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侵略日和  作者: ことさん
8/12

また来ました。

──あなたはどんな夢を見ていますの?


挿絵(By みてみん)


 金属のベッドに寝かされている白い髪の少女を見つめながら、みっしょんはそう囁いた。

 ここはホムサイダーズの宇宙船の一室。新しい命が造られる部屋でもある。

 使い方もわからない複雑な機器が並び、天井には無数の配線、無機質な床にはベッドから溢れた粘液のようなものが散らばっている。

 その粘液に覆われた少女は、数分前に命を与えられたばかりだった。

 みっしょんは命が生まれる瞬間を目にしようとこの部屋へ来たのだが、すでに少女は造られた後で肝心の瞬間を見逃してしまった。

 少女の濡れている髪を撫で、みっしょんは微笑む。

「素敵な名前をつけてもらえて良かったですわね」

 彼女は、めでぃが命名した。みっしょんや他の仲間の名前もそうだった。基本的に製造した者が命名をする慣習がホムサイダーズにはある。この少女を含めて、現世代のホムサイダーズは全員、めでぃが製造した。

「わたくしと同じ『構成素材』で造られた、初めての仲間ですものね」

 みっしょんたちは金属と有機物の中間、そんな生命体。機械で造られて産みだされる。

 姉妹や家族なんてものは存在しない。しないが、製造に使われる素材や、その構成である程度、肉親のような感情を持つ場合もある。

 まったく同じ構成素材で造られた、すりるとらすとの双子。そして、その素材のもととなったのはこんふぃの細胞。彼女たちはまるで本当の姉妹のように振る舞っている。

 人類のように。

「わたくしもマイシスターを持つまでは、その気持ちが理解できませんでしたわ」

 優しく頬を撫で、みっしょんは破顔する。

「あなたはわたくし様の妹ですわ、びじょん」





 太陽が沈みかけた紅い空。みっしょんは街を見下ろし、深く息を吐く。

「この星に棲む命を守りたいという、あの子の気持ちが理解できませんわ」

 フワフワと浮遊する半球の端に、みっしょんは椅子に座るように、ちょこんと座っている。

 その位置は地上よりも雲のほうが近い。夕日を遮る建物もないので、それなりに眩しい。

「……資源少女とともに過ごす時間が増えれば増えるほど、その時間が楽しければ楽しいほど、幸せを覚えれば覚えるほど、刈り取りタイムで流す涙の量が増えるのは、あなたでしてよ」

