第40話 歪む程に愛していた
「ノエル様……!」
王妃様の部屋へ向かう途中、会いたくない人物とばったり出くわしてしまった。その人物、ナタリーはノエル様の半歩後ろにいる私の姿を確認すると、あからさまに嫌そうな顔になる。
「あの、夜半に出歩かれてどちらへ……?」
私とイヴの事は眼中にないらしく、無視を決め込んでいるナタリーはノエル様から発言を許されていない状況下で喋りかけている。
「勝手にそう呼ぶの、いい加減失礼だって学んでくれないかな……婚約者と夜の散歩をしてるだけだけど、悪い? 使用人である君にとやかく言われる筋合いはないんだけど」
人当たりのよいノエル様にしては珍しく、1オクターブ下がった声色で冷たい眼差しを向けていた。これを向けられてもめげないのって、ある意味すごい。
「そ、それは存じ上げております……」
「そもそも君は夜勤当番なの? 勤務中であれ勤務外であれ、就寝時間にフラフラしているのは罰則対象だよ。メイド長に報告させてもらうから」
「申し訳ありません……! あのっ、今夜は見逃してくださいませんかっ……!」
ナタリーが無遠慮に近づいてノエル様の手に触れた時、私の中に黒い感情がぶわっと広がったような気がした。
私のノエル様に触らないでって。
……何だろう、今の感情。私のノエル様って……ノエル様は別に誰の物でもないのに。いやいや、そんな事よりもだ。
「ちょ、いくらなんでも無礼っ……!?」
ハッとし、間に入って止めようとしたけれど、ノエル様はそんな私をやんわりと制止した。ナタリーの手をさっと振り払い、いよいよ無感情ともいえる表情を向ける。誰がどう見てもナタリーの攻略は大失敗だと思う。
「今後の処罰はメイド長から連絡がいくだろうから。これ以上話す事はない。いい加減戻って」
「……っ失礼します」
ナタリーは悲しげな表情を浮かべて、廊下を駆けていく。足音はどんどん遠ざかり、静まりかえった空間に吸収されていった。
「はぁ……あの子、ここ数日僕が向かう先々になぜかいる事が多くてさ。どこから僕の情報を仕入れていたかは分かってるけど、ほんと疲れる」
「お、お疲れ様でしたね……」
「今は油断して近づかれちゃったけど、ちゃんとあしらっていたから安心して」
はい、と返事をしたけれど、去り際にナタリーが私にだけ見せた勝ち誇ったような顔が、頭にこびりついて離れなかった。
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ここが母上の部屋だよと案内をうけ、いよいよか……と思っていたら、なぜかその隣の部屋へと足を踏み入れていた。
不思議に思ってノエル様へ問い掛けると、こっちは王妃様付きの侍女の待機部屋だったんだと返事がある。聞きたかった事はそれじゃない。
部屋には既に、レクド王子とライが待機していた。
「あれ、クララ様は……?」
つい口から出た私の疑問に、レクド王子が苦笑いを浮かべた。
「本人はこちらに向かう気満々だったんだがね。私としては安全な部屋で大人しく待っていてほしくて。少し卑怯な手を使って寝かしつけてしまった」
「なるほど……?」
卑怯な手ってなんだろうな……? そっか、フェルナン卿もいないのはクララ様の護衛中だからなのかもしれない。
「ん? 安全な場所って……もしかしてですけど、この後危険な事が起こりうるかもしれないんですか?」
「……ノエル、もしかしてロワン嬢に話してないのか?」
「話したところで、行くって言うかなと思って?」
呆れた様子のレクド王子とは対照的に、ニッコリと笑ったノエル様である。いや、危険だと事前に言われていたとしても行くのはやめなかったと思うし、あながち間違いじゃないけども。
「……ちなみに、何が危険なのか伺っても?」
「うーん。かかるかは分かんないけど、ちょっとした餌を撒いたんだよね。上手くいけば問題ないと思うから安心して?」
どうやらここでは言えない、何らかの事案が進んでいるらしい。
恐らくサボってなければバイパーはこの状況をどこかで見てくれてる筈だし、私の身の安全は保障されていると思うから……なるようになると信じよう。
部屋の扉を今日の為に内密に細工したそうで、覗き穴がいくつかあった。暫く息を潜めて待機していると、そのうちに王妃様の部屋へやってきた人物がいた。アルシオ様とナタリー、そして最後に入室したのは……あろう事かフェルナン卿だった。
「っ……!?」
なんでフェルナン卿が……!?
