音楽(2)
たまに駅前にかっこいいストリートミュージシャンがいて、たくさんの人が聞き入ってるよね。自分もレゲエよりなにより、まず音楽を愛する人間として、上手な演奏には惹き付けられる。
残念ながら鏡の世界では、上手な歌手ほど腰が低い。恥ずかしいならなんで人前で歌うんだろう、と思うけど、人の勝手だもんな。好きなら恥をしのんでも歌う、か。ここはできればできるほど苦労が多い世界だな。
アコースティックギターで弾き語りをしているニット帽のミュージシャンは歌い終わるなり深々と礼をして
「失礼いたしました。」などと言ってそそくさとギターをしまい帰り支度を始めた。
なかなか上手だったものだからつい立ち止まって聞いていた身としては、その姿は何とも憐れに見えた。変なことをしても変な目で見られないので、自分は馴れ馴れしく話しかけてみた。たまに変わったことをやらかさないと逆に白々しい目で見られることも知っていたしね。
「今のオリジナル?」
初対面なのに敬語じゃないのはちょっと抵抗があった。もちろん礼儀はわきまえないといけないという意識はあるけど、今日は“礼儀を無視する”という変な行動までやらかしてみた。これはレベルが高い。
「お恥ずかしながら自分で作詞作曲を手掛けました。とても好評なのでもうすぐCDにもなるんです。すみません。」
吹き出しそうになるではないか。腰が低すぎる。自慢のはずなのに、眉を下げて申し訳なさそうにされたら、どうしても謝罪にしか聞こえない。鏡の世界ミラクル。
自分はかなり音痴だ。そのことを告げると
「羨ましい。なんで自分には歌の才能がこんなにあるんだろう。」
現実の感覚で深読みすると、むっとするこの言葉は、鏡の世界の感覚で最高の誉め言葉として受け入れる。
「ありがとうございます。」などとは言わない。誉め言葉に普通に感謝してどうする。自分は無言でその場から立ち去った。完璧。最初から最後まで変なやつ。
コツはつかんできたけどやっぱり難しい。変わってる方が良いなんて、難しい。普通って何かを考えなくちゃいけない。
後方で声がする。
「良かったらライヴ見に来てください。」
振り返った自分にそのミュージシャンはご丁寧にチケットを渡してくれた。おぬしもなかなかのわる…じゃなくて、なかなかの変人よのー。
何が起きるか分からないという意味でとても刺激的な毎日だ。けっこう癖になるんだなこれが。