30. 春シーズンの終わり(ある貴族視点)
前回と同じ方の視点です。
春シーズンの社交界。
今日はその最終日を迎えた。
最終日はいつもよりも早い時間から始まる。昨日大公殿下が久しぶりにパートナー同伴でパーティーへ参加したことから、話題はそれ一色に染まっていた。
貴婦人やご令嬢方だけでなく、我々男性陣の話の内容にまで影響を与えていた。私は友人達三人と、昨日の出来事を中心に会話を楽しんでいた。
「それにしても驚いたな、同伴付きで参加されるとは。てっきり嘘寄りの噂だと思っていたんだよ」
「同じくだ。遂に条件の良い相手を見つけたのか?」
「いや、そうでもないみたいだぞ。昨日近くにいて話がたまたま聞こえたんだが、大公殿下は相手のことをまだ正式なパートナーではないと言っていたぞ」
昨日聞いたことをそのまま話してみる。
「それなんだが、実は今婚約よりも段階が一歩手前らしいぞ」
「どういうことだ」
「婚約話が上がることを縁談が来たとか言うだろ。どうにも、その縁談の話がある令嬢との間で少し前から進んでいたらしいんだ。それがどれくらいかはわからないが」
「待て、それはラベーヌ家のご令嬢ではないのか」
「いや、違うご令嬢らしい」
「そうなのか。初耳だなぁ」
詳細を知る男はそこそこ地位が高い上に、二人の姉を持っているために情報の入りか常に早かった。
「それがリフェイン家のご令嬢らしい」
「リフェイン家か……!」
リフェイン家と言えば、王家と大公家に次ぐ地位と権力を持つ公爵家だ。
「文句無しで納得だな。でも、それなら何故ラベーヌ家が出てくるんだ」
「いや、あのラベーヌ家だぞ。何か言って、割って入ったに違いない」
「あり得そうだな」
「それか、抑制の為かもな」
「確かに」
王家や大公家、筆頭公爵家の考えることは我らがそう簡単に予想できるものではない。だから彼らに関することはよく噂が流れるのだ。その中でも大公殿下は格段に多い。
「もしかして、今日同伴するのは」
「あぁ、リフェイン公爵令嬢ではないかという噂だ」
「正式な婚約者はまだ居ず、候補が二人というわけか」
「みたいだな」
「普通に考えればリフェイン公爵令嬢が有力だが、抑制等の役割を考えたらラベーヌ公爵令嬢も十分あり得るな」
「個人的にはラベーヌ公爵令嬢にして欲しい。ラベーヌ公爵家は何を考えてるかわからない家だからな」
「それはあるな」
ラベーヌ公爵家。
この家は公爵家の中ではあまり力を持たないものの、怪しい動きが年々増加して王家も注視を強めるほどだった。
「これは噂なんだが、今のラベーヌ公爵はあまり良くない繋がりを持ってるとか」
「本当か」
「具体的な話が出てこない所、ラベーヌ家に不満を持つ者が流した作り話かもしれないけどな」
「どうだろうな、案外あり得るかもしれないぞ」
話を深めていく打ちに時間は過ぎ、夕暮れ前から始まったパーティーはすっかり夜空が浮かんでいた。
「おい、お越しになったぞ」
友人の一人が昨日と同じく颯爽と現れた大公殿下に気づく。
隣は噂通りのリフェイン公爵令嬢、フローラ様であった。
「さすがリフェイン公爵令嬢。品があるな」
「社交界に顔を出すのは久しぶりじゃないか」
「だと言うのに美しさはお変わりないな」
これ以上無い美男美女の組み合わせに、昨日とは違う状態で周囲から注目を浴びていた。
昨日が好奇心ならば、今日は思わず目を引き見とれると言った所だろうか。
「おっと、そろそろ婚約者と踊る時間だ。失礼する」
「俺もだ」
「お前は不参加なんだよな」
「あぁ。今日は妹の付き添いなんだ」
20代前半の私達は、結婚を控えている者がほとんどだ。皆連れ添った婚約者とのダンスをしに探しに行った。
私も妹の様子を見に行くも、友人達と楽しそうに話す姿を見て壁際で休憩することにした。
すると、昨日と同じく大公殿下とリフェイン公爵令嬢が近くに来た。必要な挨拶を終えて休憩しに来たのだろう。
ま、また大公殿下が近くに。
偶然が凄いなと感じながらも聞こえる声に耳を澄ませていた。
「パーティーに顔を出せたのは久しぶりです」
「色々と迷惑をかけた、すまないな」
「いえ。とんでもございません」
よくわからない話から始まってしまった。
「…………恐らくだが、まだ続く」
「心得ております」
「負担をかけるようで申し訳ない」
「覚悟の上ですわ」
昨日のラベーヌ公爵令嬢と違って話が続いている。
「何か聞きたいことは」
「お心遣いに感謝します」
「……そうか」
話が続いてはいるが、どこか淡白なやり取りにも思える。
「……拘束してすまないな。もう大丈夫だ。本日分は終わりになる。後は時間まで自身の友人に挨拶をしてくるといい」
「そうですか。ではお言葉に甘えて、失礼いたしますね」
そう一礼すると、リフェイン公爵令嬢は女性の集まる場所へと向かっていった。
幸いにも大公殿下もリフェイン公爵令嬢も私のような一貴族は何も気にならないようでよかった。
そろそろ私もここを離れて妹を迎えに行こう。その前に、一目大公殿下のご尊顔を……そう思いチラリと目をやった。
「………………………………ヴィー」
いつも無表情で何も読み取れないその姿は、どこか寂しそうな顔に見えた。
そんなことあるわけないか、とすぐ考えを打ち消して妹の所へ向かった。