とある商人の邂逅 前
ライナック視点の話です。
幼い頃から世界を見てみたかった。貴族なんてものには毛頭興味がなくて、とにかく自由に生きてみたいという好奇心の元に行動していたと思う。そのせいで弟には迷惑をかけた。アトリスタ家のこと全て丸投げしてしまったことには、申し訳なく思っている。
それでも弟は笑って、俺のやりたいことをやっていいと背中を押してくれた。その後押しもあった為に、大人になると俺は世界へ飛び出した。だが、飛び出す前にしっかりと考えたことがある。自分の好奇心以外にもしっかりと領地と弟に還元できる何かをしようと。その結果たどり着いたのが商会だ。商会をよりよくするという目標を掲げながら、様々な国を歩き回った。
商人として多くの国を歩き回る内に、とても珍しい国へ行けることになった。それがエルフィールド国。魔法使いが住むと知っていたが、簡単に行ける場所ではなかった。運良く踏み入ることができたというだけだ。南の小国にある商会は取り引き先だったが、それと同時に旧知の仲だった為に手伝いとして同行した。
今まで見たことのない、魔法が飛び交う光景を目にした時は本当に驚いた。とても興味深い国に来られたことに歓喜した。もちろん、手伝いも問題なく行った。だが、その最中に迷子になってしまったのだ。俺は極度の方向音痴なため、国を回る時は案内人をつけている。今回はうっかりしたことに、一人で行動してしまったのだ。
帰り道がわからぬまま、取り敢えず直感で歩いていた。どんどん人気のない場所に来ているような、そんな気がした。それでも歩く以外方法はないので足を止めなかった。すると、城の中に不思議な景色を見つけた。壁がそこだけ壊れていて、その先には緑が広がっていたのだ。少しだけ違和感を感じながらも、故郷のような田舎の雰囲気を感じて進み続けた。好奇心が勝ったのもある。
「何もねぇな……」
しばらく緑一色が続いたが、ようやく家が一つ見えてきた。
「家だ……誰かいるかもな」
だとしたら帰り道を聞こう。そう思って扉を叩いた。
「…………誰だ」
中から出てきたのはローブを被った男。身長は同じくらいだったから、フードを被っていても中身はだいたい見えた。青色の瞳に、銀色の髪。その髪が見えた瞬間、冷や汗が走った。まさかここで王族と会うとは思わなかったからだ。
「…………」
「…………」
必死に頭を回転させた結果、とにかく事情を説明しようとした。
「あ、あの。私は商人でして」
「商人……」
「は、はい」
目の前の王族は何かを考えると、意外なことを尋ねた。
「商人なら、何か食器はあるか」
「食器、ですか?」
「あぁ。皿なら何でも構わない」
「あ、あります」
「そうか」
「も、もしかして商談をしてくださるのですか?」
「商談?………そうだな、中で話をしよう」
「あ、はい」
何だかよくわからないまま、俺は家へと踏み入れた。
「まさかわざわざ家に来るとは思わなかった。上に何と教えられて来たんだ?」
「え、その迷子になってですね」
「元々は来る予定ではなかったんだな」
「そ、そうですね……?」
話がどうも噛み合っていないというか、どこか勘違いをされている気がした。だがどう反応をするのが正解かわからなく、取り敢えず自身が普段持ち歩いているアトリスタ商会の商品が入ったバックの中から、食器を複数取り出した。
「どれがよろしいですか」
「サイズが微妙に違うのだな」
「そうですね。こちらの白い皿はシンプルな形で────」
そこからはいつもの癖で、商品説明を始めてしまった。細かなことまで話すものだから、王族様も少し不思議に感じてきたようだ。それでも長考の結果、取り敢えず2つ決めた。
「これとこれですね」
「あぁ」
「ありがとうございます」
「…………何故礼を言うんだ」
「あ……その、王族の方に商品をもらっていただけたので」
「!!」
その一言は余計なものだったのか、王族様の動きが止まった。
「……お前、何者だ」
「俺は……ただの商人ですか」
「ただの商人が俺のことを知ってるのか」
その途端、冷気を感じた。
「ぎ、銀髪が王族の証であることくらい、さすがに商人でも知っております……!」
「何?」
「あのですね、フードを被ってらっしゃいますが俺の背丈だとあまり意味が無いといいますか。その……見えてます」
「………見えてたのか」
どこか落ち込んだような声色で俯いた。
「……あの、もしかしたら勘違いをされているかもしれないと思いまして」
「勘違い?」
「はい。今更ですけど、しっかりとした自己紹介を。私はライナック・アトリスタ。デューハイトン帝国で商人をしています」
フードの下からでも、口を開けて驚いているのがわかった。勢い良くこちらを見たせいで、せっかく被っていたフードが落ちてしまった。
そこから現れた美丈夫っぷりに、今度は俺の動きが止まった。