38. 追憶する姫君⑤
デューハイトン帝国の建国祭から1ヶ月が経ち、再びウィルはエルフィールドへと足を運んだ。
今日は事前に伝えた通り、探検をする予定なので髪を一つにまとめて結ってもらった。耳飾りは付けずに、比較的に動きやすいドレスを選んだ。普通は婚約者相手ではめかし込むのだろうが、そういうことに一切興味がない為気にせず仕度を進めた。
「お待たせしました」
「待っていませんよ」
どうやら意図はウィルに伝わっていたのか、普段に比べて軽装に見える。
「文通はしてみてどうだったかな」
「そうね……意外と面白かったわ」
これから探検という名前の王城案内をするが、その前にお茶を飲みながらの交流を行う。用意された席にそれぞれ着きながら会話をする。
「では続けようか」
「続けてもいいけれど、毎月訪問していてはあまり文通の意味が無いのではないかしら」
手紙を普通に届けようと思ったら1週間はかかるのだ。1週間ごとのやり取りをする合間にもウィルはエルフィールドを訪れるのだから、あまり文通の役割を果たさない気がする。
「普通ならば無理だよね」
目を伏せながら呟くが、そこに何かの意図を感じて頭を回転させる。
「あぁ、翼の郵便を使うのね」
“翼の郵便”というのは、エルフィールド発祥で魔法を使って迅速に届ける方法のことだ。手紙そのものに魔法がかけられて宛先へと向かう姿は、手紙に生えた翼が鳥のように送り先へと飛んでいくのだ。そこから由来している。
初めはエルフィールド経由で手紙を送ることを行っていたが、これではエルフィールド国に近くなければ得をしないということになり、魔法の封筒が開発された。事前に魔法がかけられているために、エルフィールドを経由する必要が無くなったのである。これらも総称して“翼の郵便”と呼ばれている。
ただ、現状は王族内で使われているだけだ。貴族や平民への普及は検討中だ。中々話が進まずに、実装は随分先になることが予想される。
「そうね、それなら文通の意味があるわ。でも魔法の封筒なら、私が自分でも作れるから安心して。上に持っていくのも手間ですし、私からウィルに送る際に封筒を一枚同封して送るわ。それを使って」
「そこまでヴィーの負担にするつもりはなかったんだけどな。僕なら父に頼めば使わせてもらえるから大丈夫だよ」
ウィルにとっては未知の知識である魔法の話になり、個人で行う翼の郵便が負担だと感じている。
「それくらいの魔法なら別に負担にはならないから安心して」
「本当に?」
「えぇ。私は魔法に関してはそこそこ強いのよ」
「……そうか、わかったよ。じゃあお願いしようかな」
「任せて」
一抹の不安を持ちながらも承諾してくれた様子を見せるウィル。
ウィルはいずれはエルフィールド国へと婿入りする人なので、魔法については学ぶ予定があるものの、それがいつになるかは誰にも名言されていない。
「さ、そろそろ王城を案内させてくれる?」
「あぁ、探検だよね」
「……案内よ」
「案内ね、わかった。ヴィーの可愛らしい趣味に付き合うとしよう」
「言い直した筈なのにスッキリしないのは何故かしら……」
ぼやきながらも席を立つと、それぞれの侍女と護衛に王城案内に行くことを告げる。ウィルの護衛が距離を取ってついてくる話をするが、ウィルが制止した。
「仮にも他国の王城で護衛を連れて歩くというのは如何なものかと思うよ。僕はヴィーに案内されるだけだから危険はない。安心して待機しててくれ」
そう護衛にかける声は、何だか普段と比べて少し冷たくも感じた。だが、あまり気にせずに探検へと出発した。
「手紙でも話した通り、凄く気になる場所があったの」
「魔法のかけられた壁、だっけ」
「そうよ」
「そんなに珍しいものなの」
「かなり珍しいものよ。少なくとも城内で認識阻害魔法が使われてる場所はあそこだけでしたもの」
「なるほどね。それで、その魔法をとけるようにはなったのかな」
「もちろんよ。鍛えて鍛えて鍛えまくったわ。それしかすることがなかったのもあるのだけれど、良い機会だと思って打ち込んでたの」
「そっか。お疲れ様、頑張ったね」
以前と同じように頭を撫でられるが、前回と違って何だか悪くないなと感じた。振り払う必要も感じなくて、黙って歩いていた。
「……変なの」
「嫌だったかな」
「ううん。前も似たような状況があったけれど、感じ方が違うから」
「そっか。その答えにできるだけ早くたどり着いて欲しいな」
「何か言った?」
「……何でもないよ」
普段と変わらない雰囲気の会話をしながら、壁のある場所へと歩みを進めていった。
「ちなみにヴィー」
「どうしたの」
「この壁は何か父君であられる陛下に聞いたりはしたのかい」
「あら、するわけないじゃない」
「…………それは何故かな」
「如何にも怪しげな場所よ。行っては駄目と制止がかかるのは容易に想像できるでしょう」
それに、せっかく自分で見つけた興味深い場所。謎は自身で解き明かすものだ。
「本当に危険だったらどうするんだ……」
「本当に危険な場所というのは、かなり高度な封印魔法がかけられている場所を言うのよ。今回は認識阻害魔法ですから、問題はない筈」
「……その自信を信じるよ。けど、少しでも危険だったら大人しく帰ること」
「わかったわ」
強く頷きながらウィルを見上げる。
「……………はぁ」
溜め息が聞こえた気がしたが、丁度壁の前に着いたことから興味がそちらへと即座に移る。
「よし、やるわ」
「気を付けてね」
ウィルに見守られながら、高度な認識阻害魔法をはがすことに挑戦し始める。
壁の向こう側がどのようなものか想像しながら、魔法を放つ手に力を込めたのであった。