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12. 不躾な訪問


 別館に用意されたお嬢様の部屋は、リフェイン公爵家にある自室と遜色がないほど整えられていた。


「さすが大公家ですね」


「そうね……でも、やはり落ち着くのは自室だわ」


 荷解きをしながら部屋を観察する。


「手伝うわ、シュイナ」


「なりませんよ、私の仕事です」


「でも……他にすることがなくて。むやみに出歩けないし、当分は部屋で過ごそうと思っているの。ここは日当たりも良いから」


「確かに、意図しない出会いは避けたいですからね」


「えぇ。それとシュイナ、安心して。きっとそんなに時間はかからない。長居にはならないでしょう」


「言い切りますね」


「私とベアトリーチェ様はどちらも結婚適齢期ぎりぎりだからね。少なくともどちらか一人はこの選考から脱落するでしょう。そうなった時に、次の縁談が必要になるから大公側も配慮しないといけなくなる。だから必然的に長引かせられないのよ。……まぁ、もう嫁ぎ先はそこまで残されていないのだけど」


 それも考えると、今回の選考はやはりお嬢様に勝ち取ってほしいものだ。


「あ、さらっと荷解きを始めないでくださいよ」


「ふふ」


 楽しそうに整理を始めるお嬢様。


「シュイナの部屋は隣みたいね」


「先ほど見ましたけど、あれは侍女が使う部屋じゃありませんよ」


 この部屋には当然劣るが、それでも客室として整えられた部屋であり、侍女が使う部屋ではなかった。


「でも、滅多にない機会だと思ってありがたく使わせていただきます」


 お嬢様の隣室は何かと都合が良い。

 もしかしたら、それを考慮した結果かもしれない。


「そうね」


「………!」


 どうやら穏やかな時間は続かないようで、荷解きも終えぬ間に面倒事がやってきた。


「リフェイン嬢はいるかしら?」


 扉の向こうから聞こえる声。

 何故か、ベアトリーチェ嬢はわざわざ反対側の別館に来た。


「……お嬢様」


「本館に入ることは原則禁じられているけど、別館は特に言われてなかったわね」


 動じることなく立ち上がると、扉に冷たい視線を放つ。


「常識的に考えたら、他人の領域に前触れもなく入り込むなどはしないでしょうけどね」


 どこかで振り切れたのか、初めて出会った時の暗く沈み込んだお嬢様はもういない。推測するに、こちらのお嬢様が本当の姿なのだろう。強気なことを言うお嬢様はとても頼もしい。


 足音が近づき、ここまで押し掛ける様子が想像できる。魔法で脅されているのかわからないが、大公家の使用人が強く止める気配はない。もしかしたら、挨拶の前触れを出したと勘違いしているだけかもしれないが。


「お嬢様、とても頼もしいです」


「……そ、そんなつもりは」


 褒められると思わなかったのか、頬がほんのり赤く染まる。


「……だとしたら、それはシュイナのおかげよ」


「私ですか?」


「えぇ。私に出会った時に、貴女が冷静に分析したでしょう。説得力のある言葉で、私に勇気をくれたわ」


「そう、ですか……」


 あれはお嬢様に仕えるために、こじつけたようなものだった。だが、役に立っているならそれでよしとしよう。


 思えば、流れに流されてここまできたが、後悔はなにもない。むしろ、人に仕えるこという初めての経験が新鮮で楽しい。その上、仕えるお嬢様は言ってしまえば仕事面の優良物件で、働く環境としては凄く良い。元々ベアトリーチェ嬢に会うことが目的だったが、今では密かにお嬢様の幸せも願っている。

 

「ここね」


 扉の前で足音が止む。


 微かに感じる魔力から、ベアトリーチェ嬢がいることがわかる。


「フローラ様はいるかしら、挨拶に来たのだけれど」


「……シュイナ」


 扉を開けると、そこにはベアトリーチェ嬢だけでなく複数人の侍女もいた。恐らくラベーヌ家の侍女だろうが、些か数が多いのではないか。


「ご機嫌ようリフェイン嬢。先程は簡易的な挨拶しかできなかったものですから、改めてと思いまして」


「わざわざありがとうございます」


「……まぁ、リフェイン嬢。侍女はお一人なのですか?」


「……えぇ」


「お可哀相に。よろしければ、私の侍女をお貸しいたしますよ?」


「間に合っているので平気ですよ」


「そう遠慮なさらず」


 どの口が言ってる、とはまさにこの事で。


「遠慮などではなく、本心ですわ」


「……ふぅん」


 失礼発言が終わったかと思えば、次は見定めるかのような視線。常識はずれの行動は続く。


 彼女のことは養子になる前に関してはわからないが、貴族ではない可能性が高い。かつてのエルフィールドの社交界で会ったことがない上に、彼女からは気高さや品を感じない。


「そうだ、縁あって同じ立場に立ったのですから名前で呼び合いましょうよ」


 さすがにこの言葉にはお嬢様も、一瞬顔を歪ませる。


 恥知らず、ここに極まる。


 思わず心の中で悪態をついてしまう。それほど、ベアトリーチェ嬢の態度は不快なものがある。

 

「……それは良い提案ですわね」


 淑女らしく、柔らかな笑顔で対応するお嬢様。


「まぁ、良かった!ではこれからお願いいたしますね、フローラ様」


 このくらいで挨拶は終わるだろうと考えていた時、ベアトリーチェ嬢が誰にもわからぬように動いた。


 お嬢様に契約魔法を使おうとしているのだ。


 契約魔法は、成立させるには相手に名を呼ばせることが契約を受けることを受諾したこととなる。その為、お嬢様はベアトリーチェ嬢の名前を呼んではいけない。成立すればそこに主従の関係が生まれてしまうからだ。


 だが、それを伝えるわけにもいかないのでバレないよう細工をした。


「えぇ、ベアトリーチェ様」


「……(くすっ)」


 不敵な笑みを浮かべているが、残念ながら契約魔法は発動しない。阻害させてもらったからだ。といっても、魔法に魔法を重ねては怪しまれるので、あくまでも契約魔法を発動するまでの魔力の回路を乱して発動不可を誘った。これなら、自身の実力不足になるので気づかれない。恐らく、後に再び使いに来るかもしれないが。


「……っ」


 契約魔法が発動されないことがわかったのか、不敵な笑みは崩れた。


「ではベアトリーチェ様、もう日が沈み出したわ。恥ずかしながら、まだ荷解きが終わってませんの」


「……そ、それは失礼しましたわ。……では」


 翻す姿は悔しそうだが、それがわかるのは私だけだろう。


 契約魔法はそこまでの魔力を必要としないため、ベアトリーチェ嬢でもできるものだ。だが、成功するには技術がいる。ベアトリーチェ嬢を観察していると、彼女はまだ契約魔法を使いこなせていないと見えた。今回できなくても、運が悪かったと片付けるだろう。そんな気がした。


「……はぁ、やっと落ち着ける」


「荷解きを終わらせてしまいますね」


 ちなみに他人の魔力や魔法発動に干渉できるのは、エルフィールドの王族や強い魔法使いにしかできないことだ。


 そして、ベアトリーチェ嬢の今後を常に見張る必要があると、改めて感じた。

 


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