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63. 背負う罪の行方

少し残酷な描写があります。苦手な方はお気をつけ下さい。


 国が滅ぶことになったあの日。その裏側には知られざる背景が存在した。


「襲撃を受けたあの日、国のトップは緊急事態に動揺するだけで何もできなかった。魔法も使えず、防衛手段もない彼らは打つ手なしに命を落としていった。俺は襲撃を聞いた瞬間に、無我夢中で逃げた。ただの人間となった貴族達から逃げるのは簡単だったが、攻め込むトゥーレンの人間から逃げるのは容易ではなかった。ライナックは悲劇的にもこの日エルフィールドを訪れていた。何とか合流して逃げようとしたが……ライナックは途中で俺を庇って………」


「…………」


 苦しそうな表情を見せるライオネル。


「今考えれば、南の小国や帝国出身だった彼らは命を狙われていないのだから、逃げる必要はなかったんだ。だが、襲撃の意図を知らない俺達はただひたすら逃げることしかできなかった。誤ったその選択のせいでライナックは命を落とした。……ライナックが死んだのは俺のせいだ。ライナックだけじゃない。あの国が滅んだのも、俺が最大の要因だ……」


 悪事と不運が重なり迎えてしまった悲劇。あの惨劇の裏側には、私の知らない様々な思惑が交錯して必然的に起こったことかもしれない。


「だから……俺は君にもう一度言う。“君は俺のことを許さないでくれ”」


「……それは」


 告げられた真実に動揺が消えないまま、ライオネルは泣きそうな声で懇願した。


「許さずに……どうか、葬ってくれないか。俺は許されない罪を犯した。今となっては誰も咎めることができない。だけど君なら……最後の王族である君にならば、俺を裁く権利があると思う。だからどうか」


 それ以上は耳に入れたくないと感じた。いや、言葉にしてほしくなかった。それと同時に、悔しさや悲しさや怒りが混ざった複雑な感情が込み上げてくる。


「お願いだから、そんなことを言わないで。私には貴方を裁くことなどできないし、葬るなどもっての他。決してできない。私にとってライナックは……ライナックでなかったとしても、貴方は10年間を共にした、大切な大切な家族です。ライオネル様。貴方は私に家族を殺せと言うの……!」


 抑えきれない感情は涙となり溢れ出す。感情的に、言葉を選ばずに想いを伝えることなどどれほどの間してこなかっただろうか。それだけ今この時が自身にとって重要だということを本能的に察知する。


 たとえライナックであろうとライオネルであろうと関係ない。ここまで私を育ててくれたのは目の前にいるこの人なのだ。私にとって第2の家族は彼なのだ。


「そんなつもりは…………だが、そうでもしなければ」


 数々の葛藤は、たとえどんなに時間がたったところで消えることがなかった。終わらない苦しみには心から共感するものがある。それでも、どうにか考えを変えてほしいのだ。自ら最悪の選択をしないでほしい。


「私は貴方がそこまで背負う必要はないと感じます。そもそも悪事を……それ以上のことをしたのは我が父をはじめとした貴族です。それに対して身を守ったのですから、正当防衛と言えるのではないでしょうか」


「正当防衛だなんて到底…………俺は更生の余地があるエルフィールドの子どもの命だって奪った」


「奪ったのは貴方ではありません。間接的には考えられますが……とどめをさしたわけでは」


「国を1つ崩壊へ導いたんだ。何の罪も無いわけがない」


 果たしてその崩壊は罪に問われるものなのか。そして崩壊へ導いたのはライオネルではない。エルフィールドにはびこっていた考えを持っていた人達本人ではないのか。


 言いたいことがありすぎる。それでも最善な言葉を探って伝えていく。


「…………エルフィールドは、崩壊すべくして崩壊したのです」


「ロゼルヴィア………」


 私の知っているエルフィールド国は初めから幻想そのもので、どこにも存在していなかった。するはずがなかった。


「今も存在していれば、それこそ最悪な結果を招いていたでしょう」


 私はライオネルに向かって、強い想いをぶつけた。


「ライオネル様、貴方は確かに1つの国を滅ぼしたかもしれません。ですが同時にそれ以外の全ての国……世界を救ったのです」


 あの日もしも企みが成功していたならば、確実に未来は変わっている。その未来は多くの者が望まない筈だ。


「…………」


「エルフィールドの誰もが許さなくても王族である私が許します。そしてきっと、世界は貴方を許すどころか讃えるでしょう。それでもまだ心が晴れぬと言うのならば、私が半分を背負います。引き起こした要因があることが罪ならば、王族だというのに何も知らなかったことも罪ではありませんか」


「君の場合は……」


 周りにそういう環境を意図的に作られていた。それは事実としてあるが、もっとできたことは確実に存在していた。


「それはただの言い訳でしかありません。……貴方が私を責められないように、私も貴方を責めることができません」


 私だけでなく、誰もライオネルを責めることはできないと確信している。


 背負ったものの重さが尋常でないことはわかっている。今すぐにその荷物を下ろすことが不可能なことも。それはこの長い年月が証明をしている。


「だからどうか、生きましょう、これからも共に。私にとって家族はライオネル様……叔父様、貴方だけなのです」


「……っ……ロゼルヴィア、俺は……」


 溢れる叔父様の涙に、私も押さえていた涙が止まらなくなる。


「私たちにとって……生き続けることが、最大の贖罪ではないでしょうか」


 失われた命の数には到底及ばずとも、生き延びたからにはそう簡単に同じ道を辿ってはならない。


「それに、簡単に死んではライナックが許してはくれませんよ。叔父様もそう考えたから10年間生きていてくれたのではないのですか……!」


「あぁ…………………そう、なのかもしれないな」


 ようやく見せたライオネルの弱々しい微笑みには、どこか重い枷が外れて気持ちが落ち着いたように見えた。涙で濡れながらも、考えを落ち着かせようとしていた。


「……先ほども言いましたが、私には叔父様しかいません。図々しいとわかっています。わかってはいますが、どうか…………これからも家族でいてください……っ……」


 一度去った筈の感情の波が再び訪れて爆発をする。


 長い沈黙のあと、叔父様は小さな笑みを浮かべながら私を見つめた。 


「君が…………ロゼが、そう望んでくれるのならば」


「当たり前です……っ!」


 どうかこれからも共に乗り越えていける存在でありますようにと願いを込めて、私は涙を流したまま叔父様と抱擁を交わしたのだった。

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