思わず声をあげそうになった所で、ノエル様の手が私の口を塞いだ。目を見開いて振り返れば、しー、と人差し指を口元に添えて微笑まれる。
「心配しなくても大丈夫」
いつもと変わらないノエル様の雰囲気を見て、私の焦りは段々と萎んでいく。レクド王子にも目を向ければ、こくりと小さく頷いてくれた。これもさっき話していた餌とやらに関係があるのかもしれない。扉の向こうの声に意識を向け直して、耳を澄ませる。
「王家の秘宝がここにあるのは間違いないんですね?」
「はい。レクド様たちがそう話しておられました」
「肝心の隠し場所は? そこまでキチンと聞いてくれたんでしょうね?」
「……それはどうぞ直接お聞きになられてください」
私達がいる扉へと視線を向けて言葉を放ったフェルナン卿の合図を皮切りに、私達は王妃様の部屋へと駆け込んだ。
「叔父上……やっぱりいらしたんですね」
アルシオ様は私達の姿を認めると一瞬驚いた素振りを見せたが、そう、と納得した様子で小さく笑った。
「可笑しいなぁ。フェルナン卿……君のその異常なまでの忠実さ。てっきりこちら側の人間になったと思ったんだけどな?」
「……貴方から提案を受けて、心が揺れたのは確かです。危ない賭けだと分かっていても、それでもレクド様を救う手になるのならと……」
フェルナン卿はレクド王子の元へ戻ると、跪き、騎士の忠誠を意味する姿勢をとった。
「ですが、私がレクド様を悲しませるような、裏切る事は神に誓ってありません」
「あぁ、私も誓おう。そしてこれからもずっと、信頼していると」
2人の信頼関係は、簡単に崩されるようなものじゃなかったんだ……よかったと安堵しつつも、裏切ってしまったのかと一瞬でも疑ってしまったのは反省しよう。
「叔父上が母上の事を特別に想っていたのは……」
「へぇ……ノエルがそこまで知っているとは。陛下にでも聞きましたか? ……本当に愛していたんですよ。兄上の婚約者だと紹介されて、一目惚れした時からずっと」
少し昔話をしましょうか。そう言って語られたのは、アルシオ様の思いの丈だった。
「自分の気持ちを隠して、ただ側にいられればそれだけで充分だった。病弱だった彼女を治してあげたいとも思っていました。その為に僕は必死で医学の知識を詰め込んで……だけど彼女が寿命を削ってまで兄との子を産んだ時、分からなくなってしまったんです。何の為に彼女の病を治そうとしてるんだろうってね。そして思ったんですよ、僕の物にならないのならもう……治さなくてもいいかって」
ふふ、と笑った顔はとても綺麗なのに、その中に浮かぶのは激しい狂気。私は思わず身震いした。
「それと同時に少し期待をしました。完治する方法はないと告げたら、どうして、助けてと彼女は泣いて僕に縋ってくれるんじゃないかって。なのに……何て言ったと思いますか?」
皆、黙ってアルシオ様の独白を聞く事しか出来ずにいた。言葉の節々から伝わるその愛は、酷く重く、歪んでいたから。
「……もういいのよって、それは美しく微笑んだんですよ。僕はそんな彼女がどうしようもなく愛おしくて、堪らなく憎かったんだ」
同情なんて出来ない。
純粋であったはずの愛は形を、アルシオ様の心までも変えてしまった……その事実がただ悲しかった。
「さて、昔話はおしまいにしましょうか」
アルシオ様は話し終えると、伏し目がちだった瞳をなぜか私の方へ向けた。
銀色の眼鏡の奥で、瞳が欲深く、ドロリと光った気がした。