 めでぃは必ず刈り取りを決行する。見逃すはずもない。何度も何度も何度も何度も、星を滅ぼしてきた。みっしょんが生まれる以前から、めでぃは人の命を資源に生きてきた。

 ぱわわが『地球を滅ぼしたくない』と騒いだ時も彼女は、ある条件を提示した。

 もしぱわわが条件をクリアーすれば、地球を滅ぼさないと約束を交わしたのに──

「あなたは約束を守りませんものね、めでぃ」

 みっしょんは凍るような表情を浮かべた。

「日和見ひよ子。びじょんが悲しむのは承知で、今回は本気の本気でキルしますわよ」

 びじょんの悲しみが深くなる前に。取り返しがつかないほど、地球人に心を持っていかれる前に。





「ラーメンという存在は世界を破壊しかねない、そんな恐ろしい味をしていた」

 びじょんはかれこれ十分ほど、ラーメンについて興奮気味に語り続けていた。

「美味しかったね。また行こっか。あのラーメン屋さん」

「うん。それは素晴らしい提案」

「ぱわわも! ぱわわも、また行きたいのだー! ラーメン! ラーメン!」

「ラーメン、ラーメン」

「ラーメン! ラーメン!」

「ちょ、ちょっとだけ、静かにお願い……!」

 二人がラーメンと連呼し始めたので、ひよ子は少し恥ずかしくなってきたのだ。

 自宅から歩いて二十分ほどの、ラーメン屋からの帰り道。ぱわわが前を歩き、ひよ子とみっしょんがそれに続いている。

「ところで、ぱわわ。帰り道、わかるの?」

「あったりまえなのだー!」

「当たり前なの?」

 振り返って得意げにするぱわわに、びじょんは片眉をあげた。

「ぱわわねー、ゆーきせーめいたいをべーすにアニャーって、ほえぽえーって造られた、戦闘生物! 力持ちだし、帰巣本能にも優れて優れるのだー!」

「へえー。ぱわわちゃん力持ちなんだ」

「そうなのだ! ソレもらくしょーで持ち上げられるのだ!」

「ドレ?」

「コレ」

 ひよ子たちは今、高架下を歩いているのだが、ぱわわは車道を持ち上げる柱をポンポンと叩きながら微笑んでいる。その横の車道を車が何台も通り過ぎていく。

「え? それを!? 持ち上がるものなの!?」

「ぱわわ。持ち上げたら、絶対にだめ」

「わかってるのだー! 崩れちゃうと困るからやらないけど、片手でもいけるのだ!」

「す、凄いんだね、小さいのに。ラムネの瓶も平気で飲んじゃうし」

「平気じゃないのだー……。瓶は美味しくなかったのだ」

 あの瓶について、ラーメン屋さんの店長に説明するのが大変だった。

 他に良い言い訳が思いつかなかったので、突然と消えたことにするしかなかった。瓶の消失について特に怒られたり、弁償の請求もしないでもらえたが、申し訳ない気持ちがする。

