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侵略日和  作者: ことさん
7/12

ラーメンを食べました。

 ワシントンDC。この星でそう呼ばれている街の空は、炎と黒煙に覆われていた。

 視界を遮る建物はほとんど見当たらない。この国も他の地域も、すべて滅ぼした。

 もう街と呼べるような存在ではなくなっているワシントンに立ち、こんふぃは無表情で瓦礫の山を見つめる。

 ところどころに焼け焦げた人の残骸が転がっていた。手の欠片。骨。肉片。

「……めでぃ、刈り取りは完了したよ」

 消え入りそうな声で、こんふぃは呟く。

《わかっているのです、こんふぃ。わたしはモニターで見ていますからね》

 右手首に巻いてある通信機器から返事が届く。

 この街、いや、この星を滅ぼしたのはこんふぃだった。

 すべての人類を同時に爆破し、瞬時にその生命を奪った。『刈り取り』で命を奪われるその時、せめて苦しまないよう瞬時に。

 命が潰える瞬間に発生する『なにか』を、ホムサイダーズはエネルギー源にできるシステムを構築していた。こんふぃはエンジニアではないので、どういったシステムなのかは理解できない。理解できないが、そのために無数の命を奪い、そして生きる糧にしてきた事実がある。

《ずいぶんとあっさり片付けてしまうのですね》

「……刈り取るだけなら、戦っていたぶる必要なんてないもん」

《それでは楽しめないのです。圧倒して蹂躙して、楽しまなければ──》

「……わたしは楽しめない。……誰かを傷つけるのは好きになれないよ」

《キミが楽しめるかどうかは問題ではありません。リーダーのわたしが、ただ刈り取るだけじゃ面白くないと言っているのですよ》

「……だから言われたとおりに、すべて始末したよ」

《一瞬で。ですよね? なんのためにキミをその星へ偵察に行かせていると思っているのですか》

 こんふぃはうつむき、瓦礫を見つめる。

《今回の星が持つ戦力でも、彼らが必死になれば勝てる程度の兵を作るためなのです》

「……時間の無駄だもん」

《我々の時間はそれなりに余っているでしょう? ですので淡々と次々に刈り取り続けるより、娯楽を織り交ぜたいのですよ》

 こんふぃは深く息を吐き、空を見上げる。黒煙が太陽を隠し、建物や乗り物を燃やす炎が闇を照らしている。

《ゲームは負けてから勝ったほうが楽しいのですよ。勝利に安堵している人間どもを、絶望に叩き落とすのがなんともいえず快感なのです》

 めでぃの残酷な表情が目に浮かぶような冷たい声色だった。

《まあ刈り取ってしまったものは仕方ありませんね。船に戻ってきてください》

「……なんかごめんね」

《もういいのです。次の星に向かいますよ》

「……了解だよ」

 こんふぃは滅ぼした星を一瞥し、黒煙に覆われた空を見上げ、深く息を吐いた。






「こんちゃん、しっかり湯切りして!」

「……りょ、了解です」

「こんちゃん、注文間違ってるよ!」

「……ご、ごめんなさい」

「こんちゃん、声が小さい!」

「は……はいっ!」

 小さなラーメン屋で、こんふぃは忙しなく働いていた。女性の店長は威勢よく接客し、そして手際よくラーメンを作り続けている。

 しかし、こんふぃの手際は悪いの一言。厨房でオロオロしたり、次々に来る客からの注文を把握しきれず、ミスばかりしている。

「……廻沢スペシャルの大盛りですね」

 食券を渡されて、こんふぃは注文内容を繰り返す。

「油多めの味濃いめ、麺はハリガネで」

「え……えっと……ハリ……あぶ」

「こんちゃん、あちらさんにラーメン出して!」

「は……はい」

──あれ? さっきのお客さんはなんて言ってたっけ……ハリ? 覚えきれないよ……!

