いつか願った今日
今回のお題は
「最近あった嬉しかったこと」
です。
その絵本の扉には、こう書いてある。
「この作品の意味がわからなくなる日を願って」
もちろん漢字だらけで読めないので、沙絵はママに読んでもらった。それでも意味がわからない。わからないので、先に進む。
「シンくんには、ママがふたりいます。ママたちはおんなのひとどうしでけっこんしました。
『へんなの』
とかすみちゃんがいいました。
『うちはパパとママだよ。それがふつうだよ』
『えー、そっちがへんだよ』
そういったのはもえちゃんです。
『パパもママもうちにはいないよ。うちにいるのはおじいちゃんだけ』
『あーちゃんちはパパとママと、じいじとばあばと、ひいばあばがいるんだよ!』
あおいちゃんが、じしんまんまんにいいました。
れいくんは、つんとすましていいました。
『おれんちはおかあさんひとりだけど、おとうさんとか、いらないな』
『うちはだれともちがう』
かなとくんがちょっぴりふあんそうにいいました。
『うちはとうちゃんがふたりいて、かあちゃんがひとりだよ』
『あたしんちもパパふたりだよ』
そういったのはひまちゃんです。
『でもママはいない。それってへんなの?』
みんなはおたがいにかおをみあわせて、くびをかしげました。
『みんなちがうよねえ』
『ちがうねえ』
『じゃあ、だれがへんなの?』
『だれもへんじゃなくない?』
『そうだね、みんなへんで、みんなへんじゃない!』
みんなはわらいました。
いろんなかぞくが、いるんだね。」
沙絵は絵本を閉じて、顔を上げた。
「ねえママー。これママがかいたごほんなんだよね?」
「そうだよ」
上から覗き込むようにして、ママは沙絵のおでこにぶちゅっとキスをした。
「なんかあたりまえのことしかかいてなくない?」
「こどもの本は当たり前のことをそれらしくかいてあるんだよ」
零斗がさんすうの宿題から顔を上げて、鼻で笑った。沙絵はむぅっとする。
「れいともこどもじゃん」
「沙絵より二才も上ですー」
「なにおー!」
ママはケタケタ笑って、兄妹喧嘩を止めもしない。何がそんなに面白いのか、目の端に涙を浮かべて笑っている。沙絵はそんなママにも腹が立って、零斗とママの両方に『ひっさつ・ぐるぐるパンチ』をお見舞いした。「うおお、やられたー」零斗がわざとらしく胸をおさえてフラフラ、バタンと倒れた。そこは殴ってない。
その時、ドアががちゃっと開いて。
「ただいまー……お、零斗が死んでる」
「おかえりかなでママ!」
沙絵はもう一人のママに駆け寄って抱きついた。
絵本を書いたのは、美月ママ。今帰ってきたのは奏ママ。零斗と沙絵には、二人のママがいる。
それが沙絵の普通だから、絵本のお話は、なにが『へん』なのかよくわからない。ゆうなちゃんのお兄ちゃんは彼氏と暮らしているし、つむちゃんのおうちはパパとパパだし、零斗の学校の美鈴先生は昔は男の人だったらしい。
好きな人同士が家族になるのが、当たり前じゃないのかなあ? でもママが書いた絵本だから、沙絵はこの本が大好きだ。
「おかえり、奏」
美月ママが、奏ママに抱きついてキスをする。そうする時はいつも、零斗と沙絵は二人のママの間に体をねじこんで、ぎゅーっとする。
「サンドイッチ!」
「ハンバーガー!」
「はいはい。どしたの美月?」
奏ママが、美月ママの涙に気付いて、びっくりしたように眉をひそめる。美月ママは満面の笑みを浮かべて言った。
「ついさっき、わたしの願いが叶ったのよ」