「飲んじゃった瓶って、お腹で溶けちゃうの?」

「溶ける。ぱわわは空腹にたえられなくなると石を食べるくらいだから。瓶なんて平気で消化する」

「石……!?」

「石は美味しくないから、あんまり食べたくないのだー」

 文化の違いに、ひよ子は唖然とする。

「石を食べなくていいように、ちゃんとご飯作ったげるからね……」

「ほんとー!? ぱわわねー、嬉しいのだー!」

 ぱわわはよほど嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべて走り出した。

「わーい! わー……いて!?」

 なにかにぶつかったように、ぱわわは尻もちをついた。

「ぱわわちゃん!? 大丈夫!?」

 道の先には、ぶつかるような物はなにもなかったはずなのに。

 ぱわわに駆け寄ったひよ子が顔を道の先に向けると、そこにはひと抱えできそうな大きさの青い玉が浮いていた。

「ひよ子、こっちへ」

 緊張しているびじょんの声が背後から届く。

「え?」

「早く」

 びじょんのほうへ視線を向けると、眼前に別の青い玉が迫っていた。

──あれ? そういえば車通りがまったくなくなったような。

「ひよ子、危ないのだ!」

「わわ……!?」

 ぱわわに突き飛ばされて、ひよ子はびじょんのほうへと転がった。

「いたた……」

「ひよ子、大丈夫?」

 腕をつかんで立つ手伝いをしてくれた彼女に頷き、ひよ子は立ち上がる。

「やややややややややや、わー! たしゅけてなのだー!」

 痛がってる場合じゃない。

「ぱわわちゃん! どうしたの!?」

 悲鳴は高い位置から届いた。声のほうへ顔を上げると、ぱわわは三つの青い玉に挟まれて、空中に浮かんでいた。高架下の隙間にいた鳩がバタバタと音を上げて飛び立つ。

「力ずくで玉を押しのけようとしたら、粉々にしますわよ」

「う、ううう。ややー! 離してなのだー!」

 ぱわわのすぐ横に、みっしょんが浮いていた。浮いている上に冷笑を浮かべている。

「みっしょんさん……!」

「みっしょん」

 ひよ子とびじょんが同時に声を上げる。

「わたくしたちホムサイダーズは、それぞれ固有のスキルがありますの。わたくしの物質の結合を緩くする力や、びじょんの結合を強くする力──」

 みっしょんは、ひよ子を強く睨む。

「その力は離れていても使えましてよ。この星の人間をすべて、この刹那にキルできますわ。やろうと思えばですが」

 今度はびじょんに視線を向け、みっしょんは目を細めた。

「今は不可能ですわね。びじょんがいますもの。わたくしの力は発揮できませんわ」

「ホムサイダーズ同士はお互いの力に抵抗力がある……から?」

 びじょんにそう教わった気がする。

「別のホムサイダーズの力を使わせたくないという意思があれば、かなり離れていても相手の力を封じれますの」

「地球で例えると、この星を三つ並べたくらいの距離」

「そんなに遠くまで!?」

 地球と月ほど離れていても、相手の力を封じられるのか。

「ですので、わたくしは、あなたをキルするには直接触れるか──」

「その玉をぶつけるかしないと……」

 ひよ子の言葉に頷き、みしょんは微笑む。

「そう。排除できませんの」

「うわ!?」

 ひよ子たちを囲うように青い玉が周囲をクルクルと舞い飛ぶ。

 次いで、その玉を追うように白い玉が現れた。

「させない。絶対に。そんなことは」

 強い語気。びじょんは怒っているようだ。

 びじょんの袖から白い玉が次々と飛び出してくる。

「こういう手は、散らかった部屋なみに好きではありませんけれど──」

 みっしょんは、ぱわわへと視線を向けて凍るような冷たい笑みを浮かべた。

「おとなしくしてくださらないと、ぱわわがバラバラになりますわよ?」

「ややのだー! むうう!」

「どうして、こんなことをする……」

 悲しい声色の問いに、みっしょんは鼻で笑って応えた。

「刈り取りを円滑に行うためでしてよ。そのためにも──」

 みっしょんはひよ子に視線を戻し、笑みを消した。

「邪魔な資源少女はキルさせていただきますわ」

「だめええええええええ!!」

 ぱわわの叫びに、ひよ子は思わず尻もちをついてしまうくらいに驚いた。

「いきなり、どうしまして?」

「ぱわわねー、ひよ子には美味しいもの食べさせてもらったのだ」

「それがなんですのよ」

「いっぱい親切にしてもらったのだ! だからキルしちゃ、ややなのだ!」

「親切といっても、一緒に過ごして一日くらいですわよね。ちょろくなくって?」

「親切に時間は関係ないのだ! 嬉しいと思ったら、ありがとうで感謝なのだ!!」

 ぱわわは体を挟んでいる玉を、腕と足で無理やり押し返そうとし始めた。

「こ、この! わたくしに逆らいますの!? バラバラにしますわよ!?」

「ぱわわのせいで、ひよ子になにかあったらややなのだ!」

「ぱわわちゃん……! だめ!」

「まだラーメンのありがとうも──言ってないのだー!」

 玉を押しのけ、それを足場代わりにし、ぱわわは素早く逃れる。

「本当にバラバラにしてやりま……むっ!?」

 迫る拳の手首を掴んで制し、みっしょんは微笑む。いつの間にか、びじょんがみっしょんに近づき、拳を放っていたのだ。

 そのびじょんは白い玉の上に乗り浮かんでいた。

「危なく、わたくしがファースト・ブラッドになるところでしたわ」

「ひよ子とぱわわに手を出すなら、それなりの対応をさせてもらう」

 ぱわわが無言で駆け寄ってきて、守るようにひよ子の前に立つ。

「面白くってよ。あなたと、そこの小さい子と戦うのは初めてですわね」

「小さいのはお互い様なのだ」

「みっしょん、本気で言っているの? 面白くない。わたしは悲しい。とてもすごく」

 びじょんの手首を掴むみっしょんの右手に力が入る。二人の腕は小刻みに震えて、力を入れているのが遠目にもわかる。

 見ると、びじょんの腕にはヒビが入り、外に弾けそうに膨らみ震えていた。対するみっしょんの腕は内側へと潰れていく。

「二人とも、だめ……! やめて!!」

 ひよ子の叫びに、びじょんたちはこちらに顔を向けた。

「みっしょんさん、嘘ついてるよね……!

