双子が来ました
「やったー! お湯につかるのだー!」
「お風呂って楽しい。わかる」
びじょんとぱわわはショッピングモールから帰って、湯船につかっていた。
ひよ子は夕食の支度をしているのでキッチンにいる。
「お夕ご飯、楽しみなのだー」
「うん。お昼に食べたお寿司も美味しかった」
「納豆巻きすごかったのだー!」
「落ち着いた清流のようなエンガワも、甘くて桃色に空を染めるようなエビも、ホタテもカッパ巻きもマグロもタイもウニもイカもタコもタマゴも、とてもすごかった」
「うんうん! ぱわわねー、名前そんなに覚えられないけど、美味しかったのは覚えてるよー!」
「うん、美味しかっ……むっ?」
ぱわわが両手で湯をすくって、びじょんにかけてきた。顔が濡れて、びじょんは眉を少しひそめる。
「やったな」
「のだーっはっはっは! 油断したらだめなのだー!」
「お返し。これでもくらえ」
びじょんもお湯をぱわわにひっかける。
「やられたー! 楽しいのだー!」
バスタブの縁にもたれかかり、ぱわわはやられた所作をした。
「ひよ子、大丈夫かな」
真面な声に、ぱわわはびじょんのほうへ向き直る。
「なにがー?」
「お会計の時に、ひよ子はとても青ざめていた。もしかして、予想以上に料金がかかったのかもしれない」
「おかいけい? りょーきん? なんなのだー?」
「お金と呼ばれる物を、食べ物や物資と交換に渡さなければならない。日本や、その他の国で採用されているの規則」
「へえー。なんでひよ子は青ざめちゃったのだ?」
「わたしとぱわわがたくさん食べてしまったから、費用がかさんでしまったのだろう。お金は無限にあるものではないから」
「ぱわわは200個くらい食べたのだー!」
「わたしは120皿。つまり240ほどのお寿司を食べた」
連れて行ってもらった回転寿司ではひと皿に二つ寿司がのっていた。
「ひよ子はあんまり食べてなかったのだ」
「10皿くらいだった」
「地球人って、あんまり食べないのかなー?」
「どうだろう。個体差はあるはず。そもそもホムサイダーズは食が細い種族。わたしとぱわわが異常に食べているだけなのかもしれない」
「そういえば、みんなあんまり食べないのだ」
「もしかしたら、船で食べるゼリー状の物体が異常に不味いから、みんな食が進んでいない可能性もある」
「地球の美味しいご飯食べたら、みーんないっぱい食べるかもしれないのだ!」
「めでぃがいっぱい食べているところは想像できない」
「みっしょんは笑いながら、たくさん食べそうなのだー! おーほっほっほって!」
「かもしれない。一度、みんなを連れて地球で食事をとってみたい。どんな反応するかな」
「ぱわわねー、そうなったら、みんなご飯が好きになって、地球人たちと仲良くなれると思うのだ!」
びじょんは頷き、少しだけ悲しげに表情を曇らせる。
「どうしたのだー?」
「この星には、たくさんの種類の人間がいて、全員と仲良くなれる可能性は限りなく低い」
「仲良くなれるかなれないかじゃなくて、仲良くしようとするかどうかが大事なのだ!」
今度は呆気にとられたような表情で、びじょんはぱわわを見つめる。
「今度はなんなのだー?」
「もしかして、ぱわわも刈り取りに反対なの?」
「うーん」
ぱわわは考えるように腕を組む。
「ぱわわねー、地球の人たちと仲良くしたいし、刈り取りはもう参加したくないのだ」
「良かった。同じ考えを持っている仲間がいたなんて──」
びじょんの言葉を遮るように、ぱわわが首を振る。
「でもねー。刈り取らなくちゃ、『家族』が生きていけないなら、ぱわわは悲しいけど……」
「わかる。それでも他の方法を、わたしは模索したい。そのためにも刈り取りを止めたい」
「他の方法なんてあるのかな……」
