46. 手懸かりとなる噂
ラベーヌ公爵についてお嬢様は話し出してくれた。
「ラベーヌ公爵と言えば欲深くて野心の強い人として有名ね」
「聞いたことがあります。田舎にまで届くほど有名ですね」
「みたいね。元々ラベーヌ公爵家は栄華を誇った時代があったけど、その後どんどん衰退していって今に至るの。栄華を誇った時は筆頭公爵家とまで言われていたくらい」
「華やかな姿を取り戻したいということでしょうか」
「恐らく。ここ数年のラベーヌ公爵が欲が無かった訳ではないけど、現公爵が突出しすぎてるのよね」
長年栄華を取り戻そうと画策してきたラベーヌ公爵家。一段と欲の深い公爵が現れたことに加えて、彼にとって強い意味のある切り札を手に入れられたという状況。これがかなりよろしくないことは、王家と大公家ならば当然感じていることだろう。
「ベアトリーチェ様という存在が何を意味するのか……私達とラベーヌ公爵の考えはきっと異なるでしょうね」
「そうですね……」
「目的が生まれたから……言い方を考えないと使い道があるからベアトリーチェ様を養子に取ったことに間違いはないのよ」
「はい」
2人で頭を悩ませるも、上手い答えは見つからない。
「お嬢様、ちなみに有名ではない噂とは何ですか?」
「例えば、国の許可無しに他国との繋がりを持っているや人身売買をしているとかかしら。でも、どちらも嘘であることが裏では証明されてるの」
高位貴族だから知る内容だとお嬢様は言う。
「こういうことは公には調べられないから王家専属の影という名前の諜報員が調べたりするのだけれど結果は白と出てるわ。けど、公言するのは勝手に調べたことをばらすことになるでしょう?だから真実は知らない人が多くて噂になるという形かしら」
「そのような貴重な情報は私に話して大丈夫でしょうか」
「平気よ。少なくともシュイナがラベーヌ家の味方でないことはわかるもの」
「なるほど」
「あと、流れている噂はどれも嘘のようなものばかりね」
曰く、ラベーヌ家をよく思っていない家門が流す噂なんだとか。ラベーヌ家自身が火消しをしないために、様々な憶測が噂となって流れ続けているようだ。
「ラベーヌ家は周囲の貴族から恐れられている訳ではないということも、噂が流れる原因の一つかしら」
「恐れられる要素がないのですか」
「そうね。正直に言ってしまえば、ラベーヌ公爵家よりも優秀な侯爵家はいるの。もっと言えば伯爵家でさえ勝るかもしれない。それほどまでにここ数十年のラベーヌ公爵家は力を無くしてきた。それでも、大きな不祥事を起こしたことがないのと、公爵という地位を死守するための最低限のことはしていることから、降格や剥奪は決してならないの」
本当にギリギリのところで公爵家を維持して再起のタイミングを狙っているようだ。
「良い目線で言えば、決して諦めることがない姿勢だけど」
虎視眈々と機会を伺うことを数十年行ってきたとすれば、侮ることはできないだろう。
「そう言えば、現公爵に対する数ある嘘に近い噂の中でも……桁違いに酷いものがあったわね」
「酷いもの、ですか」
「えぇ。名誉を傷付けていると言っても言い気がするほどのことよ。といっても、いつものことで噂の出所がわからなかったから咎める対象は今となってはわからないけれど」
出所がわからないほど信憑性の薄い噂は無いだろう。お嬢様がそこまで批判するのならば、それは情報にもなりえないただの陰口ではないか。
「ちなみに、それはどのような噂だったのですか」
「本当に聞いて呆れると思うわよ。何でも、ラベーヌ公爵は魔族研究家なんだとか。私はこれは巧妙な言葉だと思ってる」
魔族、その言葉に体が固まる。
その様子に気付くことなくお嬢様は話を続ける。
「魔族は存在しないとされる架空の存在でしょう。それを研究しているというのは、今の公爵の在り方に照らし合わせて皮肉を言っているものだと思う。その爵位は既に存在しないようなものだ、とね」
「……なる、ほど」
「そもそもこの話が出た背景には、直近でラベーヌ公爵家を辞めた使用人が、最近公爵はよくわからない本ばかり読んでると漏らしたからとされてるけど……。よくわからないという言葉だけで魔族に置き換えるのだから巧妙だわ」
「……そうですね」
呟くような反応になってしまう。
もしも……これが真実でラベーヌ公爵が本当に魔族を信じていたとして。何らかの手段で、その存在の有無に確信を持てたとするのならば。
ベアトリーチェ嬢が怯える理由がわかる気がする。
魔族……その中でも取り分け私達に繋がりがあるのが悪魔と呼ばれる存在だ。悪魔を召喚するには魔法使いの持つ魔力が必要となる。こちらは命の危険はないとは言え、関わるべきではないと教えられた存在だ。
そしてもう一つ、召喚が不可能に近いが可能な魔族もいる。それが魔神。これは殆ど命と引き換えでないと召喚とならない。魔神はこちらの世界で実体を保つことはできない。そのため依り代を用意する必要がある。その依り代は魔法使いしかできず、魔力のない体には移れないのだ。奴らはどんな願いも叶えるとされているが、その代償が何かは不明だ。命と書かれた書物もあれば願いの持ち主の一番大切なものとも書かれていた。
といっても、魔力が少なければ呼び出せる魔神の格は限られている。そのためベアトリーチェ嬢を依り代にした場合呼び出せる可能性はあるが、叶えられる範囲は狭いだろう。
しかしそれならば、ラベーヌ公爵はベアトリーチェ嬢をそう言って脅しているのかもしれない。魔神の依り代にする、と。
そう言えば、滅びた国からは逃げる一方でその後にあの書庫室がどうなったかなど具体的に考えたことはなかった。心のどこかでその本でさえも消滅したと感じていたから。
もしその勤めていた使用人の言葉が本当で、公爵の手に魔族の本が渡っているとしたら……可能性はあるだろう。
栄華を取り戻そうと、虎視眈々とどんな機会でもいいからチャンスを狙っていた人ならばあり得る話だ。
これが、仮想が現実か調べる必要がある。もし本当に魔神を呼び出すようなことになっては取り返しがつかなくなる。
真実を知る。その為に私は……ベアトリーチェ嬢本人と話すべきだ。