お寿司を食べに来ました。
如月依子は不思議な物体を目にした。
日が沈んだ宵の口。塾の帰り道に、ふと空を見上げるとフワフワと地上に向かっておりてくる不思議な球体が浮かんでいたのだ。
──なにこれ。見えてるの、わたしだけじゃないよね?
そう思い周囲を見回すと、何人かの通行人も空を見上げて唖然としていた。
球体の方へ向き直ると、それが半球に乗った少女であると依子は気づく。
「ちょ、ま(じ? なんか浮かんでるんですけど、笑える)。 ま(じ、なにあれ)。ま(じ、変な服着てるんですけど。コスプレ?)」
「おーーーーーーーーーほっほっほっほ!」
その高笑いに、次々に通行人が足を止め、少女はさらなる注目を集めた。
よくわからないが、とりあえず写真を撮ろう。そう思い、依子は手にしていたスマホを少女に向ける。
「ま(じ? 電源がつかない)……」
スマホがつかない。電源ボタンを押しても画面は暗いままだ。
「ま(じ、困る。機種変したの昨日なんだけど)、ま(じ勘弁してよ)! ま(じ、あーもう、次から別のトコのスマホ使うわ)」
しかし、スマホが使えないのは依子だけではないようだ。
その場にいる半数近くの人が、少女へスマホを向けているのだが、みんな訝しげな表情で唸ったり、慌てた声を出している。中にはスマホを叩いている人までいた。
「ま(じ、このスマホ)! ま(じ早く起動してよ)! ま(じインスタに投稿できなくなるじゃん)!」
依子がスマホの調子に気を取られているうちに、状況は進んでいた。
フワフワと浮かんでいる少女と、別の少女たちがなにやら揉め始めたのだ。
三人の少女は剣呑な雰囲気で、それぞれなにかを口走っていた。
「ま(じ、そんなのもうどうでもいいから)、ま(じ、このスマホ壊れちゃったの?)、 ま(じ困るんですけど)」
不思議な少女たちより、スマホが心配な依子。インスタに投稿できないなら、事件とか珍事とかどうでもいいや、と気持ちが萎えたので、さっさと家に帰ろうと歩き始めた瞬間だった。金属がぶつかり合うような激しい物音がしたのは。
依子が思わず足を止め、音のほうへ顔を向けると、謎の球体がいくつも乱舞し、ぶつかり合っていた。
唖然とする依子の視線の先には、ぶつかり合う球体の中心で対峙する二人の少女がなにか言い合う姿があった。
「ちょ、ま(じでどういうこと)! ま(じで写メ撮れないの萎えるんですけど)! ま(じ、メールしてないのにスマホで写真撮る時、写メってみんないうのなんなの)!?」
スマホと少女たちを交互に見ながら、依子は写真を撮れない憤りに叫びそうになっていた。
「ま(じ、なんだったんだろう、あの子たち)。ま(じで写メ撮れなくてオコだわ、オコー)」
依子はブツブツと文句をこぼしながら、自宅に向かって歩いている。謎の少女たちが去って、通行人たちは、彼女たちが残していった球体を見ていたのだが、特に次のアクションがなく、飽きてそれぞれの道へ歩き去った。依子は一人残って最後まで地面に転がった球体を調べていたのだが、まったく動く気配もないので、通行人たち同様、飽きて帰路についた。薄暗い路地の歩道。暑さで汗が額に浮く。
「ま(じ、帰ったらパソコンからネットに投稿しよ)。ま(じ、スマホ使えないと不便だわー……ん?) ま(……)?」
依子は唖然として足を止めた。なぜなら視界の先で、二人の不思議な少女がバレエを舞うように踊っていたからだ。
唖然とした理由は、息の合った踊りのせいではなく、その少女の服装を目にしたからだ。先ほど見た少女の服とそっくりだった。浮かんでいる少女と戦っていた白い髪の子の服と。
少女たちは交差点の横断歩道の前に立ち、なんともいえない笑みを浮かべながら踊っている。
二人の少女はピョーンと跳ねてからスカートの両裾を軽く持ち上げ、こちらに一礼した。
動きを止めた少女と目が合った瞬間、依子の背中に冷たい汗が流れる。
これは恐怖の汗だ。
空気が読めないとよく言われる察しの悪い依子だが、あの少女たちを危険だと感じる。
本能が逃げろと全力で警鐘を鳴らしていた。
二人は瞬きもせずに依子を見つめている。
──ぜ、絶対、この子たち、わたしに用があるでしょ。まじ、ヤバくない?
