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21. 唱え続ける想い


 時刻は13時を過ぎ、リフェイン公爵令嬢(お嬢様)主催のお茶会が始まった。


 天気の良さから庭園で行われる。そこから少し離れた場所で大公一同は観察していた。あれだけ離れていれば、ベアトリーチェ嬢の魔法という名の些細な異変に気づくことはないだろう。それは私の魔法も同じだ。


 ────どうか、リブル夫人がラングドシャを口にしますように。


 強制ではないが、お茶会の暗黙のルールとして定められた作法がある。まずは主催が自ら淹れた紅茶を飲み、それに合うと用意されたお菓子を食べる。その一連の流れで教養を計るのだ。今回はお菓子を二つ用意した。感想を述べるために、用意された分食べるのが良しとされる。だが、今のリブル夫人は正常ではない。万が一にでもヌガーしか手につけて貰えなかった場合、次の手段を取るしかなくなる。


 不安を抱えながらもお嬢様を見守る。


「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」


 始まりの挨拶を述べると、次に簡潔な自己紹介が始まった。

 普段のリブル夫人を知らないために、どこまで正気を保てているのか不明だ。その上、ベアトリーチェ嬢からどのような願いを聞かされたかわからない。

 見守ることしかできないもどかさに耐えながら、お嬢様の紅茶を淹れる手際の良さを眺める。相当できが素晴らしいようで、リブル夫人を除く他のご夫人方の反応は良いものだけだった。


「今回用意したのはミントティーです。それに合わせて、ヌガーとラングドシャを添えました。どうぞお楽しみください」


 ただひたすらリブル夫人の手元を穴があく程見つながら、ラングドシャ……ラングドシャ……ラングドシャと心の中で唱え続ける。冷めた顔つきでミントティーを飲む姿からは不安を感じる。

 気づかぬうちに、重ねた手に熱気が溜まりはじめていた。


 リブル夫人は紅茶のカップを置くと、お菓子に手を伸ばした。


 再びランドグラシャを強く唱え続ける。


「…………!!」


 想いが通じたのか、夫人は躊躇うことなくラングドシャを手にし口の中へ入れた。


「…………よし」


 周囲の誰にも聞こえないほどの声で安堵をこぼす。人目を気にせず大きく喜びたい衝動を抑え、再びリブル夫人に注目する。


 すると、リブル夫人の表情が変わり出した。契約魔法が解除される音が私にだけ聞こえる。


「…………リブル夫人?お口に合わなかったでしょうか」


 反動で思考がまとまらなくなった夫人は、焦点を合わせようとするも周囲から、様子のおかしさを心配されてしまう。


「……いえ」


 混乱しているはずなのに、その様子をすぐさま隠して見せない動きに感心する。流石トルム国を代表する淑女だ。


「ミントティーにヌガーとラングドシャとは素晴らしいですね」


 それどころか、瞬時に状況を判断して溶け込む姿は賞賛ものだ。


「ありがとうございます」


 後ろ姿で見ることができないが、きっと満面の笑みを浮かべられていることだろう。

 

 取り敢えず、何とか一段落つけた。


 そういえば、と気になり大公の方を少し見る。遠目だからあまりはっきりと見えないが、心なしか普段より穏やかな雰囲気を感じた。気のせいかもしれないが。


「まぁ、トルム語がわかるのですか!」


「ほんの少しですが」


 無事打ち解けられた様子を見れて、安心すると同時に悔しさが込み上げる。


 今回の選考に、勝敗をつけることができなくなったからだ。


 負けることはなくなったとはいえ、勝つこともできなくなった。というのも、リブル夫人がベアトリーチェ嬢のお茶会を曖昧な評価にしか下せなくなったからだ。


 契約魔法を使われた間の記憶は、朧気であるが覚えているものだ。そうなると、リブル夫人は自身がベアトリーチェ嬢に対して放った言葉は一つでも覚えているはずだ。聞き耳を立てて得た使用人の話では、リブル夫人はベアトリーチェ嬢を大層褒めていたとされる。そうなると、発言を今更撤回することもできないので無難な評価をするしかないのだ。「私は契約魔法にかけられていた!」と告発の上に証明ができれば一番良いが生憎な話、リブル夫人がそれに気づくことは不可能だ。魔法使いでなければ契約魔法の有無をわかることはない。だから感覚としては今日は何だか調子が悪いになってしまう。

 エルフィールドがまだ存在していた頃は、他国で契約魔法などの精神干渉魔法を使うことは固く禁じられていた。

 止める者がいない今、ベアトリーチェ嬢としても手段は選ばないのかもしれない。


 ぐぅ。


 頑張りすぎたせいかお腹が寂しく鳴った。

 幸いにも、お嬢様達とは距離があったために気づかれることはなかった。

 だが、視線の先にたくさんあるお菓子を見るとお腹がどんどん空いてきてしまう。

 先程までラングドシャと唱え続けたせいか、無性にラングドシャが食べたくなった。

 

 空腹に耐えながら、最後までお茶会の行く末を見守るのであった。 

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