24. 強かな一面
ダンスレッスンは本館にある大きなダンスホールで行われていた。将来的に、大公家でパーティーを催すことになったらここが会場だろう。
その入り口に腕を組みながら、ベアトリーチェ嬢は立っていた。
「……ご機嫌よう、ベアトリーチェ様」
嫌味を受けたにも関わらず、一ミリも動じずに笑みを向ける。
「踊る可能性は少ないと言いながら、ダンスレッスンはしっかりと受けてるのですもの。万が一に備えることは大切ですけど、何が本音なのだかわかったものではありませんね」
ベアトリーチェ嬢の後ろには、この前呼び出された時に背後にいた二人の侍女が変わらずいた。見下すような眼差しはベアトリーチェ嬢のみでなく、侍女からも感じられた。
それを見て心の底から叫びたくなる。
馬鹿にしたければ、一つでもお嬢様に教養面で勝ってからにしなさい……と。ベアトリーチェ嬢もだが、後ろの侍女に関しては彼女以上に教養が欠けているように思う。侍女としての教養は恐らく間違ったことを身に付けているのではないか。
「パーティーでは大公殿下のみならず、他の方からも申し込みがあります。それに備えても学んでいるのですよ。大公殿下の仮のパートナーとして下手なダンスはできませんから」
これぞ、正論。
顔に出すことはしないが、ほんの少しお嬢様は怒っている気がした。後ろ姿しか見えない状態で確信はできないが。
「それはもちろん大切ですわね。ですが、大公殿下を愛しているのならば断るべきでは?公爵令嬢であれば気に入らない誘いは断れますもの。私は殿下以外とは踊れませんわ」
何だか持論を持ち出してきたベアトリーチェ嬢。これはあくまでも彼女の考える愛の形だあって、それをお嬢様が受け入れる必要はない。別に、パーティーでパートナー以外の男性と踊ることは不誠実な行動では全くない。
「独特な思想をお持ちなのですね」
見事な返しに吹き出したくなるが、堪える。
「あら、こう考えるのが最近では主流ですのよ?ご存知ないのかしら」
「えぇ、残念ながら」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、ベアトリーチェ嬢がこちらに向かい始めた。侍女達はそれを止めることなく、扉付近で楽しそうに見ている。
「それはそうよね。フローラ様は長い間婚約者ができなかったのですもの。皆様が貴女のことを裏で何と言っていたか知ってますこと?不幸物件ですわ。高い地位にありながら、選び放題だった状態でできた婚約者候補様はお亡くなりになられたんでしたっけ?もしかしてフローラ様のことが嫌で自害されたのでは?」
到底聞き捨てならない言葉だ。
あまりの言いように、私の怒りが頂点に達しそうだった。とっさに何か代わりに言い返そうと足を踏み出す。
「……シュイナ」
しかし、お嬢様により制される。
表情が見えないが、お嬢様が傷ついたのは確かだ。
「……ベアトリーチェ様」
「何かしら、弁明でもあるの?」
「貴女は本当に、当日の大公殿下と踊れるほど自分に魅力があると思っているのですか」
「当然よ?」
「……身の丈にあった願いを持つことを進めますよ」
「……何ですって」
お嬢様はゆっくとベアトリーチェ嬢に近づき、その距離は隣り合わせと言えるほどだった。
「わかっているでしょう。私と貴女ではどれほど頑張ったところであの方にはなれない。それどころか代わりとも思ってもらえないのよ」
「……!!」
お嬢様がベアトリーチェ嬢の耳元で何か囁くが、距離があり聞こえない。向こうの侍女達も同じようで顔に「何を言ってるの」と書いてある。
「ラベーヌ家は夢を見るのがお好きなようですね。見るのはご自由でしょうけど、身の丈というものを一度考え直した方が良いと思うことを助言させていただきます。次の授業があるのでこれで。お互い頑張りましょうね」
今度は大きくも柔らかく、諭すような声でベアトリーチェ嬢に告げる。
「シュイナ、行きましょう」
「はい、お嬢様」
言われっぱなしで終わらなかったお嬢様に拍手を送りたい。しかも、対処法も鮮やかであった。相手が挑発した内容を聞いていないとばかりに触れず、綺麗に話を戻したかと思えば助言と言う名の苦言を述べた。見事な振る舞いである。
「…………っ!!」
お嬢様の後を足早に追いかける際に、ベアトリーチェ嬢の表情が見えた。
悔しさと恥ずかしさの他に何か黒い雰囲気を感じたものの、一瞬であったために確認ができなかった。
ダンスホールから出て扉を閉める。
歩き始めてホールから距離ができたところでお嬢様は溜め息をつかれた。
「……はぁ」
「お見事でしたよ」
「あまり褒められたことではないわ。嫌味を言ってしまったのですから。淑女らしくなくね」
「……確かにそうですが、特に誰に見られていたというわけではないですよ。それに仕掛けてきたのはあちらです」
「……そうね」
少し落ち込んだような雰囲気で次の授業へと向かう。
「そう言えば、先程耳元で何を囁かれたのですか」
「………………何だったかしら、緊張していて自分が何を話していたか飛んでしまったわ」
「大丈夫ですか、お嬢様」
「えぇ。学んだことは覚えてるから平気よ。でも、やはり私は人と言い合うのは向かないわ」
「確かに似合いません」
「それは褒めているの?」
「最大の褒め言葉にございます」
「ふふ、ありがとう」
少しだけ笑顔が戻った気がした。
お嬢様は何とか気持ちを持ち直して、今日の分の授業を終わらせるのであった。
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