5. それは運命か
一体何故その話が私に来るのか。
「魔法の使える公爵令嬢の登場で、大公の縁談関係者の空気がピリついててな。婚約相手の令嬢は、特に周囲に置く人間を厳選してると聞く」
大体想像でき、理解もできる流れだ。
「そこで何故シュイナに……アトリスタ家に話が来るのかってことだが……。いや、これは俺もつい最近知った話でな。どうやらアルバートと婚約相手の令嬢の兄君が学友で、その仲はかなりのものらしい。そのアルバートが信頼できる相手ならってことと、アトリスタ家が特有の家と繋がってないことを買われて選ばれたみたいだ」
「アルバートさんが……」
「あいつ、本当に社交性は特化してるからな。交遊関係は興味ないから今まで何も聞かなかったが、これは予想外だ」
他人に口出ししないのはわかるが、流石に弟の事なのだからある程度は知っておこうよ……と、改めてライナックに関して遠い目をするのであった。
「しかもこの話は相手の令嬢のご両親……リフェイン公爵たっての頼みだとアルバートから聞いている」
「リフェイン公爵……って」
大公家の次に権力を持つとも言われる家だ。歴史があり王家とも懇意になっていて、最早勢力とまで言える。
「……アルバートさんの頼みだったら断れたけど、公爵家が関わるなら選択肢は無さそうだね」
「…………すまないシュイナ」
「ライナックが謝ることじゃないよ。でも不思議なのは、22歳の人間を新しく侍女として雇うことなのだけど……。普通もっと若い人かベテランの二択でしょうに」
「アルバートからはそれだけ緊迫した事態と聞いた。歳や経験よりも信頼を優先せざるを得ない状況だとな。それに、どうやらシュイナはちょっとした有名人みたいだぞ」
「有名人って……」
「22歳にもなって結婚相手をみつける素振りを見せずに、ただ仕事に没頭している変わり者の令嬢」
「…………」
まさかこんな田舎の、たかが子爵令嬢のことが話題になって王都まで飛んでいくとは。誰も興味を持つことは無いだろうと思っていたのに。完全なる誤算だ。
「まぁ貴族は珍しいものを直ぐ話題にしたがるからな」
「それはライナックの完璧な偏見だよね」
間違ってはいないが、全ての貴族が当てはまるものでもない。
「俺からしたら貴族はそんなものだ」
堂々と言い張る姿はいつも通りで、見ていて安心する。
「……でも心配だな」
「危険かもしれない場所に放り込まれるのがか?」
「いや、それもそうだけど。ライナックが一人で生活できるかが」
「おいおい馬鹿にしてくれるなよ。一人で生活くらいできるぞ」
「訂正。一人で健康的な生活を送れるかが」
「それは無理だな!」
「それじゃ駄目でしょ」
いつの間にか二人で過ごすことを当たり前と感じてしまったが、ある意味これは良い機会なのかもしれない。
「だからさ、ライナック。これは良い機会だよ。私がいないから、私に気にせず恋愛するべきだよ。まだ35歳だから、結婚できる歳だよ」
「何を言い出すかと思えば……。言ってるだろ、興味ないって」
「ライナックが興味なくても、周りは心配するものだよ。私以外にもアルバートさんが特にね」
「それは余計なお世話っていうんだよ……」
「でも、全く嫌な訳ではないでしょう?」
「………………………………………まぁな」
「じゃあ頑張って」
勢いのまま告げると、ライナックは面倒さそうに黙り込む。その様子を見る度に、結婚そのものが嫌という訳ではないことを感じる。興味がないという便利な言葉を使って、面倒事を後回しにしているだけに思える。
まぁ、同じことをしている私にそれを指摘する資格はないのだが。
「気が向いたらな」
「よし」
言質は取った。
気が向くように仕向けられるよう、後はアルバートさんに任せよう。
「それで、侍女の話に戻るけど」
「あぁ」
「具体的な業務内容は聞かされてるの」
「リフェイン家に住み込みで、令嬢であるフローラ様の世話を中心とした仕事だな。詳しいことは、リフェイン家に着いてから話されるみたいだ。安心しろ、過労死するような職場じゃねぇよ」
「別に過労死する程仕事をしても良いよ。それに見合うお金さえもらえれば」
「……金に目を付ける時点で、最早令嬢の雰囲気ゼロだな」
「そこは商人気質が身に付いたって言ってくれる?」
「確かにそうだな。俺に似たか!」
楽しそうに笑うライナックを横目に、侍女生活を想像してみた。まさかこの歳になって、高位貴族の侍女をするだなんて思いもしなかった。この先もずっと、必要最低限田舎のアトリスタからは出ないつもりだったというのに。
「それで出発は明日だな」
「急だね……」
「出来る限り早く来て欲しいみたいでな。明日、アルバートが馬車でシュイナを迎えに来る」
「わかった」
「雇用期間が未定の契約だ。恐らく婚約が締結し、問題が解決さえすれば帰ってこれると思うがな……。ま、気負わずに楽しんでこいよ」
「楽しむ要素が見当たらないけどね」
王都に行くこと自体、初めてに等しい。行ったことがあっても鮮明な記憶はない。
「…………私にしかできないことが発生しないことを祈るよ」
「……見捨てることを選択肢に入れることも忘れるなよ」
何の運命かわからないが、巡り会うことが定められているようだ。言葉にできないほど複雑な想いを抱いて、王都へと向かうことになるだろう。
だが、ようやく何かが見つかった気がした。
抱いてから、どんなに埋めようとしても拭えなかった虚無感が、ようやく埋まる……そんな気がした。