16. 一方的な再会と誓い
こんな夜更けにどうやら大公殿下は散歩をしていたようで。
「ウィ、ウィリアード様っ……!」
驚きと共に魔法が引っ込むベアトリーチェ嬢。その声よりも先に、大公殿下に対して頭を下げる。
「声が聞こえたから来てみたけど……何をしているのかな」
この状況から大方は予想が着くだろうが、果たしてベアトリーチェ嬢はどのように言い訳をするのか。
「わ、私も散歩をしていまして。迷っていたところにフローラ様……リフェイン公爵令嬢付きの侍女に出会い、案内を求めていた所ですの」
悪くないが良くもない、無難な言い訳である。
「そう……」
「お、おかげさまでわかりましたわ。では、これで失礼いたします」
色々と問い詰められる前に撤退するのが吉と見たか、一目散に反対側の別館へ向かっていった。
「……私もこれで失礼いたします」
一介の侍女が大公と話すこともないと思い、入り口へと翻す。
「待って」
呼び止められて、一瞬固まった。
もしや、バレたか……と焦る気持ちが現れるよりも前に大公殿下が言葉を紡ぐ方が先であった。
「怪我はないか」
「…………はい、大丈夫にございます」
「そうか。彼女の動向にはこちらも注視しているが、中々全てに口を挟むわけにもいかなくてね」
穏やかに話しているというのに、その声色からは何も感じない。事務的に淡々と告げているように思える。
「……よく、頷かなかったね」
その言葉から察するに、どうやら大公殿下は話の一部始終を聞いていたようだ。
「私が仕えるのはフローラ様ですので」
「……魔法が怖くないのかい」
最もな疑問だ。
フローラ様に仕えようとして止めていった者の多くは、魔法が原因なのだから。
「……フローラ様に仕える侍女である前に、私はアトリスタ家の令嬢でもあります」
「プライドがある、と」
「いえ。アトリスタ家のある田舎で辺境の地には、噂は届きにくいのです。見たこともないもので脅されても、いまいち理解ができぬというもの」
「それは……絶好の機会を邪魔してしまったようだ」
幸か不幸か、私はまだベアトリーチェ嬢が魔法を発動したものを自身の目で見ていない。
ならばここは、ただの無知な田舎者に成り下がるのが手っ取り早い。
「……むしろ良かったと思いますが」
「…………そうか」
話相手であるのだから、多少顔を見ても不敬と取られないと思い少しだけ表情を伺う。
そのタイミングで風が吹くと、大公殿下の髪が静かになびく。深い青と夜空は絶妙に合い、気高さが増す。宝石のように綺麗だった瞳は、輝きを失い寂しさが垣間見えた……そんな気がした。
「リフェイン公爵令嬢は、良い人選をしたね」
「……ありがたきお言葉です」
「…………」
何故だかじっと見つめられる。
対応や返しに不手際があっただろうか。
「アトリスタ嬢は………」
「……?」
「……いや、何でもないよ。引き留めて悪かったね。時間も遅い、気をつけて」
「はい、失礼いたします」
何か言いかけたが特に大切なことでもなかったようで、ようやく私は解放されて自室に戻ることができる。大公殿下から動く気配を感じなかった為に、最後まで気を抜かずに部屋へと戻った。
ベッドに飛び込みたい気持ちを押さえて就寝準備を始める。
大公殿下……ウィリアードの対応から察するに、ベアトリーチェ嬢への好感は少ないだろう。魔法を盾に取られていなければ相手にすらしていないと思う程、ベアトリーチェ嬢への対応は冷めていた。心底どうでもいい、そんな心の声が聞こえてくるかのように。
では、お嬢様のことはどう思っているのか。
これは考えてもわからない。二人とも、それぞれ王族と貴族としての振る舞い方が身に染みついているせいか中々本心が現れない。ウィリアードのお嬢様への接し方は、確実にベアトリーチェ嬢とは異なるものだと思うが、真意までは読み解けない。それは意外にもお嬢様も同じだ。実際のところ、ウィリアードを異性としてどう見てるのかが具体的に掴めない。
そこまで深いことを聞けるほどの仲には、まだなれていない気がして尋ねることもできない。この二人の関係はそっと見守ろうと思う。
「…………別人みたい」
横になって考える。
私の知っている、少年のウィリアードはここまで冷めた人間ではなかった。興味のない相手でも、ある程度は思いやりを持って接していた筈だ。今と比べて随分人間味のある人だったと思う。大公という立場が彼を変えたのだろうか。大人になってかなり変わった彼に対して、自分は何も変わらないなと感じる。
婚約者として10年の間過ごしてきた仲。
今となっては、立場的にも遠い存在になってしまったが姿を見られるだけでもどこか安心してしまう。
「…………恩がある」
私の敵討ちを自然としてくれたウィリアードに対して、自分にできることはしたい。この縁談問題が解決すれば会う機会もなくなるだろう。それまでに、私はできる限りの恩を返そうと決めるのであった。
夜の怒涛のような出来事に心身共に疲れていたのか、いつもよりも深い眠りにつくのであった。
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