
おぉ、ノエル様の不愉快だオーラがすごい。
やっぱり人畜無害な、ただのキラキラした王子様って訳じゃないんだな、この方。
「……僕のせいじゃないし、ライが勝手に自己紹介した気になってただけだろ……僕の護衛騎士の、ライ・ミュレーだ。口が悪くて、初対面でも目上の人間にでも馴れ馴れしいのは、どうやっても直らないからもう諦めてる」
「……なるほど」
「サシャ嬢、今なるほどって言いませんでした?」
「えへ。よろしくお願いしますね、ライ」
「えっ、何で俺には卿が付いてないんすか!? フェルナンには付けたのに!」
「ちょっと語呂が悪いかなって……」
「何、語呂って! じゃあ俺もサシャって呼びま……イッテェ!」
「何でお前が僕と同じ呼び捨てにするんだ」
ぎゃいぎゃいやっているノエル様とライは放っておこう。
口の悪い背の高いお兄ちゃんがライ。真面目そうなお兄さんがフェルナン卿。よし覚えた。
「ロワン嬢が来て、一気に賑やかになったな」
「はは……」
「君には【黒猫の涙】を探す手伝いをしてもらうとノエルから聞いた。協力してもらうからには、私のこの状態についても知ってもらわねばならない」
「ええと……何故杖をお持ちなのか、ですか?」
「あぁ。これは極秘事項なのだが……数日前、私は毒を飲んでしまい、生死の境を彷徨ったんだ」
「……!」
私はヒュッと息を呑んだ。
「一命は取り留めたが、その後遺症で片足が麻痺していてね。杖がないとまともに歩けない」
──片足の不自由な王子様がヒーローなの?──
私の前世の記憶が、フラッシュバックしてくる。
「勿論、これからこの件については公表せざるを得ないが、毒殺未遂の後遺症とは国民に伝えないつもりだ。王位継承前で、不安を煽りたくなくてね」
──そう! 私はレクド王子を助ける為に、このゲームをプレイしていると言っても過言ではない! ──
隣で熱く語っているのは、前世の友人。
「私が王位を継承する事を、どうやら阻止しようとしている者がいる。ただ、もう【黒猫の涙】探しはスタートしてしまった。私が自由に動き回れない分、ノエルは私の代わりに探してくれると申し出てくれたんだ」
「言っておくけど、僕はレクドが王位を継ぐ事に賛成だからね? レクドの命を狙ったりなんかしないから」
「な、なるほど……」
段々と頭が混乱してきた私は、そんな相槌しかうてなかった。
「自分の力だけで王家の秘宝を探せないのは、本当に不甲斐ないと思っている。それでも私は、こんな事で王位を諦めたくはない」
──王子様の片足を治す鍵になるのは、サブタイトルにもなっている【黒猫の涙】らしいの! 絶対謎を解いて、ハッピーエンドにしてみせるから──
一気に思い出した。この世界は、もしかして。
「乙女ゲームだ……」