とある商人の邂逅 中
「懐かしいな、ライオネルが俺の事を王城の使用人に間違えた日が」
「あれは本当に申し訳なかった……」
「いや、追い返さなかったから今の俺たちがこうして友としていられるだろ。むしろ感謝してる」
「そうだな」
勘違いから始まった俺達の出会いは、最悪なものにはならなかった。あの後、銀髪を見られたこともありライオネルは自身の境遇を話してくれた。思えばこんなところで寂しく生活してたのだから、ずっと話し相手が欲しかったのかもしれない。以前は控えめだったが、会う回数を重ねる内に自分から話を振るほど積極的になっていった。今こうして互いに楽な話し方ができるのは、距離が縮まった証拠だろう。
俺はあれからも南の小国がエルフィールドに行く際には、手伝いと称してついていった。単なる興味の他にライオネルと会うことを目的として。初めに提案した時は嫌がられるかと思ったが、意外に快諾してくれた。これは勝手に思っていることだが、ライオネルは今までの日々を寂しいと感じていたのだろう。俺としても、何だかほっとけなくて押し掛けるようになった。一国の王族の元へ押し掛けるなんて神経がどうかしてるのだが、不思議と気にならなかったのである。
「まだ旅は続けてるのか」
「続けてるといえば続けてる。だけど、前みたいにずっと国々を回る訳じゃない。最近は商会を中心に動いてるな」
「忙しそうだな」
「そうでもないぞ。何せ旅できる余裕があるからな。そうだライオネル、今日は一周回って俺の故郷の話をしよう」
「故郷というとデューハイトン帝国のことか」
「そう。だけど、帝国の事っていうよりも俺の領地だな。アトリスタ領なんだが────」
そうして俺は自身の過去を踏まえながら、ライオネルに外の話をいつものように聞かせる。この家から出ることができない彼の為に、訪れる度に自身が見てきた世界の話を彼に聞かせた。この話をしている時が俺は一番楽しかった。ライオネルも、世界の話には多くの興味を持ってくれた。この話をすると、本当にたまに笑みがこぼれる。それが見たかったのもある。いつかライオネルと旅をするのも悪くないなと思いながら、今日も俺は語る。
「いつか行ってみたいな、アトリスタ領にも」
「歓迎するぞ、いつでも来てくれ」
「あぁ」
「……大丈夫だライオネル。いつかお前も世界を目の当たりにできる日がきっとくる」
「だといいな」
「絶対に来るさ。これは商人の勘ってやつだ」
「それは当たるのか」
「おう、必ずな」
「それなら期待しよう」
ライオネルは決して自身を悲観することはなかった。だがいつも諦めていた。だからだろうか。俺の願いがいつの日からか、ライオネルの瞳に光が浮かぶことになったのは。
「今日はどんな商品を持って来たんだ」
「今日はだな、グラスだ」
「なるほどな」
このように品物を並べて商売について教えたり、目利きの大切さを語ったりもした。これは何となく始めたことだが、ライオネルは気に入ってくれている。
昔から自由に生きたいと自分が感じていたからか、ライオネルにもそうなって欲しいと思うようになっていた。
数ヵ月に一度の頻度で顔を合わせながら、俺達の仲は深まっていった。
ーーーーーー
出会ってから数年が経ち、今日もいつもと変わらずエルフィールドを訪れていた。
「おやっさん、どうしたんだ曇った顔して」
「いや、引き返した方が良いという情報が入ってな」
「今更か?もうここはエルフィールド国内だが」
「そうなんだよなぁ」
エルフィールド国に到着すると、いつもお世話になってる小国の商団のおやっさんは難しい顔をし出した。
「一対何があったって言うんだ」
「それがわからねぇんだ。でも今は近寄らない方が良いって、ついさっき帰ってった他の商団が言うもんだから気になってな」
「そうか……何かあるのか?」
「わからんけどな」
聞けばそう忠告してくれた商団は、ふざけた様子は一切なく真剣そのものの表情だったのだとか。
「どうすっかなぁ」
おやっさんが悩んでいると、遠くで爆発音が聞こえた。
「何だ!?」
遠くで炎が上がる。この平和なエルフィールドで一体何が行われているというのか、この一瞬では何も考え付かなかった。
「ライナック!!」
思考が停止する中、この国で唯一よく知る声が聞こえた。
「ライオネル、どうしたんだ!」
「話は後だ!とにかく逃げろっ」
そうライオネルに言われるがまま、俺と小国の商団はエルフィールド国の外へと走り出した。国内は息もできないほど緊迫した状況に段々となっていき、この場所から離れるべきだと本能的に感じた。
落ち着く暇もないまま、ただ国外を目指したがそれも叶わなかった。団員の数人が一度に捕まると、それに気を取られた俺たちは囲まれ始めてしまった。どうにか打開策を考えている中、おおきな木の陰にライオネルと二人隠れる。この時俺は、何となく誰も助からない気がしていた。少なくとも俺は無理だと。実はここに来るまでに足を大きく捻ったのだ。このまま共に逃げてはライオネルの負担になる。どうにかライオネルだけでも助けたくて、彼に向けて話をした。
「すまないライナック、巻き込むことになるなんて」
「謝るなよ。ここへ来たのは俺の意志だ。それに悪いのはお前じゃない、この騒動の主犯だろ」
「……っ」
初めて見る、ライオネルの悔しそうな顔に俺はどこか嬉しく思った。目の前の男は変わり出していると。出会った頃は無表情で感情の起伏もなかった男は、ようやく人間味が増してきたのだ。俺はふと思った。ここで終わらせて欲しくないと。今まで我慢していた分、どうかそれに見合うくらいの幸せを得て欲しいと。
「ライオネル……実は今日は面白いものを持って来たんだよ」
「面白いもの……」
「ほら」
それは髪色を気にしていた彼への餞別だった。茶色の、俺と同じ髪色をしたかつら。
「これは……」
「それを被ればお前も少しは平凡になれるんじゃないのか」
「……そうだな」
「だから被れ。運良く助かるかもしれない」
「……こうか」
「お、似合ってるな」
互いに、とても死を間近にしている人間とは思えないほど不思議と落ち着いていた。
「いいかライオネル。ここにいても死ぬだけだ。どうにか逃げるぞ」
「……わかった」
そう頷いたのを確認すると、俺たちはタイミングを見計らって走り出した。だが俺は限界だった。足の痛みもいよいよ無視できないほどになった時、襲撃者達の足音が聞こえた。
崖が見えた。あともう少しのところで足音が強まった。そこで俺は崩れ落ちてしまった。
「ライナック!」
俺が崩れ落ちたせいで、逃げきれなくなってしまう。俺は最後の力を振り絞って、しゃがみこんだライオネルを崖から突き落とした。
「受け身を取れ、ライオネル!」
「……!」
崖から落ちてもライオネルなら魔法で何とかできると信じた。そして俺は用意していたかつらを被った。銀色もどきのかつらを。作り物のために良く見れば銀色と比べて濁っているが、この緊迫した状況であれば関係ないだろう。
「いたぞ!」
襲撃者達に見つかると容赦なく矢を放たれた俺は、抵抗できずに負傷した。息絶えるのには十分な一矢だった。パタリと倒れると死んだと思った襲撃者達は、次なる対象者を探して去っていった。
「……幸せになれよ、ライオネル」
誰にも聞こえない呟きは寂しく消えていった。ここで人生が終わるのにも関わらず、俺は満足感でいっぱいだった。微笑みがら、瞼を閉じていった。