「ちょ、ま……(じで、なにか用ですか……)?」
普通に問いかけようとしたのだが、『ちょ』と『ま』しか声が出なかった。少女たちに恐怖を感じていて、うまく喋れなかったのもあるが、普段の口調が災いしたのもある。
次の言葉も出ずに動揺している依子を凝視しながら二人が近づいてきた。
少女たちはそっくりな顔をしており、髪型も左右対称のサイドテールで、見るからに双子っぽい印象を受ける。二人には明確な違いがあり、片方が落ち着いた茶色い髪色をしているのに対し、もう片方は薄い金髪をしている。その二人が怖い笑みを浮かべながら、こちらに体重を感じさせない足取りで近づいてくるのだ。
「ちょ、ま(じ怖いんですけど)。ま(じ用があるなら言って欲しいんだけど)」
──『ちょ』と『ま』しか言えない自分、ウケるんですけど……。
「用ってほどのこともないけれど」
金髪の子が、上目遣いをしながら甘えるような声でそう言った。
「すぐ終わるから怖がらないで」
茶色い髪の子は優しげな声で歌うように喋った。
「ちょ、ま(じで、なんで考えてることわかるワケ?)」
その時、依子から向かって左に立つ茶色の髪の少女に通行人がぶつかった。少なくてもぶつかったと依子は思った。
しかし通行人は何事もないように歩き続け、少女たちの体をすり抜けていった。まるで二人が幽霊であるかのように。
「ま(……ッ)!?」
二人の体は実際に幽霊のように希薄で、よく見ると反対側の建物が透けてみる。
「わたしたちは、あなたにしか見えていないし、この声もあなたにしか聞こえないのよ」
金髪の子が肩をすくめて、そう言った。
「ここに存在しているわけではないものね」
茶髪の子は首を振り苦笑する。
「ま(じ……なに言ってるのかわかんないんですけど)」
二人は顔を見合わせて、鈴を転がすような綺麗な声で笑った。
「説明してあげたいけれど──」
「──どうせすぐに忘れてしまうものね」
「ま(じ、息の合ったトークですね。って、忘れるってなに!?)」
「おやすみなさい、如月依子さん」
「二度と会うことはないでしょうけれどね──」
二人の笑い声が遠のいていき、依子の意識は深い闇に沈んでいった。
「……ま(……?)」
依子が目を開くと、そこは見慣れた歩道の上だった。何故かそこに座り込んで眠っていたらしい。貧血で倒れたのかもしれない。
頭がクラクラとする。クラクラとするが別にどこも痛まないので、依子は深く考えずに立ち上がりアクビをした。
「ま(あいいか。帰ろっと)」
依子はスカートについた土埃を払いながら歩き出した。
薄暗い部屋で煌々と光る大きなモニター。その前にある一本足の椅子にチョコンと座りながら、めでぃは音楽を聴いている。地球にあるパイプオルガンで奏でるような曲。
何故かその旋律にめでぃは惹かれる。初めて聴いたのはいつだったか。
思い出そうとしていると、モニターの一部に二人の少女の顔が映し出され、通信が入った。
《めでぃさん、報告よ──うん? 音楽鑑賞中?》
《あら、お邪魔だったかしら? 地球の音楽は悪くないものね》
めでぃは曲を止めて首を振る。双子の名は『すりる』と『らすと』。金髪のほうが『すりる』とで、茶色い髪が『らすと』だ。
二人はこの船の上部にある自室にいながら、地球上の生物が味覚、視覚などの五感で得た情報の全てを収集している。
すべての生物の意識と自分たちの意識をリンクさせて、その情報を入手できるのだ。
双子が揃っており、なおかつ手を繋いでいる状態でなければ、その情報収集能力は使えないが、強力な能力だ。欠点は同じホムサイダーズの仲間には通じず、別の種族にしか効果がない程度のものだ。
「邪魔ではないのです。報告をしてください」
《びじょんたちを目撃した人たちの記憶、ちゃあんと消しておいたわよ》
「ありがとうございます、すりる」
彼女たちの能力でさらに有用なのが、意識をリンクしている相手の記憶を改竄できることだった。地球人や敵性生命体の余計な記憶を消せる。
《わたしとすりる姉さんは引き続き、監視任務を続けるわね》
「よろしくお願いします、らすと」