「わからない。でも、めでぃと約束した期日までに必ずその方法を見つけ出す」
「見つかるといいのだ」
「ぱわわも一緒に考えてくれる?」
ぱわわはキョトンとして、首をかしげた。
「なにを?」
「ホムサイダーズも地球の生き物も生き残れる方法」
「……!」
明るい表情で、ぱわわは強く頷いた。
「いいよ! ぱわわねー、考えるの苦手だけど、頑張るのだー!」
「ありがとう。本当に」
びじょんはぱわわの頭をなでて、嬉しそうに目を細める。
「そろそろ体を洗って出よう。ひよ子の料理を手伝わないと」
「うん! 洗っこするのだー!」
こうして二人のお風呂タイムは、和やかに過ぎていった。
トントンと小気味よい音がキッチンに響いている。ひよ子がまな板の上で野菜を切っている音だ。
「今夜はキムチ鍋。二人が喜ぶように美味しくなってねー」
ひよ子は鼻歌まじりに野菜を鍋へと投入する。ニンニクが香る赤い汁はグツグツと煮え、鍋の中には豆腐や肉も入っている。ちなみに二人とは、びじょんとぱわわのことだ。
「おお、ロミオ! ニンニクってどうして、こんなにもニンニクなのかしら」
左手を胸にそえ、換気扇に向けて右腕をかかげながら、ひよ子は大げさな口調で、そう言った。
「それは人間の本能へうったえる魂の香りだからさ、ジュリエット」
自らの体を両手で抱き、ひよ子は低い声を出した。
「友達って良いなあ、テンション上がるなあ」
ロミジュリな恥ずかしい独り言も、友達ができて嬉しいから仕方ないですませればいい。
人間は誰しも一人でいると、わけのわからない行動をとると思う。一人だからこそ恥ずかしい独り言も平気でできるし、誰の目も気にせず妙な動きもできる。
ひよ子は華麗なステップで踊るように冷蔵庫へと近づき、中から冷凍うどんを取り出した。
「おうどんも入れちゃおう。シメにはご飯を入れて、キムチお雑炊!」
うどんの袋を開けながら、ひよ子は頬を赤く染める。
独り言が恥ずかしくなってきたからである。
「なんか暑くなってきちゃった。夏にあえてキムチ鍋。暑くても鍋してもいいじゃない」
一人じゃない時間が楽しくて、ひよ子は心からはしゃいでいる。
びじょんたちと食べる食事は、もっと美味しい。
「そういえば二人とも仲良くお風呂してるかなー……うん?」
少しのぞきに行こうかと部屋の出入り口に顔を向けると、そこには二人の少女が踊っていた。二人といっても今度は、びじょんとぱわわのことではない。まったく見ず知らずの女の子たちだ。
少女たちは両手を広げながら腰を左右に可愛らしく振り始めた。
「えっ?」
ろくな反応もできず、ひよ子がぽかーんと口を開いていると、少女たちは顔を見合わせ、クスクスと笑った。
「この間の女の子より、リアクションが薄いわ、らすと」
「そうね、すりる姉さん。わたしたちが急に現れたら、地球の人って大抵びっくりするのにね」
「アメリカの人なんて、わたしたちを見るなり攻撃をしかけてきたわ」
「銃っていう武器でね」
「らすとの眉間を貫いたのよ」
「撃たれても通り抜けちゃうけれどね」
「実体があるわけじゃないもの」
「銃の人の部屋。壁に穴があいちゃったわね」
「隣の部屋にいた娘さんに弾が当たらなくて不幸中の幸いよ」
「違いないわ。数日の記憶はなくなっちゃったけれどね」
「それは仕方ないわ。わたしたちのことを調べるなんて危険なマネをしたせいだもの」
踊りながら喋り続ける双子のような少女たちに、ひよ子は唖然としながらも、とりあえず手に持っていた冷凍うどんを鍋に入れた。
「ちょっと、すごいわ。この子」
「わたしたちをスルーして作業に戻ったわね、すりる姉さん」
「なんて冷静なのかしら」
「ち、違うよ。スルーしたわけじゃな──」
