34. 追憶する姫君①
ロゼルヴィア時代の回想編です。少し続きます。
私───ロゼルヴィアとウィリアード殿下の婚約が決まったのは、私が10歳で彼が12歳だった。
エルフィールド国の姫として生まれた上に兄弟がいなかった為、将来この国を背負うための教育を幼い頃から始めていた。10歳を迎えるまでは一切婚約話を聞かなかった。だから初めて聞いた時は少し動揺した。てっきり、国内の有力貴族の子息が相手だとばかり思っていたからだ。
婚約話を告げられて1ヶ月が経つと、初対面の場が設けられることになった。わざわざ相手であるデューハイトン帝国の王子が来てくれるようだった。
エルフィールド国とデューハイトン帝国は少し離れた場所に位置している。同じ大陸にあるものの、互いの国に行こうとすれば4日はかかるだろう。とは言えエルフィールド国の者は移動魔法を使えば一瞬で着けるので、基本はこちらからお邪魔する。だが、今回の顔合わせはデューハイトンの王子が自らの足で来てくれるのだった。
王城の自室で人に会うために準備を始めるも、初めて会う国外の人かつ婚約者ということで緊張をしていた。
「……変ではないかしら」
「大丈夫ですよ姫様」
「完璧にございます」
周りに控える侍女達は微笑ましく見守っているが、私の内心だけは穏やかではなかった。
「どのような人なのかしら」
あまり外の情報に触れる機会が少ない私にとって、デューハイトンの王子というのが唯一知っていることだった。
「私たちも存じ上げませんね。デューハイトン帝国とエルフィールド国そのものの仲は良いものですが」
長年に渡る交流で、デューハイトンとの親交は深まっていった。この婚約は双方にとって満を持したタイミングのものなのだろう。
「情報は少ないですから、取り敢えず会うしかありませんね」
「楽しみですね、ようやくお会いできるのですから」
「……そういうものなのかしら」
「そうですよ」
特段会ってみたいと感じたことはない。いずれ会うことになり、それが近いうちであることは予測できた。多少誤差はあったが。
「……一緒にエルフィールドを守ってくれる人がいいな」
求めるのはそれだけだ。
王族として生まれて課せられた唯一の使命。それを共にやり遂げてくれる人であれば、後は多くは望まない。
呟きが消え去るように、無理矢理に緊張をかき消した。
「……行きましょう」
準備を済ませて部屋を出る。
小さな体に覚悟を抱えて、対面を迎えた。
どうやら丁度到着したようで、すぐにでも挨拶は可能とのことだった。先ずは国王である父に謁見を兼ねた挨拶を済ませているようで、隣室でそれが終わるのを待っていた。終わり次第、こちらに来るようだった。
おさめた筈の緊張が少しずつ戻ってきてしまう中、顔に出さないように葛藤していた。
淑女教育は絶賛学び中で、まだ綺麗な笑顔を張り付け続けるのは上手くできない。どうにか視点を定めて心を落ち着ける。顔も不自然にひきつらないようにするが、どうも上手くいかない。両手で頬をマッサージして表情筋をほぐす。
「……姫様」
それに少し夢中になっている間に、どうやら謁見を終えた王子が部屋に来ていたようだ。慌てて席から立ち上がる。近づいてきた王子に挨拶をする。
「遠路はるばるお疲れ様でした。お初にお目にかかります。エルフィールド国王女、ロゼルヴィアにございます」
動揺と焦りを一切見せずに挨拶をこなす。
「ご丁寧にありがとうございます。では僕も。お初にお目にかかりますロゼルヴィア王女。デューハイトン帝国第2王子、ウィリアードです」
12歳にしてはとても大人びた声色と雰囲気を持ち合わせる王子。柔らかな笑みで挨拶を交わす姿はかなりの余裕を感じられる。
「座りましょうか」
「そうですね」
私の心情もあいまって固い雰囲気になってしまう。それでも穏やかな雰囲気にしようという心がけを相手から感じられる。
「…………」
そう言えば、話す内容を事前に何も考えてこなかった。こういう二人だけの場は初めてなこともあり、どういった話題から入るのが正しいのかわからない。頭を悩ませながら最適な話題を急ぎ見つけようとする中、思いやりを乗せた言葉が届いた。
「顔合わせと称していますが、気楽に話したいことを話せればと思っています。最初ですから。まずは、ゆっくりと距離を近づける方向でいきませんか」
「……はい、そうしましょう」
「良かった」
優しそうに微笑む姿さえも幼さを感じず、立派な紳士に見えた。
「実はこちらに数日滞在させていただくんです」
「そうでしたか」
「はい。ですので時間は思っているよりはあるかと。そして、できれば毎日少しの時間で構わないのでお会いできればと」
それを含めてゆっくりと距離を縮めたいとのことだった。
「もちろんです」
「ありがとうございます」
初情報に少し戸惑うものの、特に断る理由もないことから提案を受け入れる。
「何かロゼルヴィア姫からはありますか」
「私から……そう、ですね」
一瞬悩んで、正直な胸の内を話した。
「実は、どのような話題をあげればよいかわからなくて。何分、このような場は初めてなもので」
「では、初めは僕から色々とお聞きしても良いですか」
「もちろんです、お願いします」
「それでは初歩的なことから……」
好きな食べ物や色、最近の変わった出来事、お互いの国について等を話した。
そして話題は魔法について。
「ウィリアード殿下は魔法をご覧になったことはあるのですか」
「はい。と言っても機会は数少なく、しっかりと間近で見たことはありませんが」
「何か見てみたい魔法はありますか」
「そうですね……面白い魔法ですかね」
何とも範囲の広い答えだ。
今私が身に付けているものの中で変わった現象を起こせるか……と思案してみる。
「……では、こういうのは如何でしょうか」
そう言うと、立ち上がる。
「……?」
立ち上がり殿下の方を向くとくるりと一回転をした。
「……えっ」
行ったのは本当に簡易的な魔法。認識阻害魔法の一つで、着ているドレスの色を回った瞬間に変えたのだ。
「とっても簡易的なものですけれど」
「凄いですね……近くで見ても?」
「構いませんよ」
言葉通りゆっくりと縮むと思っていた距離は、予想よりも早く狭まった。会話の最後には魔法を見せるほど、少し気が置けない仲に近づいたのである。