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65. 交錯する想い


 その時間はほんの一瞬だったかもしれない。けれどとても長く大切な時間だった。だがそれでも定めた気持ちに反しないよう、私からは抱きしめ返すことができなかった。


「ヴィー、顔を見せて」


 本物かどうかを今一度確かめたいのだろう。私はゆっくりとウィルを見上げた。


 うまく、笑えているだろうか。


 正しい表情が見つからないが、悲しい顔を見せるのは違うとわかるので反射的に淑女の笑みを浮かべた。


「ヴィー……」


 ウィルはウィルで言いたいことがたくさんあるのだろう。なにから話せばいいのか、そう困った顔になっている。


「……取り敢えず、座りましょう?」


 それは私も同じで、うまく言葉がみつからないために無難な事しか言えない。


「そうだね」


 そう言いながら、私の両手を包み込む。片手を離してエスコートをされた。少しの距離だというのに変な気持ちになってしまう。そのよこしまな気持ちを自分の中でどうにか消そうとする。


 もう立場が違うのだから、と。


 向い合わせで座ると、ようやく心を落ち着かせた私はまず感謝を告げた。


「……大公殿下、この度はご配慮いただき誠にありがとうございました。おかげさまで回復もできました」


 一線を引いた私の態度に、一瞬動きが止まるウィル。それでもすぐに切り替えるところはさすがだと言うべきだろう。


「……礼を言うのはこちらの方だよ。危機的状況を解決できたのはあの場だけでなく、世界中どこを探してもヴィー……君しかいなかった。そんな君が命を懸けて僕らと国を守ってくれたんだ。相応の報酬を受け取ってほしい」


「え……」


 予想外の対応に反応が遅れてしまう。報酬を与えるのはそれだけ見合った行動をしたと、国が認めるからだ。だが、残念ながら私自身は到底そう考えることはできない。自分の中にある想いを目を伏せながらも、はっきりと言葉にする。


「……いただける報酬などありません。私は……義務を果たしたまで。今回の騒動、責任の所在は私にもあるでしょう。更に言えば私は皆様を欺いておりました。責められることはあっても、称賛されるのはおかしいかと」


「……」


 ウィルの静かに黙る姿から雰囲気が変わるのがわかった。


「どうか適切な判断を下していただけませんか」


「適切な判断だよ。それにこれはもう陛下公認の決定事項だから覆せない」


 ウィルはウィルで、大公として下した決断を譲る気はないようだ。


 だが私の気持ちも変わらない。そうなると、ここからはどちらかが納得をするまでの話し合いになる。立ち回りが上手いウィルに勝てる気はしないが、ここで折れては決意が無駄になってしまうというもの。現実重視の考えで必死に心を埋め尽くそうとする。


「でも……受け取れません。受け取る資格など」


「十分にある。今回の功労者は君しかいない」


「では、欺いていた罪と相殺してください」


「欺いていた、ね。確かに事実としてはそうかもしれないけれど」


「私はこの国の公爵家の方々と大公殿下へ自身を欺きました。これは確かです。私の今の立場からは決して許されぬ行為ではありませんか」


「……残念だったねヴィー。この国には魔法で人を欺いた時に咎める罪はないんだよ」


「……!」


 そうだ、それがあった。


 私には最大な過ちが存在していた。その事実に気づいた私は、皮肉にもこの口論の勝ちを悟った。


「……確かに、そんな罪はないかもしれません。ですが私は、陛下の許可も無しにこの国で魔法を多用しました。これは揺るぎない過ちです」


 たとえば世界を守ったとしても、決められた規則には反しているのだ。やっていることはかつてのリズベットと同じなのだから。


「更に言えば、私は大公殿下の大切な選考会も壊しております。その責任も踏まえれば相殺以上のものではないでしょうか」


 揺るぎない瞳で、今度はしっかりと目線を定めて話をした。


「…………」


「…………」


 私の決定的な言葉を最後に沈黙がながれた。あの抱擁から空気は一変し、冷えたものへとなる。


 ウィルやその背後にあるデューハイトン帝国が私を称えるべきという考えは理解できる。だが、それを受け入れられない理由があるのだ。事前に防げずに結局リズベットを危険に晒した時点で、私には何も称えらることはない。むしろ責任を押し付けてもらいたいくらいだ。実際そうなのだから。


 いっそのこと押し付けて、事実上帝国から追放されればこの想いに明確な諦めがつくというもの。私がここ数日で願ってきたウィルの幸せには、残念ながら私はいない。今の私には何もかもが足りないのだ。もしも誰にもない価値と問われあげるとしたら魔法になる。だが、それではリズベットがベアトリーチェとして行ったことに変わりがなくなってしまう。


 だからウィルは全てを兼ね備えている、大公妃として一番ふさわしいお嬢様とならば幸せになれるはずだ。


 それに………………私は知っている。ウィルが私のことを妹のように大切にしてきてくれたことを。


 決して一度も言葉にはしなかったものの、彼が送る視線には家族を見つめる暖かさが含まれていた。当時幼かった私を、恋愛対象として見ることはきっとできないだろう。考えれば考えるほど、心の底に眠る願いが叶わないことが見えてきて苦しくなる。


 どうか希望を持たせないで。無意味な光を見せないで。できることならば、手っ取り早く突き放してほしい。


 感情がぐちゃぐちゃになりながらも、私は最後の一押しをしようと前を向いた。それと同時に、ウィルは切なくもどこか嬉しそうな表情を浮かべて口を開いたのである。


「よかった………ヴィーは7年経ってもヴィーだ」

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