「スルーしたわけじゃなくて、手が冷たくて辛かったから、『うどん』という食材を鍋に入れたそうよ、らすと」
「説明しなくても、わたしにも日和見ひよ子さんの考えはわかるわよ」
「そうだったわね」
「あ、あの──」
「どうして考えが読めるの? って考えてるわね」
「わたしたちは、あなたの思考や感覚とリンクしているの」
「あなたたちの星でいうところの、インターネットみたいなものよ」
「さっきも言ったかもしれないけれど、わたしたち、実体ではないのよ」
「あなたにしか見えないし、この言葉もあなたにしか聞こえないわ」
「え、えっと──」
「なんの用か。ですって、すりる姉さん」
「まずは、わたしたちが何者か疑問に思わないのかしら」
「びじょんさんたちと服装が似てるから、わたしたちがホムサイダーズだって推測したのね」
「それなら用件から尋ねられても納得よ」
考えがことごとく読まれ、なにか喋る前に答えを言われてしまう。
ちょっとだけ、怖──
「わたしたちが怖いらしいわよ、らすと」
「怖いから攻撃してくる人たちもいるものね」
「驚かせるのは好きだけれど、怖がらせに来たわけじゃないわ。あの子の土俵で会話してあげましょうか」
「わかったわ。言葉を遮らないで話しましょう」
双子が黙り、キッチンが静まり返った。グツグツと鍋の音が聞こえる。
「ほら、話していいのよ、日和見ひよ子さん」
「あ、あのその」
「ちなみに、わたしの名前は、すりる」
「わたしは、らすと」
「双子なのよ」
「二人は仲良しなの」
二人は息の合ったバレエのように舞い、ピョンと跳ねる。
「あなたはどう?」
「びじょんさんとは仲良くなれたかしら?」
「は、はい。それなりには仲良くなれたかなって」
「それは良かったわ」
「仲が良くなって悪いことはないものね」
双子は微笑み、スカートの裾をつまみながら、ひよ子に一礼をした。
「お話がそれてしまったけれど、なんの用で来たかっていうと──」
「──あなたにお願いがあるのよね」
「えっと、なんでしょう」
「あるラーメン屋さんに行って欲しいのよ」
「え? ラーメン屋さん!?」
「そう。ラーメン屋さん。美味しいものを食べさせてくれるところなのよね?」
「わたしとらすとは、びじょんさんたちと違って、地球の食べ物に興味はないけれど」
「そうそう。わたしは地球人が持つ、恋愛感情に興味があるのよね」
「ちなみに、わたしは地球人が作るホラー映画やジェットコースターみたいなアトラクションに興味があるわ」
「そ、そうなんですか」
それにしてもよく喋る双子だ。
「あら。らすと、わたしたち口数が多いって思われてしまっているみたいよ」
「実際、よく喋るものね、わたしたち」
「違いないわ」
「違いないわよね」
二人は顔を見合わせて微笑んだ。
この子たちの前では下手な考えはできない。ひよ子はそう思った。
「ところで、どこのラーメン屋さんに行けばいいのかな……?」
「そうだったわ。お話がまたそれてしまっていたわね」
「ラーメン屋さんの場所は、あなたの記憶に直接──」
双子の背後にあるキッチンのドアが開き、二人は反射的に後ろへ顔を向ける。
「ひよ子、良い匂いがお風呂まで届いてきた」
「美味しそうな匂いなのだー!」
びじょんたちがキッチンへ入ってきた瞬間、双子は姿を消した。
「どうしたのだ、ひよ子? ぼへーっとした顔をしてるのだー」
「なにかあった?」
「う、うん。実はね──」
双子の話をしようとした瞬間だった。
なんと表現したらいいのだろうか。頭の中に知らないラーメン屋への行き方が浮かんできた。店舗の形も思い起こせる。
「ひよ子、本当に大丈夫?」
「うん、大丈夫。多分……」
苦笑しながら、ひよ子はびじょんたちに経緯を説明し始めた。
毎週金曜日更新予定です。