めでぃが通信を切ろうとした瞬間、すりるから待って、と声がかかった。
「どうしたのです」
《伝え忘れていたけれども──》
すりるが語尾を濁すので、めでぃが首をかしげる。
「なんなのです」
めでぃの言葉に二人は目を見合わせて、こちらに向き直る。
《姉さんが行方不明なのよね。もちろん、すりる姉さんのことじゃないわよ》
《わたしはちゃあんといるわ、ここに》
「姉さんって、もしかして……こんふぃのことですか?」
《そうそう。こんふぃ姉さんの話よ。偵察任務中の》
《定時連絡が途絶えているのよね》
「いつからですか」
《昨日から──》《数日前から──》
二人は再び目を見合わせてから、こちらに向き直り誤魔化すように笑った。
「……どっちなのですか」
《話は変わるのだけれど、地上に転がってるオモチャの件》
《ちなみに、すりる姉さんが言っているオモチャって、びじょんさんたちが使って壊した珠の話よ》
《他の誰かに回収にいかせて》
《こんふぃ姉さんは行方不明で回収にいけないから、仕方ないものね》
「回収の件はわかりましたけれど、こんふぃの件はもっと早く報告して欲しかったのですよ」
《まあ、そういうわけで。通信終了よ、お疲れ様》
《お疲れ様ね》
「ちょっと待ってくだ──」
めでぃの制止も虚しく、二人の映像は消えた。
「なにか怪しいですね」
めでぃは顎を指でさすりながら眉をひそめる。
「そもそも、こんふぃが行方不明になる状況が理解できないのです」
こんふぃがこちらと連絡をとれなくなる状態に陥るのが、まず難しい。
通信機器が破損したとしても、その辺にいる生物に話しかければ双子に連絡はとれる。 地上の生命体が得ている情報は、あの二人がすべて得ているのだ。あの監視網を掻い潜って、なにかの事故で行動不能になった可能性もあるが、それはないだろう。
地上にあるもっとも強力な兵器の直撃を受けても、こんふぃという個体は行動不能にはならない。なにがあっても、どうにかして連絡はとれるはずなのだ。
つまり意図的に姿を消したとしか思えない。
『姿を消すだけ』なら、こんふぃの特技なので不可能ではないが、やはり彼女が意図的に行方をくらます動機が見えない。
──それにしても、あの双子。態度が不自然でした。
なにか知っていて隠しているのではないか。
めでぃが眉をひそめると、部屋の隅の鳥かごからクスクスと、ねぎの笑い声が聞こえてきた。
「双子って可愛いデスヨネ」
声のほうへ顔を向けると、ねぎが抱きかかえている二つの人形の頭に頬ずりをしていた。
「ほら、この子たちも双子デスヨ」
黒い髪と服。白い髪と服。二つの人形を愛おしそうに抱きしめながら、ねぎは首を振った。
「ちょっと怒っていますネ? めでぃ」
「別に。怒っていないのです」
「リーダーって大変デスヨネ」
クスクスと笑うねぎに背を向けるために、椅子を回転させるとドアが開く音がした。
「めでぃー! ぱわわねー、お願いがあるのだー!」
「いきなりなんなの用ですか」
駆け寄ってきたぱわわの額を手でおさえつけ、めでぃは眉をひそめる。
「くっ……すごい力なのです」
「ぱわわわわわわ」
額をおさえたのはいいが、ぱわわの前進は止められそうにない。彼女はホムサイダーズで最も身体的な力が強い。
身をかわしてもいいが、ぱわわの額から手を離すと、このまま彼女がモニターやコンソールに突っ込んでしまいそうだ。
別にぱわわの身を案じているわけではない。
機器が壊れてしまっては困る。
「なんの……用ですかと聞いているのです」
ぱわわは両手を回しながら、頭を押しつけてくる。彼女を押し止める右腕がギリギリと悲鳴を上げるように鳴った。
「地上に行きたいのだー! ぱわわも遊びたいのだー!」
「だめです」
「なんでなのだー! みっしょんは降りてったのだ!」
「あの子は勝手に降りていったのです」
「ぱわわも勝手に降りてっていいー?」
「だめです」
「えええええええ」
右腕が痺れてきた。これ以上、ぱわわをおさえるのも限界だ。と、めでぃが思った瞬間、彼女は失望したような表情で後ずさりし、肩を落とした。
