第30話 侯爵様の悪しき予言
付き添ってくれるイヴに図書室を目指す、と言ったのは正直言ってその場しのぎだった。
王宮内をうろちょろしていれば、ばったりヒロインに会えるんじゃないかという淡い期待をしたが故である。
だだっ広い王宮内で1人のメイドに狙って会おうとするなんて、常識的に考えて不可能だ。
でも、乙女ゲームなら?
私が悪役令嬢で、彼女がヒロインだというのなら……ゲームの強制力みたいなものが働く事もあり得るんじゃないかな、と仮定したのである。
とりあえず言ったからには遠回りで図書室を目指してみようかなと、歩きながら漠然と考える。
「……おや? ロワン嬢じゃないか」
「…………」
後ろから声を掛けられて、うわ、という気持ちになりつつも振り返った。
……性別も違えば、会いたいと微塵も思っていなかった人に会ってしまうとは。
確かにヒロインにはめちゃめちゃ関係してるけどもさ……!
「ご機嫌よう。ランベール侯爵様」
会ってしまったものは仕方ない。私は割り切って外面を取り繕うと、差し障りのない挨拶をした。
侯爵とこうやって面と向かって話すのも、随分と久しぶりかも。
数年前に家に押しかけてきたかと思えば、父様にグレーな商売や投資を提案していた怪しい人物だ。警戒しない訳がない。
それでも侯爵の評判が落ちないのは、ニコニコとした人の良さそうな笑顔に騙されて、皆騙された事に気づいていないからなのだろう。そして上手く法を潜り抜けているから、たとえ怪しまれても結局証拠がなくてあやふやになる。
まるで詐欺師だ。
そう感じた私は侯爵を徹底的に避けていた。無論、これ以上関わりたくないからである。
「君がノエル王子の婚約内定者になって王宮に滞在していると聞いて、前から会って話したいなと思っていたんだよ。可笑しな事に今日まで君と話せるタイミングは全くなかったけどね?」
「学ぶ事が多く、忙しくしておりましたので……」
私は話す事なんぞない……
そんな苦い思いを抱えつつ侯爵を適当にあしらっていると、脈がないと分かったのかこれ見よがしに手をヒラヒラとさせて首を横に振った。
「私には分かっていたよ。君は商売をよく理解しているってね。残念だな、君と商売をするのも楽しそうだと思っていたのだが」
「……恐れ入ります」
「そういえば……君はまじないだか占いだかで、色んな人間に顔を売っているんだったな? ふむ……それなら今日は私が君にちょっとした予言でもしてあげよう」
「え」
遠慮したいんですけど。そんな台詞がここまで出かかったけれど、グッと堪える。
占いの知識なんてない癖に、どうやらこの侯爵様は私に嫌味の1つでも言わないと気が済まないらしい。
「物事を動かす決定権を持っているのはね……結局お金なんだよ?」
私が黙っているのをいい事に、上機嫌な様子で笑った。その晴れやかな笑顔、相変わらず胡散臭いな。
もしもまた、子爵家に何かをけしかけてこようものなら、私だって今のように大人しく黙っている気はない。
だけど、ノエル様のおかげで現在のロワン家には信用できる人が派遣されている。まぁ、この件は勿論ノエル様にも報告させていただくつもりなので、心配はいらないだろう。
「……その点も含めて私が非力な事は、充分承知しておりますが?」
口から出た言葉は、自分が思っていたよりも冷え冷えとしていた。侯爵はその様子を見て、私が怯えていると勝手に間違った解釈をしたようである。
「うーん。君の好きな占いのように話したらいいかな? そうだね……死神はね……」
「ランベール侯爵?」
あ、この声。
涼やかな声が廊下に響き、侯爵の笑みがピタリと止まる。ギギギ……と、機械音が聞こえてきそうな程のぎこちない動きで、侯爵は自身の後ろを振り返った。
「あぁ、やっぱり侯爵でしたか。声が聞こえてきましてね。貴方を兄上が探していましたよ? 兄上の方はこれから会議に参加するみたいでしたし、お話があるなら会議が始まる前に大会議室へ早めに向かわれた方がよろしいかと……」
そう言って柔かに微笑むアルシオ王弟殿下。
笑みの中に、だから早く立ち去ってくれますよね? と言わんばかりの圧を感じた。
「は、はい……! そうさせていただきます!」
侯爵は挨拶もそこそこに、私の横を慌てて追い越して、逃げるように去って行ったのだった。
あれ、もっと飄々としているかと思っていたけど、意外と権力には弱いタイプなんだっけかと、ほんの少しだけ小首を傾げる。
流石の侯爵も王族の言う事に従わない訳はないし、そこまで馬鹿じゃないのかな……と、身体を少しだけ後ろに振りむかせて、去って行く侯爵の姿を見送ったのだった。
「大丈夫でしたか?」
この前会った時の雰囲気をそのままに、ぽわぽわしてる方なのかと思っていたけれど、流石は王族だ……と感心していた私は、ハッとして礼をとる。
「はい。対応に困っていたので助かりました。間に入ってくださり、ありがとうございます」
「いえいえ、偶然声が聞こえたものですから。侯爵はお喋りですからね、度々廊下で響いているんですよ。あれくらいの手助けならばお気にならさらず」
王弟殿下は神様みたいに優しいな……
私は侯爵への対応とは比べ物にならないくらい丁寧にお礼をしたのだった。
結局その後ぐるぐると王宮内を巡ったのに、ナタリーには会えなかった。
侯爵とアルシオ王弟殿下に会えたのも、まぁある意味レアだったのかもしれないけども。解せぬ。
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「……なんか、寝付けない……」
ころり、またころりと控えめに寝返りを打ちながら、誰に聞こえるわけでもなくポツリと呟いた。
シーツが擦れる音だけが、有り余るくらいに広い寝室に響き、部屋の中はシンと再び静まり返る。
なんだか今夜はやけに静かに感じるのは、気のせいだろうか。
割と今日の自分は活動的だったから、体感的にも疲れてると思ったんだけどな。
早めにベッドへ入ったけれど、窓から見える月の位置からして、もう夜も遅いだろう。日付も変わってしまったかもしれない。
私は目を閉じて、ノエル様は今日の分の政務、無事に終わったのかな、なんて自然と考えていた。
それに寝付けないのは恐らく、侯爵の意味深な発言のせいでもあるだろう。
嫌味の延長線だろうとは思うけれど、自信満々に予言だと話すあの表情が何となく気にかかる。
「死神が……何を意味してるって言うのよ」
ふと、室内が暗くなる。
月に雲でもかかったのかと、バルコニーへ繋がっている大きな窓へと視線を向けた。
備え付けられていた、純白のレースのカーテンがヒラリと揺れる。それを塗りつぶすかのように、瞬く間に黒が覆い被さった。
「どうもー、死神でーす」
黒い布で全身を包み、顔の見えない人は、はっきりと自分を死神だと名乗ったのである。




