11. 再会の花
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ベアトリーチェ嬢が邸の中に消えていくのを確認してから、門をくぐる。
その瞬間、思わず泣きそうになった。
衝撃で足が止まってしまう。
「………………っ」
「……シュイナ?」
門の、その先に現れた花々。
それは、フィーディリアと呼ばれるエルフィールドにしか咲かない花だった。本邸までの道のりを彩る青の花達は、懐かしさと切なさを誘う。
歩みを止めた私をお嬢様は不思議そうに見つめるが、私が花に気を取られているのを見ると何か納得したようだった。
「………………これは」
「……申し訳ありませんお嬢様。初めて見る花でしたので気を取られてしまいました」
何とか誤魔化すが、次はお嬢様が黙り込む番だった。花を見つめる表情は、私の込み上げてくる感情とは反する、どこか嬉しそうな笑みだった。
「シュイナ……この花はね、かの国エルフィールドにしか咲かない花よ。初めて見るのは当然だわ」
「そうなんですね…………とても、綺麗です」
花一つ一つに愛着が湧いてしまう。
花を眺めながら、私は初めてこの邸に来れたことを喜んだ。門に入るまでは長く感じた道のりは、花のおかげか随分短く感じた。
「お嬢様、大公殿下への挨拶になると思いますが、私はどこで待機をすれば良いでしょうか」
「待機などせず、私の傍にいてちょうだい。一人連れていくこと程度何とも思わないでしょうし、挨拶も兼ねてね」
「わかりました」
邸の中に入ると、大勢の使用人方に迎えられた。生活するのは本館の左にある別館で、侍女である私の部屋も用意されているようだ。ベアトリーチェ嬢は右の別館で過ごすようで、日常的に顔を合わせないかもしれない希望にお嬢様の笑みが見える。
基本、用事がない場合は本館は立ち入りを禁止するという。また、どのように候補から婚約者に決まるかは大公殿下本人の口から説明があるようだ。
「…………」
魔力を感知することは魔法使い以外は不可能であるが、万が一を考えて田舎を出る時に魔力や魔法使い独特の気配を消してきた。
見た目は全て変化させているため、昔の私を知る人間は同一人物だとわからない筈だ。それでも何故か得たいの知れない不安が過る。
私にとって大公家で最も注意しなくてはいけないのは、きっとベアトリーチェ嬢ではなく大公殿下だろう。
「リフェイン公爵令嬢様、ご案内をさせていただきます」
気づけば、ベアトリーチェ嬢は挨拶を済ませて別館に移動していたようだった。
鉢合わせを避けているのは、どうやら大公家も同じようだ。
階段を上がり、ひときわ大きな扉の前へと案内される。どうやらここに大公がいるみたいだ。
「シュイナは無言で立っているだけでいいからね」
「わかりました」
お嬢様は私のことを以前有能侍女と述べたが、有能なのはお嬢様の方である。
「リフェイン公爵令嬢をお連れいたしました」
「失礼いたします」
扉が開いた先には、椅子に座る男性と、その後ろに二人ほど男性が控えていた。
座る男性こそが、デューベルン大公殿下……ウィリアードで間違いない。
黒に近いほど深く青い、デューハイトン王家を指す髪色は相変わらずだ。瞳は髪よりも明るい青い色で透明感がある。顔立ちは恐らく帝国一の美しさを持つだろう。恐ろしい程に整った容姿からは、人をむやみに寄せ付けない絶対的な雰囲気を放っている。
「フローラ・リフェイン、到着いたしました」
「久しぶりだね、リフェイン嬢。話が二転三転する中、参加の選択をしてくれたことに感謝したい」
「いえ、当然のことです」
部屋に通されると、そのまま大公殿下の真っ正面に座るよう促されるお嬢様。
その背後に私が立つわけだが、向かいに立つ男性二人が装いから護衛騎士と専属執事であることがわかった。真っ正面を見るわけにはいかないので、俯く状態で待機を決める。
「早速だが、選考方法について」
簡潔に話を進めるのは良いと思うが、二人の様子を見ると少し冷めているように感じた。というよりも、主に大公殿下だが。
普通の人からすれば、とても優しく丁寧な声色で穏やかに説明してるように見える。だが、この様子はそれに当てはまらない。表情を見られていないから声で判断するしかないが、淡々と説明する声は事務的なもので、相手への思いやりをあまり感じない。興味がないとまでは言わないが、些か無関心さが読み取れる声色だ。
「今ではもう王子ではないが、未来の大公妃を決めるものだ。それに準ずる程大切な役割と捉えて欲しい」
「承知しました」
声の分析に集中している間に話が終わった。
選考と称するのだから、競い合うものかと思えば“どちらが大公妃としての素質があるか見分ける”と告げられただけで、詳細はわからぬままだった。数日は自由に過ごして良いらしい。どうやら具体的な方針を大公側はもう少し模索したいようだった。実際にお嬢様とベアトリーチェ嬢を会わせて、何か起こるか観察したいという部分もあるのだろう。
「以上だが、生活していて何か不便があればすぐに言ってくれ。できる限り要望に答えよう」
優しく告げて笑う姿だけ、ちらりと目にする。
そこにはあまり見たことのないウィリアードがいた。あそこまで無関心で冷たいと取れる笑みは初めてだ。
大人になって、感情の起伏が更に控えめにでもなったのだろうか。昔はもう少し心の綺麗な笑顔だった気がする……などと考えるより先に、部屋を後にした。
新たな生活拠点に向かう途中、大人になった彼の姿が頭から離れなかった。