「うー。暇だし、みっしょんの帰りでも待ってるのだー……」
「そうしてください。わたしはもう疲れたのです……」
「うん。みっしょんから地球の話聞かせてもらうのだー!」
パタパタと足音を立てて、ぱわわは部屋の外へ出ていってしまった。
「また地上に降りたいとわがままを言われたら、許可してしまいそうな自分がいるのです……」
めでぃは痺れが残る右腕で頬杖をつき、深く息を吐いた。
──それから二日後、モニターには地上にいるぱわわの姿が映っていた。
「みなさん、今日はなにをして楽しんでいるのデスカネ」
「地球にはショッピングモールという施設があるのですが、そこでお楽しみ中みたいです」
ひよ子やびじょんたちが買い物を楽しんでいる様子を、めでぃはモニター越しに頬杖をつきながら見るともなしに見ている。
「あの日和見ひよ子と、あなたは会いたいのではないデスカネ」
その言葉に反応したように、めでぃの眉が少しだけ動いた。
「必要ありません」
「必要ありませんカ」
「はい。すでに一度、会っていますから」
「どこでデスカネ」
「もちろん、地球でなのです」
「すごいすごーい! ぱわわねー! こんなに楽しそうな場所って、初めてなのだー!」
はしゃぎながら走り出そうとしたぱわわの肩を、ひよ子とびじょんが掴んだ。
「ぱわわちゃん、他の人の迷惑になるから、走り回っちゃメーだよ」
「はい!!」
今日はびじょんとぱわわを連れて、ひよ子は隣町のショッピングモールに買い物へ来ている。
特に買いたい物があるわけではないのだが、色々な店を見て回るのは楽しい。
二人にとっては珍しい物だらけで、きっとひよ子以上に楽しんでもらえるだろう。
「良い子にしていたら、美味しいお昼ご飯をごちそうしちゃうよ」
「ほんと!?」
「本当?」
キラキラした目で同時に言われ、ひよ子は和んだ。
「そろそろお昼の時間だし、なにが食べたいかなー?」
「ハンバーグ」
「納豆!」
意見が違ったせいか、びじょんとぱわわは無言で見つめ合った。
「ま、まあまあ二人とも」
「わかっている、ひよ子。わたしは地球に来て四日。毎日、ひよ子に甘えて好きな料理を食べさせてもらっている。なので、今日は昼食の決定権を辞退する」
「いいの!?」
頷きながら、びじょんはぱわわの頭を撫でた。なんだか優しい侵略者である。
「やったー! 納豆なのだー!」
「でも困ったね。納豆を出してくれるレストランってあったかな」
ひよ子は納豆を日常的に食べている。食べているので、外食で納豆は食べようと思ったためしがない。
「うーん。ファミレスならあるかもしれないね」
「納豆なら家の冷蔵庫にあったはず。このショッピングモールという施設にも売っているのでは?」
「納豆! 納豆!」
「家に帰って食べるのもなんだし……ここで納豆を買って、ベンチで食べる? う、うーん」
「なにか不都合でもある?」
「う、うん。日本の文化だと、それはちょっと恥ずかしいっていうか」
「どうしてなのだー?」
「え、えっと」
納豆を単品で買ってベンチで食べる。そうしている自分を想像すると、とても恥ずかしく思える。思えるが、どうしてなのかと問われると、説明しがたい。
みんながやらないから恥ずかしいと言っても通じないだろう。この二人はなんといっても日本人ではない。地球人ですらない。
ベンチに目を向けると高校生くらいの女の子たちがクレープを食べていた。
同じ食べ物。ベンチで食べるのなら、納豆もクレープもたいして変わらないのではないか。
いや。変わる。クレープを食べている子たちの横で納豆を食べていたら、絶対に変な目で見られてしまう。なにが違うのか、突き詰めて考えるとわからなくなってしまうが、やはり常識的に違う。
常識とはなにか。生活してきた場所における暗黙の了解というか。つまり、びじょんとぱわわにはもとから備わっていない。この国で生活してきたわけではないのだから。むしろ、ひよ子が知らないだけで、ベンチで納豆を食べるのが普通のところもあるかもしれない。あるかもしれないが少なくとも、このショッピングモールでは普通ではないだろう。
