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31. 踏み込むべき領域

本日からまたよろしくお願いいたします。


 その後のベアトリーチェ嬢の判断は早く、私は即座に別館へと戻された。


 気を失っているうち戻せば、何事も起こらなかったという状況になると考えたのだろう。ご丁寧に部屋のベッドまで運ばれたのは、そういう意図的なものに感じた。


 ベアトリーチェ嬢一同が別館から静かに去って行くが、大公家の使用人達に気付かれる様子はまるで無かった。いつもなら別館にも人は一定数いるが、今日という日は本館に人が集まった。両別館には必要最低限の人数しか配置されていない。


 今回のことを無かったことにするのならば、こちらもそのつもりだ。自身の正体へと遠ざかるのだからありがたいものだ。


「…………んっ」


 大きく伸びをしてベッドから下りる。お嬢様の部屋で待機していようと考えて向かった。


 まだまだ夜は長く、恐らくお嬢様の選考は始まったばかりだった。


「……心配ないか」


 今回の選考はお嬢様にとっては慣れたものだろう。不安そうに最後まで学んでいたところを見ていたが、欠点一つ無くどれも完璧だった。あの姿から悪い予想はつかない。


「…………それより」


 今心配しないといけないことは他にある。増えてしまった謎についてだ。どちらかというと謎が増えたことよりも、解き明かす方法が限られていることが問題だがこれはどうしようもできない。

 

 ラベーヌ家の裏側に関してはベアトリーチェ嬢以外に関係者がいない。だからまずはエルフィールドから手を付けよう、そう思った。


「何だろう、嫌な予感がするのは」


 独り言として呟くも、日に日にどこかそんな気持ちが大きくなっていっているのだ。田舎で何もない穏やかな生活から一変したことが原因かもしれない。だが、勘に近い感覚に一つ決意をする。


「……特訓しよ」


 もうどれくらい長く大きな魔法を使っていないだろう。


 魔法は使わないと鈍るものだが、染み付いたものであれば何とかなる。それが今まで対処で使ったものだ。技術を必要とするものばかりで、範囲が小さなものがほとんどだった。これらは昔も何度も使った為に問題なく使えたが、そうでない魔法がある。それが攻撃魔法を始めとした広範囲魔法だ。


「そうだ、あの森使うか」


 特訓するにもここでするわけにはいかないが、どこか適当な場所はないかと考えた。

 あの森は本当に人気がないものだった。屋敷からも離れている。これ以上の適所はない。


 部屋に移動魔法設置で繋げて、その上から結界をはればスムーズに行くことができる。朝にでも早起きして特訓をするか……と一人で考え始めた。次第に夜は深まっていった────。















 馬車が正門を通る音で思考の世界から目覚めた。


 どうやらお嬢様が戻ってきたようだ。ここから馬車やお嬢様を見ることはできない。だが、相当疲れていると考えて着替えなどの準備を急いで始めた。


 少しすると部屋に向かう足音が聞こえた。


「ただいま、シュイナ」


「おかえりなさいませお嬢様」


 想像よりも元気そうに見えるお嬢様は、どうやら選考を終えられて安心しているようだった。


「どうでしたか」


「できる限りのことはできたわ」


 やりきった表情を見ると、選考は問題なく終えられたようだ。さすがに会場での妨害は無いだろうと踏んでいたが正解だったようだ。


「久しぶりのパーティーということもあって、大変な部分もあったけど楽しかったわ」


「それは何よりです」


「ここでの学びも活かせたから満足だわ」


 安心に喜びが混ざったような笑みを見せるも、やはりそこから疲れをも感じられた。


「お疲れ様でした。とにかく今日はおやすみください」


「…………そうね」


 化粧を落として着替えを済ませ、就寝準備を終えたお嬢様は疲れているのにどこか眠くはないという雰囲気だった。


「……シュイナは本当に完璧な()()ね」


「お褒めいただきありがとうございます」


「……でも、時々寂しくなるわ」


「何か不手際がありましたでしょうか」


「いいえ、完璧ですもの。不手際などどこにもないわ」


 優しく首を横にふるお嬢様。


「でも、あくまでもシュイナは()()でしかいてくれない……。それが寂しいの、何だか距離を感じて。悪いことではないのだけど。でも……もう少しでいいから、踏み込んで欲しいと思ってしまうの」


「踏み込む、ですか」


「そうね、砕けて言えば友人のような関係かしら。さすがにそこまではシュイナがやりにくいでしょうから求めないけれど」


「お嬢様……」


「シュイナ、貴女はいつだって有能で優秀で、初めて侍女を務めるというにも関わらず完璧な姿を見せ続けてくれた。これは評価すべきことですし、賞賛に値するわ」


 雇用者の一人として強い目線を送るも、すぐさま気の抜けた表情へと戻る。


「だからここからは私のわがままなのだけれど、もう少し私に興味を持って踏み込んで欲しいの」


「それは失礼になりませんか」


「私が許可してるんですもの。しなければむしろ失礼ではないかしら?」


 私の様子を伺いながらも冴えた返しは見事だ。


「わかりました。では踏み込みますね」


「えぇ、もちろん!」


 その笑顔からは疲労は見えずに純粋な喜びだけが、見えた。


 お嬢様曰く、私は何も()()()()()()だとか。


 雇用者であり主従関係でもあるお嬢様の領域に踏み込みすぎるのは当然許されない行為だが、何も聞かないのはそれはそれで関心を持たない人間となってしまうようだ。


 ベアトリーチェ嬢と本館のダンスホールで出くわした時の元婚約者の話題や今日についての深い話題など。お嬢様個人に関しての話をあまりしておらず寂しかったのだとか。もちろん、私個人の話も聞きたいとのことだ。


 取り敢えず今日は眠りにつくことをにして、明日はお互いについて話そうということになった。


 お嬢様との仲が良い方向へと変わろうとしている。

 

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