表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/79

28. 涙と背景


 こんな森の奥深くに来るとは正直予想外だった。薄気味悪い森など、普通なら令嬢は嫌がるだろうに。


叫んだと思ったら、嘆き始めるベアトリーチェ嬢。


「嫌な予感がしたのよ。大公家の家紋が入った馬車が正門から出ていくのが見えて、初めは殿下一人ででも参加なさるのかと思ったわ。でも、それにしては邸宅内で騒ぎになってないし、むしろ一仕事終えたという雰囲気で……!」


 計画が失敗したということに嫌でも気づき始め、相当焦って誘拐場所(こちら)へと来たのだろう。


 嘆きは段々と怒りへと変わり、選択を誤った実行犯達へとぶつける。


「どうして間違えたのよ!」


「も、申し訳ありません」


「何分姿が似ていたもので……」


「令嬢と侍女をどう見間違えるのよっ!」


 頭に血が上っている彼女への弁明が無意味と判断したのか、それ以上はただひたすら謝り続けることにした実行犯。


「貴女もよ、どうしてこんな役立たずを雇ったのっ」


「私の人選ミスにございます」


 怒りは契約魔法で精神状態が通常ではない教師に飛び火した。


 その似たようなやり取りが繰り返されていた。怒り疲れたベアトリーチェ嬢は遂に項垂れる。


「……侍女なんて何の意味もないじゃない。フローラ様を連れて来ないと、フローラ様でないと駄目なのに」


「誠に、申し訳ありません」


「すみません……」


 ベアトリーチェ嬢の迫力に押されたのか、それとも元から弱気な者達なのか声はどんどんか細くなっていった。


「………………もういいわ。一人にしてちょうだい。少ししたら侍女が目覚めるまでに邸宅へ送り返して。今回の計画は無かったことにするから」


「「は、はい!」」


「落ち着いたら戻るわ。貴女は来た馬車で待機していて」


「かしこまりました」


 言葉通り一人になると思えば荷台の後ろに座り込んだ。そうすると厳密には一人ではないのだが、寝ている侍女()は数に入らないのだろう。


「…………どうにかしないと」


 呟く声が聞こえる。

 また聞き耳を立てているようで、今回ばかりは罪悪感が増してしまう。


「…………もう、後がないわ。いつ捨てられたっておかしくないのに」


 そう弱々しく吐露する声は初めて見るもので正直困惑してしまう。


「…………私に、私にもう少し魔力があったらな。一人で生きていけるくらい強い存在だったら……良かったのに」


 その口調と声色は、とてもいつもの令嬢のベアトリーチェ嬢の姿ではなく一人の少女のようで。言葉の一つ一つに込められた寂しさが、何だかとても私の胸をえぐった。


「……………駄目だったら」


 そう呟いた瞬間、ポタリと落ちるそんな音が聞こえた気がした。


 …………涙、だろうか。


 目を開けることはできないが、どこか声を押し殺して泣く姿が想像できる。


「…………ころ、……っ」


 声は涙と混ざりはっきりとしたものが聞こえなくなる。それでも彼女が今抱える数々の感情がわかる気がした。


 泣くだけ泣いたのか、少し立つと立ち上がり自身の馬車へと戻っていく。


「…………」

 

 まさかこのような場面に遭遇するとは思いもしなかった。


 正直、聞きたいことが山ほどある。


 それができないもどかしい気持ちは、過去最高潮にまで大きく膨らんだ。


 涙する姿を見たからと言って、お嬢様への発言を許せるわけでもなく、今までの行動を見逃すことができるというわけでもない。だが、少しの同情心と疑問が生まれたのは確かだ。それよりも心の多くを占めたのは、彼女の境遇への謎と何もできなかった申し訳なさ。


 途端、心が急速に沈んでいく。


 仮にもベアトリーチェ嬢……彼女はエルフィールドの国民だったのに。魔力が少ないならば相当な苦労をして生きてきた筈だ。現在の年齢が私とあまり変わらないことから、十数年はその苦しみに耐えてきたのだろう。


 魔力の少ない者。

 教えを信じて、信じ込んだ結果、彼女に会って初めて知った存在。


 私は仮にもエルフィールドの王族だった。

 それなのに、民である人々を救うことができずあまつさえ自分だけが生き残りのうのうと生きている。最低な人間なのではないか。その上、また無意識に、やっと出会えた生き残りであるベアトリーチェ嬢(彼女)を何も知らないまま追い込んでいる。


 彼女に何か深い事情があるのは明らかだ。

 そんな状況にまで追い詰めてしまった。原因の一つにはきっと、エルフィールド王家()がある。


「………………(ごめんなさい)」


 謝ったところで何も取り戻せないことはよくわかっている筈なのに、そう思わずにはいられなかった。


 ベアトリーチェ・ラベーヌ。

 

 私はてっきり、ベアトリーチェ嬢が自身の魔力を売りにしてラベーヌ家に取り入ったのかと思った。そうすることでラベーヌ家は他にない圧倒的な武器を手に入れることができる。それならば、彼女はもっと優遇されて大切にされる筈だ。


 あれだけ未来を案じているのは、何か理由があるから。


「…………(ラベーヌ家)」


 思った以上に、ベアトリーチェ嬢の背景は深く暗いものではないかと感じてしまう。


 エルフィールド(自国)の他に、ラベーヌ家についての謎と疑問が深まった。


 この二つの謎について明らかにする必要がある。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