第14話 公爵令嬢と花占いを
クララ様からの、熱烈なお誘いの手紙をいただいた次の日、私は王宮庭園へと足を運んでいた。
庭園はここだけでも充分広いのに、他にもまだ別のエリアがあるらしい。
王宮って、一体いくらのお金が動いているんだろうかと考えると、ほんと恐ろしいな。
草花が咲き乱れる中に設置されているガゼボには、可愛らしいティーテーブルセット。
テーブルの上には、優しい色合いのお菓子が品よく並べられていた。
そこの椅子にちょこんと座り、私と目が合うなりパァッと顔を輝かせたのは勿論クララ様である。
私はペコリとお辞儀をして、挨拶を交わしたのだった。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます。私、気が焦ってしまって、結局こんな急に呼び出すような形をとって……申し訳ありませんでしたわ」
嬉しそうな顔をしたりシュンとしたり、忙しい人だなぁと、ふふ、と思わず私は笑みが溢れた。
「私もクララ様とのお茶会、楽しみにしていましたから。それならお互い様……ですよね?」
「……えぇ!」
ひとまず席に着き、お茶を1口いただいて一息つく。ふと視線を前へと向けると、私の席の向かい側ではクララ様を含め、お付きのメイドの方々までがソワソワ、ワクワクとした表情をしていた。
そんなに楽しみにしてもらっているのなら、と私も乗り気になるものである。
「では、早速始めましょう。そうですね……初めてですし、まずは分かりやすい夢占いからやってみましょうか?」
「それはええと……昨夜見た、夢の内容を占うのですよね? 具体的に覚えている訳ではないのですが……」
そう言いながら、指をクルクルとさせて恥ずかしがる姿も、可愛らしいものである。
私が同じ動作をしたとしても、ただのかわい子ぶりっ子になるだろうに、クララ様の動作は本当に自然なものなのだ。
愛される人って、こういう人の事を言うんだろうな。
「大丈夫ですよ。夢の中に出てきた物や、雰囲気を断片的に教えてくだされば、そこから推測できる事もありますから」
「な、なら……あのですね? 視界いっぱいに、キラキラしてたんです」
「キラキラ、ですか?」
「はい。まるで空から宝石が降り注ぐみたいに……綺麗だなと思っていたら、そこでハッと目が覚めましたわ」
宝石が空から降ってくる夢って……中々珍しいかも。
これを現実で起こりうる事に置き換えると、一体何になるんだ?
……宝石が降ってくるんだから、莫大な富を得る、とか?
「漠然としていて、何だか恥ずかしいですね」
「いえ、はっきりと覚えている夢の方が珍しいんですよ。本来、人は夢を見ていたとしても、起きた瞬間には記憶に残っていないものがほとんどですから。そうですね……ちなみに夢の中で、自分以外の誰かが出て来たりはしましたか?」
「えぇと……周りに人がいたとは思うのですが、顔や姿はボヤけていて思い出せないですね……」
「なるほど。でしたらもう1つだけ質問を。夢でご自分が、どんな感情になっていたかは覚えていますか?」
「いいえ……」
ふむ、とやや首を傾げる私。という事は……
「感情が追いつかないくらい、予想外の出来事……どんな事かは明確に出来ませんが、突然何かが舞い込むかもしれませんね」
そう夢占いの結果を呟いて、ふとクララ様の方を見ると、ほわぁ……とした尊敬の眼差しで見つめられていた。
「す、すごいです……! こんな少しの夢の内容で、占いの結果が出せるなんて」
「ありがとうございます。正確なものではないので、あくまでアドバイスという形にはなってしまうんですけどね」
キャッキャとはしゃいでいる姿を見て、ホッコリする私。こんなに喜んでくれるならやり甲斐があるなぁ。
「そうだ。クララ様は花占いをご存知ですか?」
「はい、知ってます。小さい頃にやりましたわ。好き、嫌いを交互に繰り返しながら、花びらを1枚ずつ取っていく占いでしたよね?」
うむうむ。
これは前世と同じくこの世界にもある、ポピュラーな恋占いの1つだ。
「今は、綺麗な花びらを摘んでしまうのが何だか可哀想で、やらなくなってしまいましたが……」
「えぇ、花びらを取ってしまうのは、クララ様がおっしゃる通り可哀想ですので」
私はそっと上を見上げてニコリと笑った。この花、桜に似てると思ってたんだよね。
「新しい花占い、してみませんか?」
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私達は椅子から立ち上がると、木のほぼ真下へと移動した。
「する事は簡単です。まず目を閉じて、頭の中で願い事を唱えます」
私の説明に沿って、クララ様はそっと目を閉じた。
「そして風が吹いた時に、目を閉じたまま花びらを手のひらの中に捕まえる事が出来たら、その願い事は叶うと言われています」
僅かな可能性でも花びらを捕まえる事が出来るのだから、難しい願い事だって叶うかもしれないんだよ。
そういう前向きなメッセージ性のある占いだから、私は割と気に入っている。
前世でも子供の頃、桜の木の下で花びらが取れるまでずっとやっていたなぁ……
花びらの舞う木の下で目を閉じるクララ様は、まるで花の妖精を連想させ、とても綺麗だった。実に目の保養である。
そんな事を思いながら暫く眺めていると、クララ様の嬉しそうな声が上がった。
「……っ! と、取れましたわ、サシャ様!」
花びらが飛んでいかないように、ゆっくりと開いた手のひらの中には、花びらが2枚。
「よかったです。しかも2枚同時になんて、ラッキーですね。あ、願い事は叶うまで内緒にしておいて下さいね?」
ハイ、とニコニコと返事をすると、近くにいたメイドに「押し花にしようと思うわ」と嬉しそうに報告している。楽しんでもらえてよかった。
私達は再び席に戻って、残りの時間はのんびりとお茶会を楽しむ事にした。
「そうだわ。サシャ様はご自分を占われたりはしないんですか?」
「え、あ……」
突然のクララ様からの無邪気な質問に、一瞬言葉に詰まって上手く答えられなかった。久しぶりに聞かれたから、この返答の仕方をすっかり忘れていた。
「えっと、自分よりも人を占う専門なんですよ、私」
「そうなのですね。占いの知識が沢山あるので、ご自分にもされているのかと思っておりました」
私が一瞬言い淀んだ事に、クララ様は特に気にしていないみたいである。
私はもう、自分の事を占わない。
……死んでしまったあの瞬間から、そう心に決めたのだ。




