とある商人の邂逅 後
奇妙なことに、どうやら俺は息絶えた後に幽霊としてまだこの世界に存在していた。何か未練があるから天へと上れないと察した。それでもよくわからないまま、俺は取り敢えずライオネルを観察した。
ライオネルがアトリスタ領地へと逃げ延びた時くらいから、彼を観察できるようになった。気づけばライオネルは俺のフリをしながら過ごしていた。初めはその理由がわからなかったが、観察する内に原因を何となく推測できた。やはり彼はあまり国内の人に知られてなかったのだろう。その上、限りなく親族であるお姫様への対応を見るに、彼女もライオネルという存在を認知していなさそうだった。何はともあれ、俺が最後に渡したかつらが役に立っているようで良かった。
崖へと突き落とした後、ライオネルはどうにかあの場所へと戻ると息絶えた俺を連れてデューハイトンを目指した。その途中で、奇跡的にもお姫様と合流できたようだ。故郷であるアトリスタ領地に、しっかりと連れ帰ってくれたことには感謝でしかない。
ライオネルはライナックとして平和な日々を過ごしてはいるものの、どこか作られた笑みで心からの幸福とは程遠いものだった。世界へ旅をしに行った時は、広い世界を自分の目でやっと見れるじゃないかと歓喜した。だが、帰ってきた時の沈んだ表情には驚いた。後に生き残りを探しに出た旅と知り、俺は複雑な心境になったのを覚えている。
それでも、どうにか幸せになってくれないかと思いながら見守っていた。
幽霊は、誰とも話せず寂しい日々にも思える。だが、俺はそれでも楽しかった。弟の成長を見守れたし、ライオネルのことも見られた。見られるだけでもありがたいことだ。
そしてライオネルは毎月欠かさず墓参りに訪れた。墓の前で話すことは商会の近況がメインだったが、必ず悲しい顔で最後に謝罪をするのだ。その痛々しい表情は、何度見ても慣れることはなかった。
「ライナック、すまない。俺は許されないことしかしていない。当然お前にも……」
(謝らないでくれよ、そんな顔を見たかった訳じゃ無いんだ)
「謝ったところでお前が帰ってこないことなどわかっている。それでも……どうすべきかわからないんだ」
(ライオネル、俺が望むのはお前の幸せただ一つだ)
「……また来る」
そう呟かれた後は、後ろ姿を見守った。幽霊だからといってさすがに見て良いものとそうでないものの分別はつけるべきだろう。そんな日々が俺にとって日常となっていた。
観察する日々も、気づけば数年が経っていた。
ある日突然ライオネルが領地から出ていった。世界を旅していた時は、事前に墓に教えにきてくれたから弟の方に引っ付いていた。だが今回は急なことだった。
残念ながら俺はアトリスタ領からは出られない為に、少し心配になりながらも彼の帰りを待った。
すると、帰ってきたライオネルはもう俺の姿をしていなかった。ライオネルそのものだった。これには心底驚いた。どうやら心の中に溜めていた苦しみが少し緩和されたようだった。そしてどうやら本物の幸せな道をやっと見つけられたみたいだった。
「……ライナック、久しぶりだな」
(あぁ、久しぶりだな)
「……お前の代わりとして過ごしていた日々から一変した。……ようやく俺は自分として踏み出そうと思ったんだ」
(それは良かった。決心がついたみたいで何よりだ)
「お前の言っていた人並みの幸せを、ようやく手にできた気がするよ」
(人並みの幸せを手にする資格は十分あるんだ。どうかこれからは笑っていてくれ。そうすれば、俺の願いが叶うもんだ)
「お前を死なせた俺が……あの日を招いた俺だけは幸せになってはいけないと思っていたが、愛しい娘のおかげで目が覚めたんだ。それで思い直した。いつまでも気にしてたら、むしろライナックは怒るだろうなってな。だから俺は、お前の分もしっかりと生き抜くよ。ここに誓う」
(……ライオネル、お前からそんな言葉を聞けるだなんて思いもしなかったよ。本当に良い意味で変われたな。それに、俺のことよくわかってるじゃないか。そうだ、俺なら怒る。だから生きてくれよ)
「……ありがとう、ライナック」
(あぁ、俺の方こそな。ライオネル、お前は俺の自慢の親友だよ。だから俺の分まで長生きしてくれ、それが俺への贖罪になるだろ)
最後までライオネルは、いつものように墓の前で詫びていた。それでも彼は前へ進もうと決意していた。どこか晴れ晴れとした表情が見えたその瞬間、何だかとても満たされたのだ。ライオネルの涙しながらも笑う姿を最後に、俺は天高く上っていった。最後に姫様が笑みを向けてくれた気がした。