10. 門前での遭遇
大公家の道すがら、私はお嬢様と必要知識の確認を兼ねた会話をしていた。
「大公殿下の正式なお名前は、ウィリアード・デューベルン様。お嬢様は何度かお会いされたことがあるのですよね」
「えぇ」
「お嬢様から見てどのような方なのですか」
「間違いなく、この国の未来を担ってくれる優秀な方よ。兄君であられる陛下との仲はずっと良好で、王位に全く興味がなかった姿とかを見ると……あまり多くの物事には執着されない方かもしれないわ」
言ってることがわかる時点で、昔とそれほど変わらないのではという考えが生まれる。
「昔はとても明るく気さくな方だったんだけど、歳を重ねるごとに……なんというか落ち着かれてね。昔ほど考えが読めなくなったわ」
それは大人になったということだろうか。
昔は大人びていたと感じていたが、今は更にその上をいくとしたら……あまり想像がつかない。
「昔というと、お嬢様は殿下方と幼なじみなのですよね」
「えぇ。といっても、そんなに多くの頻度で会っていた訳ではないけど」
昔から家で読書をしたり刺繍をするという、女性らしいことを好んだお嬢様はわざわざ王城に足を運ぶことはしなかった。幼なじみといっても、カルセイン様と若き日の殿下達がそうだっただけでお嬢様はついでだったという。
「お兄様が今年で30歳になり、陛下は35歳で大公殿下が25歳になるの。この三人は歳の離れ方が微妙で、幼なじみといっても頻繁に会っていたのは学園に入るまで。私は大公殿下と同い年でも、特別長い時間を共に過ごすことはしなかったわ」
なるほど。
アルバートさんが身分を超えてカルセイン様と学友となった裏には年齢的な問題もあったからか。
「25歳なんて、公爵令嬢なら本来既に結婚していておかしくないのに。不運が重なったとはいえ、家の荷物になっていて心が苦しいわ」
「……仕えてから日の浅い私が言うことではありませんが、旦那様も公子様もそう思われてはいませんよ」
「そうね……。でも、これが最後の良縁であり機会。自分のためにも、令嬢を卒業しなくては」
そう意気込むお嬢様の本日のドレスは、深い青を基調とした優雅なものである。本人曰く、自身にとって深い青が勝負の色だとか。
そして髪型は、本人たっての希望で出会いの日に行ったもの。
私は雇われてから支給された侍女用の服装をしている。
「シュイナ、着くわ」
窓の外を見ると、王城に並ぶほど大きな城が視界に飛び込んできた。
「これが、大公城……」
リフェイン家ですら広く大きいのに、大公城はその倍ありそうで、迷子の心配を少ししてしまう。
「初めて来た時は私も驚いたわ。想像以上の建物で」
長年、田舎に引きこもってた人間としては豪華な環境はあまり体に合わなくなってきている。
リフェイン家の生活もやっと慣れてきたところでの生活環境の変化。これからここに未定の期間住むが、環境に慣れるのは案外大変だ。
「着きましたね、下りましょう。私で申し訳ないですが」
そう言って、お嬢様のエスコートをする。参考はアルバートさんだ。
「ありがとう、シュイナ」
荷物を運んでもらうよう、門前で待っていた大公家の使用人の方々にお願いをする。
案内人らしき人のもとへ近づこうとした瞬間、反対側から豪華な馬車が来るのが見えた。
「……あの家紋、ラベーヌ家だわ」
ということは、あの馬車の中にベアトリーチェ・ラベーヌ公爵令嬢が乗っているということだろう。
「お嬢様、急ぎますか」
鉢合わせをする前に、さっさと中に入るか確認をする。
「……いいえ。せっかくですから、挨拶をしましょう」
取り繕う笑顔の奥には、やはり恐怖があるのだろう。指先に震えが現れている。
「……大丈夫ですよ、私がついております」
今言えるのは、ただそれだけ。それでも、少し力になってくれればいい。
馬車は止まり、中からは豪華な赤いドレスをまとった女性が姿を現した。
「…………」
少し、私自身も緊張が高まる。
「……あら、ご機嫌よう。リフェイン公爵令嬢?」
「初めまして、ラベーヌ公爵令嬢。私はフローラ・リフェイン。こちらは侍女のシュイナですわ」
どこか不躾な態度は挑発しているように思えたが、お嬢様は全く気にすることなく自然と対応をしていた。
「……そう、ラベーヌ公爵家のベアトリーチェよ。短い間でしょうけど、よろしく」
意味深な言葉を放つベアトリーチェ嬢にも、一切動揺する姿を見せないお嬢様は完璧な淑女
だろう。
「さ、行くわよ。大公殿下がお待ちになっているのですから」
長い髪をなびかせながら進むベアトリーチェ嬢。
後から来たにも関わらず、お嬢様を押し退けて案内人を急かす姿は、とても淑女とは思えなかった。
「……私のことはお気になさらず」
顔色を伺った案内人に対し、優しい微笑みで対応をする。
「…………強烈な方だわ」
姿が遠くまで行った時に、少し気持ちが落ち着いて思わず呟いたのだろう。その意見には激しく同意する。
赤い髪に髪色よりは薄い、赤を基調としたドレスをまとう姿はそれだけで強烈な印象を受けた。
だが、あくまでも強烈に感じたのはその姿だけで、これほどまでに至近距離に来ても、魔力を簡単に感じることはできなかった。神経を研ぎ澄ませて集中して、ようやく少し確認できた。
魔力の異常な少なさは実感できたが、それを誰かに伝える訳にもいかず、一人心の中で消化するしかなかった。