 目まぐるしいラーメン屋の厨房で、こんふぃは大変な思いをしながらも、生まれて初めての喜びを見出していた。

 なにかを作り、誰かが喜び、対価をもらう。破壊と搾取だけが生きる道だったホムサイダーズとは違う生き方だ。

──働くの楽しい……。

「こんちゃん、ぼーっとしない!」

「は……はいい!」

 楽しいが、まだまだ役に立っていない気がする。




「お客さん、はけたから休憩取ってもいいよ、こんちゃん。お昼まだでしょ?」

「……ありがとうございます」

「賄いでも適当に作って食べちゃっていいからね」

 店長は優しく微笑み、こんふぃの肩を叩く。

 こんふぃも嬉しそうに頷き、微笑み返した。

「バイトくんが急に辞めちゃってさ、人手が足りなかったから助かってるよ」

「……こちらこそ、働かせてもらって……感謝しています」

 店長はモップを取り、床を掃除し始める。

「わ……わたしがやります」

「いいっていいって。お客さん来ないうちに、お昼すましちゃいな」

「は……はい」

 こんふぃは丼にご飯を盛り、チャーシューを数枚のせた。

「こんちゃん、トロいところあるけど素直で良い子だし、すぐに一人前になれそうだね」

「そ……そうでしょうか。だといい──」

 その言葉を言い終える前に、店のドアが開いた。

「いらっしゃいませー!」

 店長の元気な声が店内に響く。こんふぃはちょうど客席からは影になる奥の部屋で、ご飯を食べようとしていたので客の姿は見えない。

「ラーメンって初めてなのだー!」

「良い匂いがする。すでにすごい。わくわくする」

──うん? どこかで聞いたような声が……。

 こんふぃは眉をひそめ、チャーシューを挟んだ箸を止める。

「わたしもラーメン屋さんって、滅多に来たことないよ」

「あ、お客さん! 食券、買ってね!」

「あ、はいっ。二人とも食べたいラーメンを……って言っても、ラーメンってわかんないよね。フィーリングで好きなの選んでね」

「ふぃーりんぐで選ぶのだー!」

「わたしはラーメンの知識も仕入れている。フィーリングではなく、論理的に美味しそうな物を選ばせてもらう」

──絶対に、びじょんとぱわわだ……。

 こんふぃは青ざめる。びじょんは地球人の日和見ひよ子と行動を共にしているはず。なので、一緒にいる女性はその人物だろう。

 しかし、なぜぱわわまで一緒にいるのか。

 そもそも、このラーメン屋は日和見ひよ子の行動範囲外で、びじょんを連れて来店する可能性は限りなく低かったはず。

 こんふぃは実のところ、ホムサイダーズの仲間たちに内緒で、地球のラーメン屋でバイトをしている。その動機はさておき、びじょんたちに見つかりたくはない。

 めでぃに現在地を報告されては、面倒なことになりそうだからだ。この場所でラーメン屋を手伝っているという情報は、『妹』である双子のらすととすりるしか把握していない。

「困ったな……どうしよう」

 しかし、今は休憩中。このまま奥の部屋でやり過ごせば──。

「こんちゃん! 休憩中、ごめんね! こっち手伝って!」

 やり過ごせなかった。

「は……はい」

 厨房に出るとカウンターに座っている三人の少女が見えた。

「わーい! 楽しみなのだー! ラーメン! ラーメン!」

「こんちゃん、ほらほら、食券受け取って!」

「あ……はい」

 オドオドしながら、こんふぃは三人の座る席へ近づく。

 日和見ひよ子と思われる眼鏡の少女から食券を受け取り、その左隣に座っているびじょん、そしてぱわわに目を向ける。

 二人はニンニクや生姜が入っている入れ物に夢中で、こんふぃには気がついていないようだ。

「ぱわわ、知っているか? ニンニクという食材は素晴らしい」

「ぱわわねー、ニンニクをって、まだ食べたことないのだー!」

「ならばラーメンに入れて食べてみるといい」

「うん! どっぷり入れちゃうのだー!」

──なんと……。まずは……ニンニクや生姜などは入れずにラーメンそのままの風味や味を楽しむのが良いのに……。

