37. 追憶する姫君④
手紙を送ってから1週間が経過すると、ウィルからの返事が届いた。正直返事はないと思っていたので驚いていた。
手紙が届いたことが父の耳に入ると「思った以上に親しくなっているようでよかった」と安堵の声色で告げられた。
私の意図とは異なるものの、上手くいっていると認識してもらえたのはありがたい。
自室で封筒を眺めながら、不思議な感情に浸っていた。初めての文通で、返ってきた手紙。封筒一つから感じられるデューハイトン帝国とエルフィールド国の違い。それが面白くて観察していたが、せっかくもらった手紙なので開封してみることにした。
「…………わぁ」
中身を取り出すと、中には手紙だけでなく押し花が入っていた。ウィルが押し花をする趣味があるという話は聞いたことがない。だが、疑問の答えは手紙に記されているだろう。そう思い読み始めることにした。
『ヴィーへ
とても面白い手紙だったよ。形式を無視した自由な書き方は向いてるんじゃないかと思うほどにね。敬語で返事を書こうと思ったけれど、面倒に感じたのでこのまま書くね。
建国祭が始まったよ。デューハイトン帝国ではこれが夏の始まりを告げる行事なんだ。花に関してはわからないから調べてみたけれど、我が国では“朝顔”が夏の花になるみたいだ。探してみたら割と身近な場所に咲いていたから、手紙に添えてヴィーに送るよ。押し花の栞にすればそれが可能だから作ってみた。初めて作ったから出来栄えに関しては甘く見てほしいな。
淑女教育お疲れ様。日々頑張るヴィーは凄いなと思うよ。努力が足りないように感じているみたいだけれど、僕からしたらヴィーは十分王族としての雰囲気を持ち合わせていると思うよ。だからそこは心配しなくていいんじゃないかな。でも、淑女により近づいた君に会えるのを楽しみにしているよ。
どうやら退屈な日々を過ごしているみたいだね。ヴィーの手紙からは僕と過ごす時間は退屈じゃないと取れる。嬉しい限りだな、光栄に思うよ。そうそう、訪問の頻度だけれど考えてみたよ。やはり変えなくてもいいかな。どうやらヴィーも退屈な日々は不満みたいだからね。ご希望に応えるとしよう。
それと自国の貴族に対しても、もう少し考えてみたよ。考えた結果、やはり必要ない交流はいらないと判断したからね。一応報告しておくよ。
王立図書館の話について。
エルフィールド国の図書館はまだ行ったことがなかったな。実質貸し切りならば、是非とも今度案内してほしいものだね。魔法の本が多いのは確かにエルフィールド国ならではだね。もし他国の文化について知りたければ、僕に聞いてくれるといいよ。ある程度知識として兼ね備えているからね。必要ならば本も持っていくよ。これは次回以降になりそうだね。
王城探検か。また変わった一人遊びを始めたね。年齢に合う可愛らしいことをしていて何よりだよ。僕も昔は自分の国の王城で行ったな。もう何年も前の話だけどね。それがいい退屈しのぎになっているのならば良かったね。
エルフィールド王城に関しては、当然だけど
まだ行ったことのない場所が多いからね。ヴィーが案内してくれるのは嬉しいな。けど僕は婚約者とはいえ他国の人間だ。そういう人間を案内できない場所も予め確認しておくことを進めるよ。
興味深い壁を見つけたみたいだね。高度な認識阻害魔法がどのようなものか僕にはそれが何かよくわからないけれど、危険なものでないことを祈るよ。君が望むのならばどこにでも付き合うけれど、危険だと感じたらすぐに引き返すからね。
僕はとても優しいからね。そこまでヴィーが気になるならば、探検とやらに付き合うよ。その代わり、怪しげな場所の探検はそこに限らず保留にしておくこと。一人で進まずにね。面白いことは是非とも共有すべきだろう?だから二人でその先へは行こう。次に訪問する時が楽しみだな。
話は建国祭に戻るけれど、この賑やかで華やかな僕とは合わない日々が終わり次第そちらへ向かうよ。本当なら今すぐ行きたいけど、一応これでもデューハイトンの王子だからね。義務だけ果たしてくるよ。
返事を楽しみにしてくれて何よりだ。それで、実際に読んでみてどうだったかな。この感想は次に会う時直接聞くとしよう。
早くヴィーに会える日が来ることを願うよ。
体調に気を付けてね。では。
ウィリアード』
最後まで読み終えると手紙をそっと置き、再び押し花に手を伸ばす。
「…………本当に初めてなのかしら」
思わずそう呟いてしまうほど、押し花の栞は完成度が高かった。青色の綺麗な朝顔はその姿を乱すことなく、美しいまま栞になっていた。
「……夏の花だ」
フィーディリア以外の季節の花を初めて見る。そこから感じる、何にも変えられないが深みのある知識を手に入れられた嬉しい気持ち。それが心を満たしていた。
手紙を読んだ他の感想としては、相変わらず上手い言い回しで面白がっているなという感じであった。本心かはわからないが、婚約者っぽいことまで書いていたので読んでいて全く飽きない手紙であった。
ウィルが変に形式張らずに自由に書くことを求めた理由がわかった気がした。
自分の書いた手紙にきちんと返事が返ってくる。文通の仕組みを身を持って体験できたと同時に、この気持ちが高揚する出来事は続けても悪くないなと感じるのであった。