51. 繋がる真意
旦那様は本館を抜けてわざわざ別館まで足を運ばれた。
「お父様!」
「フローラ、元気にしていたか」
「この通りですわ」
「良かった……」
「お兄様やお母様達にお変わりは」
「大丈夫だよ。何もない」
「安心致しました」
久々の再会に思いを馳せながら、移動をすることにした。私はあくまでも後ろをついていく。
「アトリスタ嬢、本当にここまで付いてくれたことに感謝する」
「とんでもございません」
「ありがとう、シュイナ」
「全てはお嬢様自身の力。私は何もしていませんよ」
「……それでもよ」
「1人でフローラに付くことは容易ではないさ。それを短期間とは言えこなしたんだ。素晴らしいものだ」
「……ありがとうございます」
2人から評価をもらえるだけで、光栄なことだ。
「お父様の言葉には同意します。ですが、今の言い方ですと……まるで私が手のかかる子どもみたいに聞こえるのですが?」
「そんなつもりは一切ないが」
「あら本当に?だとしたら、お父様は無意識に私を傷付けたということでよいかしら」
「何故そうなるんだ……」
「ねぇ、シュイナ。聞いてたでしょう、さっきの言葉」
「は、はい。聞いてはいましたが……」
「よしなさいフローラ。アトリスタ嬢を困らせるな」
「困るのはお父様でしょう。シュイナは私の味方ですもの」
ある意味息ぴったりの掛け合いを見ると、今日の選考は何の問題もなく感じれてくる。
「……選考まで時間があるな」
「あ、話を反らしましたね」
「アトリスタ嬢、時間になったら呼んでくれないか」
「かしこまりました」
「…………シュイナ、また後でね」
「はい、失礼します」
不服そうな顔をするお嬢様は、この後も旦那様に文句を告げそうだ。
親子水入らずの時間を邪魔しないよう、私は選考まで隣の自室へ待つことにした。
自室へ行くと、先程のお嬢様との会話を思い出して机へ座った。
「……手紙」
ライナックから届いた手紙に目を通した。内容としては、無理をしないでほしいことと、必ず生きて帰ってこいなどの心配をするものだった。他には結婚について述べられていたが、どうやら相変わらず興味はないみたいだ。
アルバートさんの説得に失敗した姿が簡単に浮かぶ。
「…………あれ?」
手紙の中にまだ紙が入っていた。
「……君は俺のことを許さないでくれ」
小さな切れ端に書かれた言葉。
「ライナック……?」
ライナックが言う言葉ではない、そんな気がした。だが、紛れ込むようなものではない。もしかしてライナックの暗号かと考えが過る。
どれだけ考えても答えは見つからなかったので、帰ったら聞いてみようと開き直った。
馬車の音が聞こえ、ラベーヌ公爵が到着したことがわかった。
私の仕事はここからが本番だと気を引き締めると同時に、リズベットを必ず守ろうと強く気持ちを整えた。
少しずつ時間は迫り、いよいよ選考時間となる。
私はお嬢様と旦那様のいる隣室へ迎えに向かった。お嬢様はいつになく覚悟を決めた強い表情をしていて、何の不安もいらないように感じた。
本館へと向かうと、待機室へと案内される。私がついていけるのはここまでだが、始まる直前までは傍にいられる。
「長らく迷惑をかけましたねお父様。これで私も巣立てますわ」
「何を言うフローラ。お前は元々自立しているようなものだろう」
「甘やかしてはいけません。私は結局お父様に養われている身ですから。それで自立しているなど、他の自立した方に失礼ですよ」
「そうか」
お嬢様が旦那様と談笑される姿を静かに見守りながら、一人ふと考え事をし始める。
それは、昨日腑に落ちなかった出来事だ。
何故、ラベーヌ公爵は大公妃を狙ったのか。
リズベットは人脈と言っていたが、今の大公殿下ほど人脈がない人間はいない。それだったら、まだお嬢様の兄君であられるカルセイン様の方が人脈があるというもの。
曖昧なラベーヌ公爵の答えには、やはり真意が見えない。
「全く。お父様は今一つ言葉の選び方が下手なのですから、気を付けてくださいよ」
「カルセインと同じことを言うな」
「事実でしょう。どうするのです、それが意図せず本音に聞こえたら」
「……善処はする」
お嬢様から発せられた本音と言う言葉が、こんがらがった糸を1つほどいた気がした。
もしも、ラベーヌ公爵の脅しが本音だったら。
その考えが、一瞬頭を過る。
ラベーヌ公爵の本当の目的は、リズベットを依り代にすること。元々その為に養子として手に入れていたとする。だとしたら、何故大公妃の横やりをしたのか。
王家にあって大公家にないもの。それは
「……フィーディリアの花」
消え入る呟きは、確信へと変わる。
魔神を呼び出すことが目的ならば、気まぐれでも花の力を借りて魔力補助をさせての召喚だとしたら、本来のリズベットよりも格が上の魔神を呼び出せる……。
繋がりだした出来事が、途端に現実味を帯びてくる。
だとしたら、ラベーヌ公爵の目的はリズベットを大公妃にすることではなく。
「……大公家に入る大義名分を手に入れること」
「シュイナ、どうかしたの?」
今度の呟きは聞こえてしまった。
弁明しようとしたその瞬間、魔法の発動が察知される。
「……!!」
「シュイナ?」
「お嬢様、失礼します!!」
今日魔法を使うとしたら、リズベットが助けを求める時だけだ。段取りを決めたあの時、そう約束した。
扉を勢いよく開けて飛び出す。
「えっ、シュイナ!」
「アトリスタ嬢!」
二人の声を聞き捨てながら、私はフィーディリアの花が咲き誇る場所へと急いで向かった。