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39. 追憶する姫君⑥


 鍛練の成果は無事に発揮され、壁にかけられた認識阻害魔法が少しずつ剥がれていく。


「…………」


 少し下がって事の次第を見守っていたウィル。思わずそこまで後退り、服の裾を掴む。


「…………良かったね、鍛えた甲斐があったみたいで」


「えぇ、そうなのだけど」


 何分、初の試みである。

 予想がつかない行く末が途端不安に感じて、自覚のないままウィルの傍へと寄ったのだ。


「危険な感覚はないし、嫌な予感もしないのよ。でも少し不安で」


「ようやく気持ちが正常に機能したみたいだね。普通はこういう怪しげな場所は好奇心だけで行くものではないから。ヴィーは圧倒的にそれが大きかったけれど、見なかったフリをするのが通常の反応だと思うよ」


「見なかったフリは、私には無理ね」


 それができないから、こうして自分の目で確かめに来ているのだ。


「ヴィーが変わった子なのは重々承知の案件だから。むしろそこが良い」


「変わった子が良いだなんてウィルも変わってるわ」


「それなら安心してくれて構わないよ。僕は随分と昔から変人の自覚はあるから」


「そう」


「それにしても魔法は凄いな。一生をかけても学びきれる気がしないよ」


「それなら安心してくれて構わないわよ。この国の姫である私でさえ、それは不可能だと感じているから」


「幼い頃から諦めるのは感心しないなぁ」


「そこはありがたがる所でしょ」


 言葉を重ねる内に、壁は崩れ去っていく。

 完璧になくなると、そこには見たことない景色が広がっていた。


「……草むら?」


「あ、ヴィー」


 特に考えも無しに壁の向こうへ足を踏み入れる。反射的にウィルに手を掴まれ、勝手に先に行かないようにか手を繋がれた。


「見て、ウィル。辺り一帯草むらよ、他に目立つものは何もない」


 木々や花々は何一つない。草むらだけが広がる場所。何の害も感じられない、むしろ落ち着くことができるような空間だ。それを何故認識阻害魔法を使って隠しているのか。謎は深まるばかりだった。


「ヴィー、ここには何もないよ。さぁ帰ろう」


「そんなにすぐに帰らなくたって大丈夫よ。一応ここも王城内ですから。正確にはその裏側って所でしょうけど。付近にいれば護衛や侍女が心配することはないから」


「まさか、これ以上奥に行くとは言わないよね」


「あら、そのまさかよ。もしかしたら何か見えてくるかもしれないから」


「ヴィー。好奇心が強いのは悪いことじゃないけど────」


「さ、そうと決まれば行くわよ!」


「え、ちょっと!」


 探検したいという欲に負けて、草むらを走り出す。手は繋がれたままなので、勢いよくウィルは引っ張られる。引っ張ってる意識は無いのだが、前へ前へと進みたい気持ちが強く現れていた。


「ヴィー、止まって。奥に行きすぎて帰ってこれなくでもなったらどうするの」


「来た道を戻れば大丈夫よ。万が一の時は、最近習得した転移魔法を試すという手もあるから安心して」


「何故だろう。少しも安心できないんけど」


 ウィルの不安な呟きを無視して進むと、遠に一軒の家が見えた。


「ウィル、あれは隠れ家かしら。だとしたらこれはお邪魔すべきではなくて」


「普通は前触れもなく訪れるのは無作法だよ。ヴィー、淑女教育を受けてるんじゃなかったのかい」


「当然知ってるわ。けど、好奇心が勝っているのよ」


「だとしたら一旦落ち着いてほしいな。そして冷静に考えてみて。隠された先にある家に、危険が無いなんて考えられないよ」


「……それもそうだけど」


 家を見つけた興奮から、少し我を失いかけていた。こういう所がまだまだ子どもなのだなと実感し、情けなくなる。2歳しか変わらないウィルが大人びすぎていることが更に追い討ちをかけた。


「……ごめんなさい」


「謝ることではないよ。もしこれが罪に問われるのならば、僕はヴィーの共犯者だからね」


「それは心強い共犯者ね」


 落ち込む暇も与えてくれないウィルの言い回しをありがたく感じながらも、自分もこれくらいに成長しようと思うのであった。


「……帰りましょうか。ここの住人の方にとって私達は思いもよらない訪問者でしょうから。穏やかな日々を邪魔しては悪いわ」


「そうだね」


 人の気配の有無を感じられるほどの距離では無いことから判断はできないものの、隠された先にあるのだから何かしら事情はあるのだろう。


「行きましょう」


 そう家に背を向けて、二人で壁のある場所まで戻ろうと足を踏み出した瞬間。


「えっ……」


「ヴィーっ!」


 その瞬間、二人揃って体が浮いた気がした。焦ったウィルは繋いだ手から力強く引き寄せて、私を抱き止めた。


 けど、それは本当に一瞬の出来事だった。


 踏み出した足が地に着く時には、違和感は収まっていた。


「……何だったんだろ」


「ヴィー、怪我は?」


「大丈夫よ、ウィルは」


「僕も平気。それにしてもさっきのは……」


 瞬間的に起きた不思議な現象。

 そんなこともあるかと片付けようと思ったが、背後に感じた気配からそうはいかなくなった。


「……どうして?」


「ヴィー、どうしたの。……えっ」


 あんなにも遠くにあった家は、あの一瞬の内にこんなにも近くに移動したのか、すぐ後ろにあった。


「もしかして誰かの移動魔法を踏んだのかしら。だとしたら迂闊だったわ」


「いや、冷静だね。お陰で焦りが一気に消えたよ、ありがとう」


「どういたしまして」


 家を目の前にして、ようやく感じることができた。


 人の気配がする。


 そう感じるのと、扉が開くのはほぼ同時であった。

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