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20. 魔法のお菓子

 

 迂闊だった。


 その一言に尽きる。ベアトリーチェ嬢に対する警戒心は常に持ち歩いていた。だが、その対象者はあくまでもお嬢様で広い視野で考えることができていなかった。お嬢様の身の安全を第一に考えて固執しすぎたせいで、先手を打たれてしまった。


 お茶会の場であれば、相手に自分の名を呼ばせる流れを作りやすい。簡単に契約魔法を使って主従とできるのだ。といっても、ベアトリーチェ嬢の魔力の弱さからはそこまで完璧な関係は作れないと推測できる。


 どんなことも問答無用で従わなくてはならないのが契約魔法でつくる主従関係だが、何かをして欲しいというお願いの範囲であれば微力な契約関係でも成り立つ。恐らく「私のことを褒めて欲しい」「お茶会での選考を有利にして欲しい」という願いを込めたのだろう。そしてその控えめと取れる願いが上手く作用している。いかにも操られている感がでていないのだ。夫人の一個人としての意見に留まっている。


 ベアトリーチェ嬢の魔力では、その願いを魔法で叶えるのも一人が限界ということがわかる。先程の使用人の話では、ベアトリーチェ嬢を褒め称えていたのはあくまでもリブル夫人のみということだった。他のご夫人方に使う力が残っていなかったのだろう。

  

 やはり、ベアトリーチェ嬢の魔力はおかしい。私の中にある常識に反する。エルフィールドの普通の魔法使い達と力が違い過ぎるのだ。基準とされる魔法使いの力でも、お茶会の招待客全てと契約魔法を結べただろう。それも厳重な主従関係を。


 それができない上に、発動した時に一定の範囲内で感知が不可能な魔法は()()()()()()()()。邸宅内で行われているのだから感知できるはずだ。


 謎が深まる中、考察を後回しにする。今必要なのは対処法だ。微力な魔法とはいえ、魔法に変わりはないのだ。このままでいけば、お嬢様は勝つことが不可能で不本意な負け方となるだろう。負けること、それだけは何としてでも阻止しなくてはならない。


 しかし、魔法解除を上手く行う方法がみつからない。派手に行えば多くの人に存在がバレるだろう。そうでなくても、ある程度力を使えばベアトリーチェ嬢に気づかれる可能性がある。

 

 正直言って八方塞がりだ。

 どうすべきか結論がでないまま部屋へたどり着いてしまった。


「ただいま戻りました」


「おかえりなさいシュイナ」


「ヌガーとラングドシャですが、複数の味を準備していただけました」


「まぁ、それは良かった」


「それと、料理長がお嬢様のことを褒めていらっしゃいました。流石だと」


「大公家の料理長はお世辞が上手ね」


 恐らくお世辞ではないものの、今はそれを補えるほど心に余裕がない。


「そろそろ終わる頃ですね」


「上手くいったのかしらね……」


 その問いかけの答えを知っているが、余計な荷物にしたくないために無難な表情で返す。


「私は私……自分を信じて頑張るわ」


「応援しております」


「ありがとう」


 本番はお嬢様から少し離れた場所で待機することになっている。直接触れる機会はまず無い為解除自体難しいものとなる。

 離れて行うことも可能だが、そうすると使う魔力量が増えるためにベアトリーチェ嬢に気づかれる可能性がある。


 そう考え込んでいるうちに、お嬢様が何かを腕につけた。


「……お嬢様、それは?」


「ブレスレットよ。リフェイン家の家紋が記された装飾がついてるの」


「家紋が……」


「えぇ。御守りは何個あってもいいでしょう?」


「そう、ですね。お嬢様、そろそろ時間かと」


「あら、本当だわ。それでは設備に取り掛かりましょう」


「はい。紅茶の準備をした後お菓子を運びます」


「えぇ、お願いね」


 強い眼差しでそう告げると、大公家の使用人と共に会場へ向かった。

 私も茶葉を手にして本館の調理室に向かう。

その足取りはとても軽いものであった。先程の会話で、幸いにも解決策が見出だせたのだ。


「家紋……」


 その言葉をヒントに()()()()を思い付く。それを実践するためにも、先程よりも足早に向かう。





「失礼致します。お茶を淹れるので調理場をお借りしてもよろしいでしょうか」


「はい、もちろんです。菓子類はここに置いてあります。申し訳ないのですが、片付けに回らなければならず」


 申し訳なさそうに料理長と周囲の料理人が頭を下げる。


「大丈夫です、ありがとうございます」


 むしろこれからする事は人目がない方がいい。好都合だ。


「よし」


 ミントティーを淹れるのに必要な茶器と茶葉を揃える。


 お菓子の用意は料理人の手を借りていいとされたのは、お茶会のメインは主催者自ら用意する紅茶だからだ。お菓子はあくまでもそこに添えるものに過ぎないため、そこは何をしても特に大きな評価には繋がらない。既製品を用意しても良いくらいだ。


 だが、紅茶は異なる。


 たかがお茶一つに、主催者の教養の程度が明らかになる。紅茶の種類や淹れ方はほとんどの国で共有のマナーが存在することが大きいだろう。


 本来ならば、これで私の仕事は終わるのだが何せ緊急事態のために終わらない。


 お菓子は一人ずつ最初から取り分けられている。綺麗にラングドシャとヌガーが並べられている。


 そのラングドシャを手に取る。

 クリームをクッキーで挟んでできるこのお菓子を選んだことが幸いした。


 別館の調理場同様、結界を作る。

 

 そして、クッキーの上部分をそっと外して魔法解除の魔方陣を書き始めた。


 難易度は異常な程に高い。美しく整えられたランドグラシャを壊すわけにも行かないので、全て魔法で浮かせている。手で直接描くことも不可能ではないが、衛生上の問題を含めて全て魔法を使う。


 ここまで色々魔法を使えばいよいよバレる可能性が浮上するが、どれも低級魔法の組み合わせであり、後は技術でどうにかしているので魔力が残ることはない。


 ラングドシャ自体には僅かな魔法がかかってしまうが、これを食べるのはお客様のみ。少なくともベアトリーチェ嬢の手に渡る可能性はないので問題はない。


 契約魔法と重なることで発動するような仕掛けを施す。こうすることで、他のご夫人方には何の影響も出ずただのラングドシャとして味わってもらうことができる。ただ、どのお皿がリブル夫人の元に行くかわからないために、用意されたランドグラシャ全てに作業を行う。


「………………………疲れた」


 魔力よりも技術を有する魔法は、神経を異常な程に使う。おかげさまで今日の残り体力はほとんどなくなってしまった。

 

 全ての用意が終わった所で大公家の使用人達が来て、運ぶのを手伝ってくれた。


 いよいよお嬢様の選考が始まる。

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