60. 隠された姿
どれくらい眠りについていたかわからないが、魔力が全て回復して体内の損傷もある程度治ったようだ。重かった瞼をようやく上げることができた。
「…………」
誰かの気配を感じて周囲をゆっくりと見渡す。すると、隣に椅子に座りながら窓の外を眺めるライナックがいた。
「……ライナック」
「お、目が覚めたか」
「うん」
ゆっくりと体を起こそうとすると、ライナックが支えて手伝ってくれる。
「王子じゃなくてがっかりしただろう?」
「別に……ライナックは家族でしょう。居てくれて安心した」
「そうか」
穏やかな笑みを浮かべながら、私の頭を撫でる。
「倒れたって連絡を受けてな、急いでここに来たんだ」
話によると、リフェイン公爵により名義上養父であるライナックへ連絡が直ぐ様いったようだ。大公邸に到着するなり、リフェイン公爵と大公殿下より謝罪を受けたという。細かいことは聞かれずに、私のいる部屋に真っ先に通されたとのこと。
ウィル……大公殿下がこの部屋に近寄らなかったのは、私がいくらロゼルヴィアだとしても現在の名義はシュイナであり、アトリスタ家の令嬢だからだ。未婚で何の関係もない女性の部屋に入ることは外聞が悪い。何より彼は今、婚約者の選考会の最中だったのだ。お嬢様の手前、不躾な行動は禁じられるに等しいだろう。
だが、帰るまでにもう一度だけ彼に会って話をしたいと感じた。もちろん、お嬢様にも謝罪をしなければと考えた。
「わざわざありがとう……あれから何日経ったの」
「眠ってた時間のことか?だとしたら5日間だな」
「そんなに……」
「疲労もあったみたいだからな」
「うん……」
むしろ1週間も眠らなかったことをよしとするべきだろう。頭が段々と冴える中、私は重要な事を尋ねた。
「リズベット、リズベットは?」
「リズベットって誰のことだ」
「リズベット……ベアトリーチェ、ラベーヌ公爵令嬢のこと」
「あぁ。それなら安心しろ。まだ眠ってはいるものの、確実に回復している。損傷が激しかったからな、時間はかかるが大丈夫だ」
「見に行ったの?」
「一度だけな」
リズベットに関する確認が取れたことに安堵しながらも、気になることは山ほどあった。
「ねぇライナック」
「どうした」
「もしかして、何か知ってたの?」
「…………」
君は俺を許さないでくれ。
この言葉に隠された真意について、少し考えてたどり着いた結論がある。それは何かしら事前に情報を手にしていたライナックが、最悪の事態を想定して私をここへ向かわせたのではないかということだ。
「……だとしたら、軽蔑するか」
「いいえ。ただ、知っていることを教えてほしかったとは思うけれど」
「……いや、今回のことに役立つ情報は何もなかった。俺もここまで事態が悪化するなんて予想もできなかった。ラベーヌ公爵の話は初めて聞いたからな」
それもそうだ。ライナックは生粋の出不精。領地から出ない上に社交界なんて持っての他だ。そんな彼が貴族の情報を手にするのは難しいだろう。
「確かに聞く機会はないものね」
「でも、本当にすまないと思ってる。あの話を引き受けなければ、ここまで傷付くことはなかっただろう」
「傷付いたとしても、得られたものは多かったから」
「……国が滅びた真相にもたどり着けたか」
「さすがに直結するような情報は何も。それでも少しだけ近づけた気がするよ」
「……良かったな」
複雑そうな笑みで頷くライナックには、どこか影が差していた。何かを隠しているのは確かなのだが、それが何かは検討もつかない。
話すべきかを悩んでいるのならば、それは仕舞っていても構わないように感じた。
「……別に大丈夫だよ」
「シュイナ?」
「ライナックが話したくないなら話す必要はないと思う。家族でも隠し事の1つや2つはあるでしょ。気にしないで」
「…………」
私なりの気遣いで告げた言葉は、ライナックの考えとは反していたようだ。
「いや……今だからこそ、話さなくてはならないと思う」
その言葉はどこか重く苦しげな気持ちが含まれているように思えた。
「…………聞かせてくれるのなら」
互いに真剣な瞳で見つめ合う。
「ずっと、共に歩んだ10年間ずっと、お前を……君を騙していた」
「騙していた?」
雰囲気が一変したライナックに違和感を覚える。
「あぁ。君が知っている、本当のライナックはあの惨劇の日に命を落としている」
「……何、言ってるの?」
だとしたら目の前にいるライナックは何だと言うのか。
「俺は君の知るライナックではない。ただのライナックの成り済ましに過ぎない」
「ライナックの血縁者ってこと?」
ライナックにはアルバートさん以外の血縁者がいるのだとしたら初耳だ。
「いや、全く違う」
私の考えはどれも当てはまらなかった。そして突然の発言に理解が追い付かずに、混乱から抜け出せない。
「血縁者と言う言葉を使うのならば……」
その瞬間、ライナックを覆っていた魔法がとける。更なる衝撃に、私は言葉も出なくなる。思考が停止するとはこの事なのだろう。
「………………………………………………」
「俺は君の血縁者だろうな」
平凡だった筈の茶髪は、私と同じ銀色へと変化していた。