「なんのことでして?」

「刈り取りのために、わたしをやっつけたいって、嘘だよ……!」

「嘘ではなくってよ」

「びじょんちゃんが、わたしに情を移すのが心配なんだよね……?」

 その言葉に、びじょんはみっしょんに視線を向ける。

「わたしがびじょんちゃんを傷つけたり、なにかあったらと思うと、いてもたってもいられないんだよね……?」

「……びじょんがどうなろうと、知ったことではありませんわ」

「嘘でしょ」

 みっしょんは、ひよ子から視線を逸した。

「びじょんちゃんを大切な仲間って言ってたよね」

「は、ハイパー・ノー! それこそ嘘ですわ……!」

「みっしょんが? ひよ子、本当?」

「嘘だっつってんですわよ……!?」

 みっしょんは動揺したのか、びじょんから手と離し、首と両手をブンブンと振った。その顔は真っ赤になっている。

「みっしょん」

「……刈り取りは行われますわよ」

「そんなことはない。わたしがひよ子を好きになれたら刈り取りはしないと、めでぃが約束してくれた」

「めでぃを信用しないほうが、よろしくってよ」

 みっしょんはびじょんに背を向けて、苦笑した。

「キリングなハートが冷めてしまいましたわ」

「なにそれ」

 びじょんの真顔の問いに、みっしょんは右手を振って応えた。

「びじょん。あなた、今日もお口が臭くってよ」

「ごめん。今日もニンニクをたっぷり食べてしまった」

 その言葉に、みっしょんは微笑んだ。思わず笑ってしまったような、優しい笑顔で。

「この星は楽しくって?」

「星が楽しいかはわからない。ただひよ子との生活は本当に楽しい」

「その生活を壊されないように守れるといいですわね」

「みっしょんも、その手伝いをして欲しい」

「わたくしに?」

「うん。ひよ子や地球の生き物を刈り取らないで進める道を探す手伝いを」

 みっしょんはびじょんに向き直り、真剣な表情で目を細める。

「不可能ですわ」

「やってみなければわからない」

「そうなのだ! ぱわわも一緒に考えてるのだー!」

 静かにしていた元気な侵略者も、元気に反論した。

「あなた、考えたことがありまして?」

「い、いつだって考えてるのだ! いろいろと……!」

「ぱわわは置いておいて、みっしょんにも力を貸して欲しい」

「置いておかれたのだ」

 しょんぼりとするぱわわの肩を、ひよ子は優しく撫でる。

「わたくし、馴れ合うのは、散らかった部屋なみに好きではありませんの」

「……みっしょん」

「それではみなさん、テイク・ケアですわ」

 そう言い残し、みっしょんはいつもよりも静かに去っていく。

 彼女の姿が視界から消えると、何事もなかったように車通りが戻った。





「めでぃを信用しないほうがよろしくってよ、ですか。少し傷つきました」

 からまった長い黒髪を、手ぐしでほどきながら、めでぃは自嘲する。

 黒い壁紙に薄暗い部屋。その中央にある椅子に腰掛けて、めでぃはモニターで、ひよ子たちを監視していた。

 パイプオルガンのような音色が、荘厳な曲で部屋を満たす。

「みっしょんは好き勝手に生きていて困るのです」

 めでぃの独り言に反応したのか、部屋の隅からクスクスと笑い声が聞こえた。

 声の主は鳥かごのような物に収まっている少女、ねぎだ。

「昔のアナタにそっくりデスネ」

「みっしょんがですか。それは否定するのです」

「そんなワケないじゃないデスカ。アナタに似てるのはびじょんデスヨ」

 眉をひそめ、めでぃはねぎのほうへと体を向ける。椅子が回転して、キィと小さな音を立てた。

「そうですね。似ているから意地悪したくなるのです」

「アナタが彼女たちにしようとしていることは、意地悪なんてカワイイものじゃないと思いますケドネ」

 返事の代わりに鼻を鳴らし、めでぃはモニターへと向き直る。

「昔のわたしに似ていると口にしましたね。ですが、あの星の時間で言うならば、その『昔のわたし』は半年前の話なのです」

「そう表現すると最近の話に聞こえマスネ」

 モニターに映る少女たち。びじょんと、ぱわわ。

──そして、日和見ひよ子。

「我々にとっては昔の話デスケドネ」

「遠い昔です。わたしとキミの心の距離よりも、ずっと遠いのです」

「それはそれは。遠すぎて気も遠くなりますネ」

 めでぃは言葉を返さず、モニターを凝視する。

 笑い合う三人の姿。

 特にめでぃの目を引くのは、ひよ子だった。

──キミが忘れても、わたしは忘れないのです。

 めでぃは目を見開き、顎が震えるほど歯を食いしばる。

 それは怒りで? 憎しみで? それとも悲しみで?

 わからない。

「……日和見ひよ子」

 吐息に混ざり、彼女の名が思わず口から漏れる。

 鳥かごから届くクスクスと笑う声が、薄暗い部屋に漂った。


毎週金曜更新予定です。

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