66. 混ざり合う本心
前回、国が滅びてから10年(10年振りに会う)という表記になっておりましたが、正しくは7年です。訂正しました。
嬉しそうに笑みを深めるウィルの視線は、どこか昔と違う気もした。
「……どういうこと」
「そのままだよ。ヴィーは何も変わっていないね。君はどれだけ月日が流れても、王族そのものだ。溢れる言葉や意志、姿勢が気高さを物語っている」
何年もかけて積み上げてきたものは、決して消えることはないのかもしれない。王族としての振る舞い方に関しては、意識したことが一度もなかった。それでもそう見えるのであれば、染み付いていたものなのだろう。
「私は……」
「僕が愛し続けたロゼルヴィアのままだ」
上手く言葉を選べないでいると、ウィルからとんでもなく都合のいい言葉が聞こえた気がした。
「……………え?」
やっとでた言葉がこれだ。
動揺以前の問題で、ウィルが放った言葉が認識できない。最高速で頭を回転させている内に、何故かウィルは隣に座っていた。
「ヴィー、7年前に言えなかったことを伝えさせてほしい」
「な、なんで、しょう………」
「……ずっと後悔していたんだ。言えなかったことを」
駄目だ、焦りすぎてまともに顔が見られない。今なにが起こっているのかもよくわかっていない。動揺で鼓動が早まる中、ウィルは私の両手を取った。私の瞳を捉えられるまで優しく手を包んでいた。伏せたままの私の顔をどうにか見ようともう一度席を立ち、今度は床へと跪いた。
「ロゼルヴィア。僕は君に出会ったあの時に目を奪われて。あれから君は僕の全てです。君を失ってからもそれが変わることはなかった。これからももちろん変わらない。僕にとって君が生きる意味なんだ。……ヴィー、今までもそしてこの先も永遠に君を、君だけを心から愛しています」
「…………っ」
ぐちゃぐちゃになった筈の感情に、一気に光が差した。喜びや嬉しさを感じるよりも先に涙が溢れる。優しく、暖かな瞳。昔と変わらない私と見つめる瞳には愛おしいものを見つめる想いが籠っていた。
「ウィル……」
「うん」
「私は昔と違って、今、何も……」
どうにか考えを伝えたいのに涙が邪魔をする。
「ヴィーの言いたいことはわかる。現状子爵令嬢である自分がふさわしくないってことだよね」
「……そう、ふさわしく、ない」
「じゃあヴィー。それら全て抜きにして。立場とか資格とか無視して本心を教えてほしい」
「……それは」
「言うのは迷惑だとか考えてないよね。言葉にするのは自由だよ、受け取るのも。……だからお願い、教えて?」
未だに落ち続ける涙を拭いながら、甘い声色で問いかけてくる。その言葉に背中を押されて、1つ願った。
どうかこの想いを伝えることだけは許してください、と。
重なる手に少し力を込めながら、柔らかな瞳を見つめて告げた。
「私も……ずっと、ウィルのことを愛していました。きっとその気持ちは、変わらないと思う」
どうか想い続けることだけは許してほしいと、よくわからないままそう感じていた。涙を止めて、しっかりとウィルを見つめればこれ以上ない満面の笑みを浮かべていた。
「……よかった、本当に」
「……」
想いを聞いてどうしたかったのかは不明だが、最後に通じ会えたのは良かったのではないだろうか。この日はきっと忘れられない思い出の日になると感傷に浸っていれば、驚く発言により一気に呼び戻された。
「これでヴィーを大公妃にできる」
「……え?」
「これからはずっと一緒だよ、ヴィー」
「……はい?」
「もう二度と失わないから────」
「ま、待って!」
「……どうしたの、ヴィー?」
「どうしたのではなくて、何を言っているのウィル」
「もしかして大公妃は嫌だった?それなら二人で身分を捨てる道も無くは」
「ウィル、ウィル!!」
途端に自分の世界に入ってしまった壊れたウィルの正気を取り戻すために、両肩を掴んで揺さぶった。
「どうしたんだ、ヴィー」
「こちらの台詞よ!」
「……あぁ、ごめん。想い合えていることが嬉しくて。先走ったみたいだね」
「いくら想い合えていても、叶わないものがあることくらいウィルならわかるでしょう」
「確かにそうだね」
どうやら壊れても現実は理解してくれているようだ。
どうも私の感情とウィルの感情が噛み合っていない気がする。そこに不安を覚えながらもウィルの言葉を待った。
「…………じゃあヴィー、その不安要素が全て消えたら僕とこれからを共にしてくれる?」
隣に座り直しながら簡単に言うことではないと思うのだが。私が抱える不安要素はそう簡単に消せるものではない。だからこの願いは叶わなくていい。ウィルがそういう未来を望んでくれただけで十分だ。
そう感じながらも、最後の悪あがきをしようと承諾するのだった。
「……無理だとは思うけれど……それができるのならば」
「ヴィー、ありがとう。必ず幸せにするから」
やはりどこか噛み合っていないが、今まで一度も見たことのないウィルの喜ぶ様子は私の気持ちを揺らし、私の中へと容赦なく侵入するのであった。