第28話 月は星の隣にいたい
「あれ? そういえば双子だと、誕生日占いってどうなるんですかね?」
「ライったら嫌ですわ……占いの闇、ついてきましたね? ライのお誕生日も聞いて占っちゃおうかしら」
私の冷ややかな微笑みと令嬢口調に、ライはウッと後退りする。リアクションが面白いから、ついついからかいたくなっちゃうお兄さんなんだよね。
そんな私達のやり取りを見て、クスクスと笑う双子の王子様方である。
「確かに、私とノエルの誕生日占いも気になるな。また落ち着いたら是非、ゆっくりと占ってもらおう」
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レクド王子はこの後フェルナン卿と話があるからとの事で、席を外した。
「サシャ、疲れてない? このまま続けて、サシャから指摘があった新人メイドの調査報告があるんだけど……大丈夫?」
隣にいたノエル様が、私の顔を覗き込む。
おぉ、ついにナタリーについての報告が上がってきたのか。私は大丈夫です、と大きく頷いたのだった。
お茶のおかわりをいただきながら一息ついていると、間もなくして1人の男性が現れた。
パッと見た感じは、どこにでもいそうな従僕という雰囲気なのだけど、ノエル様の諜報員の1人らしく、一礼すると淡々と報告をし始めた。
「調査対象の新人メイド、ナタリーは、出生に複雑な事情がある事が分かりました。母親は平民で間違いありませんが、父親がどうやら高位貴族だったようです」
「やはり訳有りの子どもだったって事か……」
「はい。貴族の男の方としては、一夜の戯れだったのでしょう。母親もその相手に自身の妊娠を告げる事なく別れ、親子は母親の実家がある地方で暮らしておりました。しかし数ヶ月前に突然、侯爵家の使いだという者が訪ねてきて、ナタリーを養女として引き取りたいと申し出があったそうです」
「突然……」
「母親としてはやはり高位貴族にいい思い出がなかったので、何故うちの娘がと断ったそうですが、娘の方が何を唆されたのか、やけに乗り気になったと。養女の手続きは追々にして、まずは行儀見習いとして王宮でメイドの仕事に就くよう手配すると、話がとんとん拍子で進んだそうです」
初めてナタリーを見かけた時に、王宮に対して非常に憧れていた様子を思い出した。
突然降って沸いたような王都への招待状。シンデレラストーリーを期待して胸を躍らせていたのなら、分からなくもないなと思った。
「高位貴族、ねぇ……そもそも母親は相手の素性を知っていたの?」
「はい。流石に母親も薄々勘づいていたようですね。確信はないみたいでしたが、養女として引き取りたいといった侯爵家の名前を知って、ピンときたそうです。娘の父親は、ソナルダ・ランベールでした」
「えっ」
それまで静かに聞き役に徹していたのに、私が苦手とする人物の名前が急に出てきて、思わず声が出てしまった。
「ナタリーの父親が、ランベール侯爵?」
つまりナタリーが、実は侯爵令嬢だったということ。これがこの乙女ゲームのヒロインに隠された、秘密の部分だというのだろうか。
「庶子として認めるのではなく、養女として引き取るってなんだか……」
血が繋がっているのに、その事実を隠して更に恩を着せるかのようにナタリーを引き取る。
そんな侯爵の暗い腹の底に嫌気がさして、私はつい苦々しく言いかけてしまったが、ノエル様も私の言わんとする事に同意してくれているようだった。
「ランベール侯爵か……顔の広い優れた事業家という一面と、どこか食えない頭の切れる人間という認識だったが、随分と強かなんだね。自分が切り捨てた娘を呼び戻して、侯爵令嬢として扱うより先に、わざわざ王宮のメイドに滑り込ませた……侯爵は何をしたいのか……」
「自由のきく彼女を利用して、王宮内を探らせていると考えるのがベターかと」
ノエル様は、諜報員の言葉を噛み締めるようにゆっくりと頷く。報告ありがとう、と告げて、私以外は下がるように指示を出した。
暫くの間、テーブルに置かれたティーカップに目を向けてじっと思案していたけれど、目線はそのままに、ポツリと独り言のように呟いた。
「……あと少しで、パズルのピースが全て揃うと思うんだ」
タイムリミットである僕達の誕生日まで、あまり時間もないしね。そう軽い調子で笑った表情には、どこか深い疲労を感じさせた。
「……私なんかより、絶対ノエル様の方が疲れていますよね。何か手伝える事があれば──」
ロジャと出会えて少しは貢献できたと思うけれど、私は王家の秘宝に関して、それ以来何も手がかりを掴めていない。
だから何か手伝えないか、そう言いかけた私の視界は、ノエル様でいっぱいになっていた。
「ちょ、ノエル様……!?」
抱きしめられていると気がついて、すぐ離れようとする。だけどあまりにも優しくて、力強く腕の中に包まれていて。その行為にいやらしさや不快な気持ちは全く感じなかったから、私は不思議と落ち着いていた。
ただただ、縋りたい気持ちだけがある気がしたのだ。
私は少しだけ体勢を整えて、ノエル様の背中にふわりと腕を回す。大丈夫ですよという気持ちを込めて、ポンポンと優しく叩いた。
頭上から安堵の溜息がこぼれたかと思うと、続けて、ごめんと小さな声が聞こえてきた。
「これからを考えたら気が重くなったんだ。僕の予想が外れていたらいいのにって……」
「え?」
見上げる私と、見下ろすノエル様の目線が重なる。
いつも余裕な笑みを浮かべている人が、珍しく不安の色を瞳に宿していた。私は自然と、考えるよりも先に言葉が零れ落ちた。
「……さっき」
「さっき?」
「ノエル様には誕生日占い、必要ないかなって思ったんですよ」
言葉には出さずに、どうして? という表情を向けてくる。
「……貴方は星よりも、月みたいですから」
ノエル様が月なら、レクド王子は対になる太陽だろう。
彼が王家の光となってこれから国を背負うとするならば……
「王家の闇を、深い夜を支えているのはノエル様です。ですが……時折月が雲に隠れるように、ノエル様だって休んでもいいと思います」
太陽も月も、お互いを補うように交互に空を照らす。どちらが凄いとか、優るとかじゃないんだって、2人の関係性を身近で見て、そう感じたのだ。
「……ねぇ、サシャの誕生日はいつなの?」
月の話から急に誕生日?
私はノエル様の腕の中で、こてんと首を傾げて、8月31日ですがと答えた。
「そう。僕が月ならサシャは乙女座の星、スピカだね」
キラキラと笑って告げるノエル様の表情は、破壊力抜群だった。久しぶりに至近距離で見たから、不覚にもちょっとくらりときてしまう。
まさか、清純な光を持ち、春の夜に青白く輝く一等星のスピカに例えられるとは。全部分かってて言ってくれているのだとしたら、相当な人たらしだ。
「……畏れ多いです。私は数多にある小さな星の中の1つですよ」
「ううん。いつも隣で僕を導いてくれてありがとう、サシャ」
「……ど……どういたしまして?」
なんだか気恥ずかしくなってきたな。
そろそろ離してもらってもいいですかねという意味を込めて、もごもごと返事をしながら身じろぎをしたのだけど、何故か暫くの間、離してもらえなかったのだった。