 こんふぃは戸惑い、戦慄する。

「こんちゃん、ぼーっとしてないで、麺の硬さとか聞いて!」

「あ……えっと……あの」

「わたしは全部、普通でお願いします」

 眼鏡っ子に言われ、こんふぃは頷く。

「びじょんちゃんと、ぱわわちゃんはどうするー? 麺の硬さ、油の多さ、味の濃さが選べるみたいだよ」

「わたしもまずは全部普通で、ラーメンを楽しもうかな」

「ぱわわねー! バリバリってガリガリするの好きだから、一番硬いやつがいいのだー!」

「こ……粉落としですね」

「それでお願いします」

 こんふぃに頷き、ひよ子が答えた。

 それにしても、びじょんとぱわわはとても楽しそうだ。ぱわわは船にいても楽しそうだったが、びじょんが楽しそうにしている姿を見るのは初めてだった。

 彼女はいつも変わらない表情で粛々と話し、淡々と任務をこなす。そんなイメージだった。今も表情は変わらないが、雰囲気で嬉しそうだと傍目にもわかる。

 こんふぃはつい微笑んでしまった。楽しそうな仲間を見るのは、やはり心が和む。

「こんちゃん、いつもよりフワフワしてるね! まずは粉落としのできたよ! お客さんに出してきて!」

「は……はい。ただちに……」

 こんふぃはラーメンをぱわわに渡す。

 渡す際に彼女と目が合った。

「わあああああああああああ! 美味しそうなのだー!」

 気がしたが、ぱわわはラーメンしか見ていなかった。

「二人のラーメンが来るまで、ぱわわねー、良い子で待ってるのだー!」

 ぱわわは目の前のラーメンを見つめ、目をキラキラとさせている。

「ぱわわちゃん、気にしないで食べちゃって。のびちゃうよ」

「のびちゃう? なんなのだ?」

「ラーメンが汁を吸って、味が落ちてしまう現象をさす。ラーメンは仲間を待たずに先行して食べるのが良い」

「びじょんもラーメン始めてなのに詳しいのだー!」

「ラーメンも、わたしの『食べてみたいリスト』に入っている。なのでデータは多少ある」

「へえー! それじゃ遠慮なく食べちゃうのだー!」

 わーい! と喜びの声をあげて、ぱわわはラーメンを素手で掴もうとする。

「ちょ、ちょちょっと! ぱわわちゃん、素手で食べちゃだめ!」

「えー!? ぱわわねー、お箸って苦手なのだー……」

「そういえば、ぱわわはお寿司の時も箸を使っていなかった」

「う、うーん。確かに箸って最初は難しいよね。びじょんちゃんは器用に使ってたけど」

「わたしは日本食を食べる日を夢見て、練習を重ねていたので」

「なるほど、さすが食べるの大好きびじょんちゃん」

 びじょんは誇らしげな顔で目を細めた。

「すみません、店員さん」

 店内がシーンと静まり返る。

「こんちゃん!」

「え……あ。わたしですか……?」

 店長の言葉に我に返り、こんふぃが慌てて返事をする。

 びじょんたちのやり取りに聞き入って、ぼーっとしていたようだ。

「フォークってあります?」

「はい……用意します」

 ひよ子に返事をして、フォークを取りに行こうとした時だった。

 びじょんと思い切り目が合ってしまったのだ。ぱわわと違って、今度は確かにこんふぃを見つめている。

 移動すると彼女は目で追ってきた。

──気づかれちゃったかな……。

「こんふぃ、どうしてここ──」

「こんちゃん、次のラーメンできたよ!」

 びじょんの言葉を遮るように、店長の声が響いた。




──何故、偵察任務についているはずの彼女がラーメン屋さんの店員をしている。

 その事実確認をしようという意思と好奇心を、目の前に出されたラーメンへの興味が叩き壊した。

 びじょんは思わず立ち上がりそうになった。心を熱く踊らせるような濃厚な豚骨スープの香り。添えられたホウレン草はまるで翡翠の原石のように美しい。チャーシュは琥珀色に輝き、喉と舌を刺激する。ノリはパリパリとした食感を連想させ、食への本能を掻き立てる。

