第37話 偽善者の仮面を外せ
パイが焼き上がるまで軽く休憩する事にした私達は、普段寛いでいる居室の方へと戻ってきた。
「で、どう? 黒幕は分かった?」
ソファーに座って組んだ足をプラプラさせ、ニヤニヤしながらこちらを眺めているあたり、本当……いい性格してるな。
私だってもう、バイパーが暗殺者だからといっていちいちビクビクしたり、遠慮はしないんだからね。
「今考えようとしてたってば」
「ランベール侯爵はさぁ〜? 結局ただの駒なんだよね、あの人にとっては。もうさ、他の奴と比べもんにならないくらい真っ黒な人間だから。下手したらあの人、俺よりタチが悪いんじゃない?」
「暗殺者よりタチが悪いってどんなよ……ていうか、すっごい意味深にあの人って連呼してるよね」
「……黒幕の目星が付いてるのなら、少しくらいサシャ様に教えてくださってもよいのでは」
イヴが静かに不満を告げながら、テーブルにお茶とお菓子を置いた。
「いいのいいの。この人って多分、人が悩んでる姿を見て面白がってるタイプの人間だから……」
私の嫌味をものともせず、当の本人は「よく分かってんなぁ」と笑いながら、すぐさまお茶を片手に持ち、クッキーを口に運んでいる。
「ま〜主の事は特別気に入ってるから、別に教えてあげてもいいんだけどさ? でもこの件、これ以上は介入しない方がいっかなって。成り行きを見守るっていうか、どういう結末を迎えるのかちょっと気になっちゃってるんだよね〜」
「まさかの、ここまで関わっておいて高みの見物を選ぶという……」
一応こう見えて私、貴方に命を狙われた身なんですけど。バイパーをジトッと恨めしげに見てしまうのは、致し方ないと思う。
「やだなぁ、主の事はきちんと守るから安心してよ。それに王子様方はもう黒幕の正体も分かってるみたいだったし、俺の出番はないかなって話」
ノエル様、事件のピースはもう揃ってきているって前に話してたもんね。
「……」
……でもなんか、これだけ事件に首を突っ込んでいるのに、私だけ分かってないのは悔しい、かも。
占いで全てが分かればラッキーだなって思うけど、流石にそれは無理な話だ。そんな魔法使いみたいに万能な力、元々私にはないものだし。
「簡単だよ。他人からの評価や人となりなんて、結局の所うわべばっかりなもんで、いい人のフリをした演者が混ざってるだけ」
バイパーはそう言うと、徐ろにソファーから立ち上がった。ローテーブル越しに身を乗り出したかと思うと、向かいに座っていた私にズイッと顔を近づけた。
「……いい人の、フリ?」
「そ。ほらほら、試しに頭の中で浮かんだ人間の、いい人の仮面を外してごらんよ」
ぷにぷに、と私の頬を指先でつついている。近いし、令嬢の顔を許可なく触るのはいかがなものか。
「私が王宮で出会ったいい人……クララ様はレクド王子の婚約者で、あの2人は相思相愛だからあり得ないでしょ。フェルナン卿も、レクド王子の護衛騎士で、普段の様子からしても強い忠誠心があるのが伝わってくるし……」
あとは、図書室で出会ったオススメを教えてくれた優しい……
「待ってよ……?」
王位継承権を持つ人は双子の王子様以外に、もう1人いるじゃないか。
「……アルシオ王弟殿下?」
その事実に気づき、ポツリと呟いたまま固まった私を見て、バイパーはケタケタと意地悪く笑ったのだった。
「ほーら、簡単だったろ?」
「嘘でしょ……? あの人が……?」
信じられないけど、私の頭の中で組み立てられた事件のピースと辻褄は、気味が悪いくらいにどんどん合っていく。
アルシオ様は、薬学や医学に精通していてレクド王子に解毒剤を与えてくれた命の恩人。
……でも毒薬を精製したのがアルシオ様本人だとしたら?
毒薬を作った本人なら解毒剤だって作れるだろうし、ワザと不完全な解毒剤を渡して、後遺症が残るように仕向けたのかもしれない。
王妃様との記憶が抜けていたのも、もしかしてそういう薬をこっそり開発していた……とか?
この世界の薬学がどこまで発展してるのかは詳しく分からないけれど、少なくとも可能性はある。
私がランベール侯爵と廊下で会って話していた時、侯爵を追い払ってくれた事もあったっけ。
あれは私を助けてくれたんじゃなくて、侯爵がヒントになるような事をこれ以上喋らないように、牽制してたんじゃない……?
……いい人のフリをして、いい人なんだと思わせるように自身の行動を操作してたんだ。
「闇深そー。何年も前から印象操作したり、記憶を消したりしてさ。更には自分の甥に毒薬飲ませてんでしょ?」
王族の争いって怖〜い、と棒読みしながら、また1つ2つとクッキーへ手を伸ばしている。絶対怖いなんて思ってない。
「ん? というか、そもそもアルシオ様と王妃様ってどういう関係だったんだろう……?」
義姉である王妃様に何か凄く恩があったとか?
そうだと仮定しても、なら何故王妃様の子である王子達を疎むのか。王位継承を奪おうとする、肝心な動機が分からない。
「主、頭の切れるタイプなのに、こっちの方面の話は意外と鈍いんだなぁ……」
「え、もしかして遠回しに馬鹿にしてる?」
「王妃様に異常なまでに執着してたって事でしょ。王妃様が死んで、その歪な愛情が変な方向に壊れちゃったんじゃないの? そういうヤバイ人間をね、世間一般ではこう言うんだよ」
「何?」
「ヤ・ン・デ・レ」
「うわ……人は見かけによらないって本当だったんだ……」
私の人間観察力はまだまだ甘かったみたいである。未だにあの人がまさかって否定してしまうのだから、アルシオ様の人心掌握術が恐ろしい。
「ま、今夜にでも王子様に聞いてみたら?」
「そんな軽い世間話をするかのように聞けるような話題じゃないんだけど……」
王妃様って生前、ヤンデレの王弟殿下にしつこく付き纏われてたりしましたか、なんて聞けない。
「そういうもん? あ、じゃあさ、王家の秘宝の方は主なりの答え出たの?」
「ヤケにぐいぐい色々と聞いてくるなぁ……これでもし突然裏切ったら、バイパーの事は一生恨む」
「裏切んない裏切んない。主が報酬をきちんと払ってくれるなら口は堅いって」
「……王妃様との特別な思い出の品なのかもって、ちょっと思ってる。記憶が戻っているレクド王子に聞いて再確認すれば、それらしき物が今なら見つかるかもしれないし……」
そう話しながら不意に思い出したのは、ノエル様と宝物庫に向かった時の事だった。
宝物庫の鍵を開けるために、ノエル様はネックレスに付いていた、小さな鍵を幾つか取り出していたっけ。
あの時はただ単純に、宝物庫の鍵を肌身離さず持ってるだけだと思っていた。
でももし……例えばだけど、その鍵の中にワザと王家の秘宝に関する鍵が混ざっていたとしたら──?




