7. 魔法の価値
リフェイン家へ到着した。
アトリスタ家とは規模の違う屋敷の大きさを眺めながら馬車を降りる。
「アトリスタ子爵様ですね。お待ちしておりました」
家の門前で待機していた執事と思われる人が案内をしてくれる。
「……行こうか」
さりげなくエスコートができる辺り、さすがだなと思う。
アルバートさんの手に引かれながら玄関までの長い道のりを歩く。
「凄く広いですね」
「驚いたかい?」
「…………えぇ」
頷きながら当たり障りのない反応を取るが、実際は少しも驚いていない。だが、無駄なお金がかかってない造りには好感が持てる。姫をやっていた事があり、ものの目利きはできる方だ。ライナックと世界を回ったときにその力はかなり良質なものになったと思う。
屋敷の玄関が近くに見えてきたと思ったら、何人か人が立っていた。
遠くではっきりとは見えないが、服の豪華さを見る限り使用人ではないのは確かだ。隣から漂う不機嫌な雰囲気が増された事から、恐らく一人は公爵子息だろう。
「お連れしました」
案内人の言葉に頷いた貫禄ある男性は、恐らくリフェイン公爵本人だろう。隣にいる美麗な青年が子息であることは間違いなさそうだ。
「お久し振りです、リフェイン公爵。こちらが姪のシュイナです」
「ライナック・アトリスタの娘、シュイナ・アトリスタにございます」
淑女の礼を取り、挨拶を簡潔に済ませる。
「よく来てくれた。詳しい話は中でしよう」
屋敷の中はとても品のある豪華さで、歴史ある名家の雰囲気が強く出ていた。
案内されたのは応接間らしき場所。
「早速で申し訳ないが、アトリスタ嬢。娘の専属侍女を務めてくれないか」
「……専属、ですか?」
「あぁ。君にしか頼めないと思っている」
「失礼ですが、私は田舎に住む貴族の端くれでありながら、社交界には一ミリも顔を出さない変わり者です。理由をお聞かせ願います」
「それが最大の理由だ。君の変わり具合はこの王都周辺にまで届いている」
あ、そんなに有名人だったんですね。
予想はしたものの、いざ聞くと心に少しくるものがある。
「今のフローラには、確実に味方になってくれる人材が必要だ」
公爵の話を要約すると、引きこもりの誰とも関わりのない人間こそ安心できるのだとか。
縁談が持ち上がり始めた時期と同時に、フローラ様に長らく仕えていた侍女が寿辞職をし始めたたそうだ。本来ならば、専属侍女だけは結婚を見届ける予定だったが、妊娠してしまい離れざるを得なかったという。
このタイミングで、魔法を使える令嬢の存在が噂され始めた。それと同時に、令嬢を養子とする公爵家が縁談の妨害をしだしたのだ。始めはかなり間接的に行っていたが、今では令嬢が魔法を使って脅しているという。
ここで発生した問題が、新たな侍女を雇うことが難しくなったことだ。雇おうと、募集をかけた所、例の公爵家が圧力をかけ出した。“リフェイン公爵家に仕えることは我が家を敵に回すことになる。そこには魔法の力が含まれる”という内容のものを、遠回しに行った。本来の立場であれば、同じ公爵家でも圧倒的にリフェイン家が格上だが、魔法が出てきて話が一転してしまった。お陰様で人は集まらなくなった。一時期何人か採用できたことがあったが、買収されるのに時間はかからなかったという。
どうしても、新しく信頼関係を構築するのが難しいようだ。
この現状を聞き、現在の魔法に対する価値が以前と比べ物にならないことを実感した。権力に大きな影響を与える力になってしまったことに、悲しみを覚える。
「若くない者達も、ほとんどが引退してしまった。この問題が起こったのは、私達にも落ち度があるからだ。一番が時期。公爵令嬢ならば、既に結婚していておかしくない歳だ。フローラが、ここまで長く婚約や結婚までの道のりが長くなるとは誰も考えなかった。歳の近い者を侍女にしたせいで、彼女達の婚期を奪う形になった」
平民の婚期は貴族よりも遅い。28歳がピークとされる。
だが、それを過ぎると本当に相手がいなくなる。
フローラ様の侍女達は30歳になってしまった者もいたようで、フローラ様本人も心を痛めていたようだ。だから、縁談が持ち上がり確定手前まで言ったところで、フローラ様は侍女達の背中を押したという。
「自分達が招いた結果であることは確かだ。だが、いつまでも専属侍女を雇わないのも問題だ」
自分のことを自分でできたとしても、限度がくる。高位貴族であれば、侍女を連れ歩く場面は多い筈。外聞としても良くないだろう。
「あの令嬢の出現で、保たれていた均衡は崩壊されつつある。だからといって、屈する訳にはいかない」
強い眼差しは、子を案ずる親の眼差しでもあるように感じる。
「君に危険が伴うのは重々承知だ。それでも頼みたい」
そう言うと、公爵は頭を下げた。
「お止めください!」
「公爵!」
私とアルバートさんの二人で、その行動を止める。
「私からも頼む」
子息も立て続けに下げだす始末。
断るつもりはなかったものの、ここまでされるのはかなり気が引ける。
「……大丈夫です。始めから受けるつもりで来ています」
「「!!」」
驚きの表情を見せる二人。
「生憎、田舎では魔法の噂などは届いていないのです。何も知らない無知な田舎者で良ければ、ぜひ雇ってくださいませ」
場を和ませるつもりで返答する。
「本当に良いのか」
「はい。二言はございません」
「……ならば、頼むぞ。アトリスタ嬢」
「どうぞよろしくお願いいたします」
今度は私の方が頭を下げる番であった。