 まるで宝石が溢れ、そして浮かぶ輝く海のようだった。

「これはとてもすごい。すごすぎる」

「美味しそうだね。わたしのも早くこないかな」

 ひよ子が寂しそうに苦笑した。

 それはそうだろう。これだけの素晴らしい食べ物を前にして、自分だけ待たされているのだ。

 ゴクリと、びじょんの喉が鳴った。

 しかし、ひよ子を待つわけにはいかない。他の食べ物ならばまだしも、麺類はすぐに味が落ちてしまうのを、びじょんは知っている。

「ごめんなさい。わたし」

「いいんだよ、びじょんちゃん。先に食べて」

「置いて行くのは不本意だけれど……」

 箸を持ち、麺をすくい上げる。

 太麺を流れ落ちる輝く油と汁。香ばしい香りが鼻腔を貫き、もはやびじょんは食欲の塊と化した。

「いただきます。…………ッッ!!」

 凶悪。そう、凶悪だ。この濃厚な味わい。もはや美味しすぎて悪なのではないかと感じるくらい美味しい。

 美しさの中に潜む忌々しい猛獣。まさに魔獣だった。

優しく穏やかな味わいの湖に潜む、凶暴で荒れ狂う魔獣は喉を流れ落ち、臓腑へと染み渡る。

「お、美味し──」

 思わず言葉につまり、びじょんの頬を涙が伝う。

 ラーメンとは異常な美味しさがつまった魔性の食べ物だった。

「同じのおかわりなのだー!」

 一瞬で平らげ、ぱわわは次のラーメンを求めている。

 ひよ子のラーメンなんて、まだできていないのに、困った子である。

 そのひよ子に目を向けると、とても嬉しそうな顔をしていた。

「泣くほど美味しかったんだね。見てて、こっちも幸せになるよ」

「ありがとう、ひよ子。ありがとう、ラーメン屋さん」

「ラーメン食べて泣いちゃう子、初めて見たよ! 店長、嬉しい!」

 豪快に笑うと、店長がびじょんたちの前に瓶を置いた。

「嬉しいから、ラムネのサービス! 飲んでって!」

「ほんとですか? ありがとうございます」

 ひよ子は満面の笑みを浮かべて、そう言った。

「お嬢ちゃんのもすぐできるから! 待っててね!」

「はいっ! 楽しみです!」

──ラムネ。ラムネとは一体なんだ。

 真剣な表情で、びじょんはラムネの瓶を掴む。

──冷たい。

 瓶の表面には結露した水滴がついている。推測するに、これはラーメンに入れる調味料の一種か、それとも飲み物か。

「ラムネはね、こうやって蓋を押して、ガラス玉をなかに──」

 瓶の先端部分を、ひよ子が強く押すと同時に泡が溢れてきた。

「うわわ、やっちゃった。すみません、テーブル汚しちゃいました」

「気にしないで! あとで拭いとくから!」

 店長の言葉にひよ子は礼を言い、ラムネを一口飲んだ。

「美味しいよ。二人とも飲んでみなよ」

「わーい! しゅわしゅわして美味しいのだー! あまあああああい!」

 ぱわわは既に飲んでいる。なにげに凄まじい適応力だ。二杯目のラーメンも遠慮なく注文していたくらいに。

「わたしも負けていられない」

 瓶の先端を押すと、ひよ子がそうだったように、泡や液体が溢れてきた。

 しかし、それをテーブルにこぼすのは『謝罪しなければならないような行い』とすでに学習している。その失敗を繰り返してはいけない。

「あれ? 溢れないね。え? ラムネが凍っちゃってる!?」

「思わず力を使った。中のラムネは無事だけれど、溢れかけた物に関しては個体にしてしまった」

「例の物と物の結合を強くする能力?」

「うん。これでテーブルは守られた。零してはいけないようなので」

「そ、そこまでしなくても……まあいっか。ラムネ美味しいよ、飲んでみて!」

「うん。飲む。どれどれ──」

 びじょんは目を見開く。

「おおおおお」

 ぱわわが言っていた。しゅわしゅわして美味しいと。まさにその通りだった。

 美味しい。もっと飲みたい。

 その思いを遮るように、瓶の口をガラス玉が塞いだ。

「む。この邪悪な玉はなんなの……?」

「邪悪な玉って。瓶ラムネは飲み方にコツがあるんだよね」

「それは興味深い。ぜひとも教えて欲しい」

「瓶に二箇所、凹んでるところあるでしょ?」

「うんうん。ある」

「そこにガラス玉を引っ掛けると──」

 ひよ子が実演して、ラムネを飲んだ。

「おおおおお。すごい。そのシステム、把握した」

 ひよ子に礼を言い、びじょんはラムネを飲む。

 とても美味しい。幸せな気分。まさに美しきビードロの液体。

 そう浮かれていると、グエエと変な声が隣から聞こえてきた。

「ううう、困ったのだー……」

「どうしたの、ぱわわちゃん」

「ぱわわねーいっぱい飲みたいのに、ラムネがでてこないからねー……」

「う、うん」

「瓶ごと飲んじゃったのだー……」

「ええええ!? ちょ、どうしよう!?」

「大丈夫。ぱわわならガラスを飲んでも問題ない」

「そ、そうなの……!?」

「大丈夫だけど、瓶は美味しくないのだー……」

「美味しくないですむならいいけど。うーん、瓶の弁償しなくちゃかな」

「はい! ラーメンお待たせ!」

挿絵(By みてみん)

「あ、待ってました!」

 ひよ子のラーメンが届き、さらに美味しそうな香りが漂う。

 そんなこんなで三人は、和やかな時間をラーメン屋さんで過ごしたのだった。


毎週金曜日更新予定です。

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