「ひよ子、どうしたの? 深刻そうな顔をしている」
「な、なんでもないよ。大丈夫。ちょっと検索してみるね。ここのファミレスで納豆を扱ってるかどうか──」
ひよ子が肩掛けのカバンからスマホを取り出そうとした刹那、びじょんにその腕を掴まれた。
「ひよ子」
「えっ。えっ?」
「お寿司ならどうだろうか」
とても輝いている目で、びじょんは力強くそう言った。
「お寿司には納豆巻きというシステムがあるとデータにある」
「あー。そうだね。お寿司、良いかも」
「おお! 納豆巻き! 納豆巻き! マキマキしてるの? 美味しそうなのだー!」
「うんうん。わたしもお寿司を食べてみたかった。とてもすごく食べたい」
嬉しそうな二人に頷きそうになったが、ひよ子は硬直する。
──予算的に大丈夫だろうか。
寿司はお値段が結構するというイメージがある。なので一瞬、戦慄が走ったが、回転寿司的なお店なら多少は安いはずだから大丈夫だろう。多分。
「それじゃ、お寿司屋さん探してみよっか」
「なんかくるくる回ってるのだー!」
「これが回転寿司。名前に恥じない回転っぷり」
びじょんは、なぜか誇らしげだ。
ひよ子の向かい側にびじょんが座り、その隣にぱわわがチョコンと座っている。
寿司が流れてくるレーンは、ひよ子とびじょん側にある。二人の侵略者少女は輝く目で流れてくる寿司を見つめていた。
「好きなのとっていいのー!?」
「それでもいいけど、食べたいものを直接注文できたりするんだよ」
「へえー! すごいのだー!」
ひよ子はレーンの上についている小さな液晶モニターを指さし、どうやって注文するのかできる限りわかりやすく二人に教えた。
教えている間、びじょんとぱわわは寿司に目がいっており、ひよ子の説明をほとんどまともに聞いていなかったが。
「うん、好きなのとっていいよ。食べたいものあったら言ってくれた注文するから」
「ぱわわねー、納豆巻きしかわかんないのだ」
「そ、それはそっか」
「とりあえず納豆巻きを注文してみてはどうだろうか?」
「うん、そうしよう」
びじょんに頷き、ひよ子はモニターに指を当てる。
「納豆巻き、百個! 欲しいのだー!」
「百は無理かな……!」
「十個は!?」
「よ、よおし、それくらいなら!」
ひよ子はモニターを操作し、納豆巻きを選択後、数を十二にした。
ぱわわに十皿、残りはひよ子とびじょんの分である。
「わたしはエンガワを食べてみたい」
「エンガワ? わたしも食べたことないよ」
生まれて十三年。ひよ子は今まで寿司を食べにきたのは数えるほどしかない。家族と外食していた頃はファミレスが主だった。なので食べた経験のある寿司は、それほど多くない。寿司はマグロばかり食べていた覚えがある。
「わたしもエンガワは初心者だから一緒に楽しもっか」
「初心者仲間。……ところでいいの?」
「え? なにが?」
「これ」
びじょんが指さすほうへ目を向けると、そこには連なった皿の山がそびえ立っていた。
「え!? なんで!?」
「ぱわわが食べ続けている」
「えええ!? お寿司側じゃなくて、通路側にいたはずなのに……」
ぱわわの周りにはいつの間にか、たくさんの寿司がのった皿が置かれている。
「美味しいのだー! 美味しい!」
すごい勢いで食べている。ざっと見た限り、少なくても四十枚は食べている気がする。
「ひよ子とわたしが話をしている間、ぱわわは人のいない席に行ってお寿司を確保していた」
「す、好きな物をとっていいよって言ったけど、予想以上に食べてる……」
まだ納豆巻きも注文していないのに。
「わたしも食べていい? 好きな物を取りたい」
上目遣いのびじょん。お財布的にキツイとは言いにくい。
「よ、よし。好きなの食べてて、二人とも!」
「わーい」
嬉しそうなびじょん。ひよ子は覚悟を決めた。
ひよ子は納豆とエンガワの注文をすませてから立ち上がった。
「ちょっと行ってくる!」
「どこへ行くの?」
「お金おろしてくるッ!」
ひよ子は肩で風を切り、寿司屋の出口へと向かった。
毎週金曜日更新予定です。